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【特集:SFC創設30年】
SFCとわたし:「でも、だからSFC」

2020/10/07

  • 関取 花(せきとり はな)

    シンガーソングライター・2013環

「でも私、SFCなんです」卒業して以来、もう何度このセリフを言っただろうか。私は慶應義塾湘南藤沢中・高等部と進んだあと、大学では環境情報学部に入った。学生時代のすべてをあの藤沢の奥地に捧げた、生粋のSFCっ子である。

そんな私だからあえて言うが、SFCは田舎だ。私が大学に通っていた時、最寄りである湘南台の駅前に大戸屋と餃子の王将ができた。「いよいよ都会への一歩を踏み出した」と、それだけでちょっとした騒ぎになったものである。

駅からキャンパスまではバスで約20分、その間のメインスポットはイトーヨーカドーくらいだ。雨の日には近くの養豚場から香ばしい匂いが漂ってくる。キャンパスの中心には鴨が優雅に泳ぐ通称「鴨池」があり、学生はその周りを囲む芝生の上で休み時間を過ごすことも多い。ヒールでは歩きにくいため、女の子の靴は大学2年生くらいで大体スニーカーに変わっている。

ここまでで、SFCがどんなところかなんとなくおわかりいただけただろう。そう、いわゆる世間がイメージする「慶應」じゃないのだ。だから「関取さんは慶應ご出身なんですね」と言われると、「でも私、SFCなんです」と反射的に答えてしまうのである。

しかしこの「でも」、自虐的に思えるかもしれないがそれはあくまでもポーズであり、私の心の中は案外誇りで溢れている。なぜならSFCで過ごした10年間は、私にとって間違いなくかけがえのないものだったからである。

中・高等部の時もそうだったが、大学の時にあらためて感じたのは、SFCにはいわゆるカースト制度みたいな空気がないということだ。これは本当に素敵なことだと思う。

私は「元ロック研究会」というSFCで唯一のバンドサークルに入っていたのだが、そこには本当にいろんな人がいた。ロック好き、J-POP好き、ヴィジュアル系好き、アニソン好き、音楽なんて全然聴いたことがないという人もいた。

見た目も趣味も全然違う人たちが同じように部室にたむろし、学祭では一緒にバンドを組んだりもする。当時はそれが当たり前だと思っていたが、卒業してから他学部や他大学の人たちとその頃の話をすると、とても羨ましがられた。

自然とこういう空気が出来上がるのも、SFCならではだと思う。田舎という環境も大きく作用しているだろう。気張らずにいられるというか、ありのままで受け入れてもらえる気がするというか。

しかし、「それはわかったけど結局SFCで何を学べるの?」と聞かれたら、正直一言では答えられない。たぶん初めから決まっている答えはなく、自分自身で答えを見つけて行く場所なのだ。

SFCには様々なタイプの授業がある。イメージに代表されるようなネット周りに特化したものもあれば、一見勉強とはほど遠いようなタイトルの授業もある。その授業が何の役に立つか、具体的な答えはシラバスには書いていなかったりする。当然答えがわからないまま終わる授業もあるが、当時はわからなくても、卒業してから時間が経つにつれて面白さを実感する場合もある。そういったタイプの授業が多いのもSFCの特徴の1つと言えるだろう。

私の場合はゼミで勉強していたフィールドワークとエッセイを書く授業、この2つは卒業後に時間をかけて、今の私を作る大きな核となって行った。あの時は「面白そうだな」くらいの気持ちで受けていたが、卒業して何年も経った今、音楽やその他の仕事をする上で、当時感覚的に学んでいたことが役に立ったりヒントをくれたりしている。

曲を書くという作業は、決して小手先でやれることではない。それっぽいことは言えても、結局は浅い曲になる。そうならないためには、一見代わり映えのない日常をつぶさに観察し、その中にある微かな環境の変化や感情の揺れを感じ取ることが大切だ。答えにすぐにたどり着けないもどかしさから目を逸らさないことで、初めて生まれる深みがある。それに気付けたのは、あのゼミでの日々があったからだろう。

そして今、私がこうしてここに文章を書いているのは、あの時受けていたエッセイを書く授業のおかげである。「誰に見せるわけじゃなくてもいいから、書き続けてみてください」という先生の言葉を信じて、私はずっと文章を書き続けてきた。おかげで今では様々な媒体で連載をいただけるようになった。

正直どちらの授業も、何のために学ぶのか、いつ役に立つのかなんて当時は何もわからなかった。でもなんとなくあの時学んだことを心の片隅に置きながら過ごしていたら、その先にはちゃんと今があった。それだけで私がSFCに通った意味はある。

周りと比べたり流されたりしてしまいがちな学生生活の中で、自分が純粋に心惹かれるものを見つけられたのは、SFCという場所と、そこで流れるゆったりとした時間、そして周りにいた人々のおかげだろう。だから私は、SFCが好きだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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