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【特集:SFC創設30年】
創設30年を迎えたSFC──新しい文明の先導を目指す

2020/10/05

イノベーションとベンチャーの創成

問題発見にとどまらず、問題解決にまで関与する姿勢もSFCの特徴として定着した。これは産業界や官庁などと連携して、研究成果を具体的に社会の中に埋め込む作業に関与していく姿勢ということになる。「発見(discovery)」が原理を解明することで、「発明(invention)」が新しい技術を開発することで、「イノベーション(innovation)」が発見を具体的な社会システムに組み込んで持続的に価値を生み出す仕組みづくりのことである、と理解した時に、SFCは単なる発見や発明に留まらず、イノベーションを起こすところまでコミットする。

イノベーションの1つの形態がベンチャーの創成だ。いま、日本の中で活躍しているベンチャーでSFCの卒業生の姿が見えないものは少ない、といっても過言ではないほど、多くの起業家を輩出している。学生のうちから立ち上げる者が目立つが、そればかりではない。実は卒業時の進路だけ見ると大多数は慶應義塾の他の学部とそれほど変わらない。違いがあるとすると、卒業してしばらくして力を付けてからベンチャーに身を投じる者も多いことだ。初期の頃は、転職する者が多いことが何か悪いことのように言われることも多かったが、最近は世の中のほうが変わってきた。この間、SFCでは先輩たちの背中を見ながら、イノベーションを起こすことを特別なことではなく、やって当然の自然なことと考える文化が定着した。石川塾長の予言された不確定で変動する世の中において、時代の変化に合わせながら自らの力でキャリアを作ることのできるSFC卒業生たちのタフさには驚かされることが多い。

多くの起業家を輩出した基盤となった大きな要因がインターネットの一大拠点としてのSFCだろう。グローバル化の進展や、問題の相互依存性や結果としての不確定性の拡大など、石川塾長の指摘した世界の進化を加速させたのはインターネットだったと言えるだろう。また、問題解決に向けた「あたらしい研究方法」を多く生み出してきたのもインターネットで、その分野においてリーダーシップを発揮できたことの価値は大変大きかった。いま、キャンパスの運営に当たっている新リーダーたちは、インターネット進化の最先端を経験してきた層であって、良くも悪くも情報化の意味を肌身で分かっている。ますます進化のスピードを加速させているデジタル社会にしっかり対応した舵取りをしてくれるだろう。

新たな「文明論之概略」の編纂のために

以上、SFCの成果を並べたててしまったが、ここでまた石川塾長が「過去の歴史と栄光を讃えればよい、というものではありません」と戒めていることにも立ち返りたい。構想しながらできなかったことも多ければ、新たに浮上している課題も多い。

各論を語りだせば様々に課題が残っているが、最大は石川塾長の語った、工業社会以降の新しい社会の姿についてしっかりしたビジョンを描き切れていないことのように思う。情報化の進展により我々はいま、福澤先生が東洋に導入した近代文明を支える工業社会が大きく変質する局面にある。物質的な財を生産し、金銭を媒介として交換しながら価値生産を行うプロセスを、財産権や市場などの制度によって統治する社会から、AI、クラウド、IoTなどの技術を活用したデータの集積(共有)が生み出す価値を、社会への貢献度などによって分配していく社会への転換である。そんな大雑把な姿が見える一方で、具体的にその社会を統治するメカニズムが見えない。たとえばデータの管理をめぐっては、それを社会のものと考える東洋的な考え方と、あくまで個人に帰属するものであると考える西洋的な思想の間でいま文明の衝突ともいうべき思想の対立がみられ、議論が全くかみ合っていない。

近い将来、人類は対立を超えて新しい時代状況に適合した「サイバー文明」の夜明けを迎えるだろう。新しい文明を迎え入れ、良いものとしていくことは慶應義塾の世界史的使命と言っていいのではないだろうか。慶應義塾として新たな「文明論之概略」を編纂しなければならない局面が来ている。東洋において西洋文明を深く理解し民主主義のもとで繁栄を果たした日本には橋渡し役として世界からの期待も大きい。その使命を実現していくのに最も近いところにいるのがSFCのはずだ。福澤塾の一員として日本を、そして世界を次の時代に導いていきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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