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【特集:SFC創設30年】
看護医療学部から見たSFC

2020/10/06

  • 武田 祐子(たけだ ゆうこ)

    慶應義塾大学看護医療学部長

1990年に誕生した湘南藤沢キャンパス(SFC)が30周年を迎えた。看護医療学部は2001年にSFCに設置され、20年目に突入している。SFCで共に歩んできた学部として、その足跡を振り返ると共に、今後の展望について考えてみたい。

慶應における看護教育は、1918年に初代医学部長北里柴三郎博士が医療の発展には看護の充実が不可欠であると説き、医学科付属看護婦養成所が開設されて以来、専門学校、短大と姿を変えながらも、大学病院が併設される信濃町で脈々と続けられてきた。看護医療学部がSFCに設置されることには、大きな期待が寄せられていた。義塾では9番目の学部開設にあたり、それまでの看護教育に加えて、理論面でも実践面でも新しい教育を試みようと全塾的なワーキンググループが作られた。特に、情報技術の進歩に伴い、新しい知の創造、知の伝達の時代が到来する中、新しい情報を常に取り入れながら発信していく能力を身につける教育を組み入れることが構想された。

これらの経緯は、学部創設時に発刊された『「看護医療」への招待』の中で、当時の鳥居泰彦塾長、薬師寺泰蔵常任理事により語られている。

SFCは、21世紀の日本及び世界が直面する問題発見・解決型教育を先導する拠点として、新たな「知の再編」を目指すキャンパスである。保健・医療・福祉の枠にとらわれず健康を軸に幅広い視点のもとに問題発見・解決できる人材の育成を目指す看護医療学部が、総合大学での学びを最大限に活用できる環境として、開設10年を経たSFCが選ばれた。

そして、SFCに設置された看護医療学部では、教育のみならず研究の新たな取り組みが開始された。印象に残る活動を振り返ってみたい。

まず、e-ケアプロジェクト(代表太田喜久子元学部長)である。学部開設と同時に、当時の執行部の方針としてキャンパス全体での研究的取り組みが開始された。IT技術を駆使してあらゆる人々の健康を支え、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)向上を目指す、学際的探究である。総務省直轄事業であった「e! プロジェクト」では、藤沢市における介護福祉分野の実証実験が行われ、IT導入による高齢者の見守り見守られの関係づくりや、ユビキタス環境のもと適時適切な情報入手により、病気を予防し健康な生活を維持できることを実証的に示した。文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業による「e - ケア型社会システムの形成とその応用の融合研究」は、情報技術の活用による総合的なケア力を持つことで、少子高齢社会における自立と共生の両立した社会を作り出す試みであった。新たなコミュニケーションの形成、ケア力の向上、関係性や社会システムの創生につながることが見出された。

次に、文部科学省科学技術振興調整費による「ソーシャルキャピタルをはぐくむ女性研究者支援」である。宮川祥子准教授の発案によるものであり、全塾的事業として「ワークライフバランス研究センター」が置かれ、各キャンパスのニーズに応じた活動として、女性研究者ネットワーキング形成やキャリア支援等が展開された。特筆すべきは、SFC内に、1歳児から未就学児童を対象として一時保育を行う「コガモの巣」が設置されたことである。センターの開発した養成講座を修了した学生保育サポーターが保育の役割を担う画期的なものであった。この事業は、塾の男女共同参画室、協生環境推進室の礎となった活動といえる。

これらの活動は、いずれもSFCでの柔軟な発想と機動力をもつ、開かれた研究環境のもとに成し遂げられたものである。周辺住民や藤沢市とのつながりの中で、人々の健康に関わる課題を探究できることも魅力の1つであろう。

多様なSFCでの教育に触れ、熱意あるユニークな教員・学生との交流を通して大いに刺激を受けた学生たちは、やがて社会で様々な活躍をしている。その一例として、学生時代に看護医療政策学生会を立ち上げた1期生の川添高志さんは、看護師としての臨床経験を積み大学院に進学。それまでの経験から、健康維持・増進には、セルフ健康チェックが有用と考え、気軽に誰でも利用できるシステムの具現化のため2007年に起業した。こうした活動は高く評価され、数々の受賞と共に「次代を創る100人(日経ビジネス2011年)」では、「ファストヘルスケア」を生み出す若きサムライとして紹介された。

SFCスピリッツのもとに学んだ卒業生が徐々に学部教育での役割を担うようになってきている。看護学を広く社会に活用し、自ら道を拓き先導的役割を果たす人材の育成を目指す看護医療学部にとって、SFCで問題発見・解決型教育の中で学び、知の再編に挑むことにより、これまでに経験したことのない少子高齢社会、地球規模での環境変化に伴う未曾有の災害に見舞われる中にあっても、人々の健康を守りQOL向上に貢献し得ることを確信する。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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