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【特集:SFC創設30年】
SFCとわたし:「科学と芸術の融合」OS

2020/10/07

  • 内田 まほろ(うちだ まほろ)

    日本科学未来館キュレーター、総合政策学部非常勤講師・1995環、99政メ修

50歳近くにもなって、大学受験の話をするのも恥ずかしいが、SFCについて語るなら、やはりここから始めたい。米国の大学進学に向けて準備をしていた年の瀬に、偶然SFCのパンフレットを手にしたところ、取り憑かれたように、どうしても行かなくてはならないとの思いに駆られ、小論文の猛特訓を経て、50日後の試験を受けることにした。進学を決めるにあたり、イメージできた言葉は、映像、音楽、コミュニケーションくらいしかなかったと思う。ともかく、クリエイティヴで、常に変化のある世界に身を置きたいという気持ちだけははっきりしていた。

受験当日は、なんと38度の熱を出し、寝違えた首を支えて会場にいた。1日目の総合政策学部の論文のお題は「日米構造改革について」。ちんぷんかんぷんで首が痛かった記憶しかない。一方、翌日の環境情報学部のお題は「科学と芸術の融合はあるか?」。瞬間「もらった」と心で叫び、日吉の教室で、試験中ということを忘れてワクワクしながら文章を書いたのをはっきりと覚えている。SFCを受験したあの日、わたしは「科学と芸術の融合」という、その言葉に出会ってしまったのだ。

入学すると、出題文の筆者が、小さな頃から親しんだ『遊びの博物誌』の著者で、エッシャーや安野光雅を世に紹介した、結果的には生涯の恩師となる坂根厳夫(さかねいつお)先生であることを知る。キャンパスには、アーティスト、文芸批評家、美術評論家、詩人といった芸術的な肩書きを持つ教授や、コンピューターサイエンス、数学、ネットワークという専門家たちがいる。同級生には、天才プログラマーや、文学オタク、映画、音楽、ファッションマニア、天才的に語学に長けた人、農業を志す人、今でいうLGBTをカミングアウトする人など、とにかく個性豊かで才能が染み出している人たちがうろうろしている。先生も学生も、なんだかいつも興奮気味で、お祭り的で、何をやっても許される雰囲気で溢れていた。

そんな環境の中で、わたし自身も、映画を作ったり、坊主になってみたり、ファッションショーやアート作品を作ったり。言語と美術史、メディアアートのゼミを掛け持ちし、先生、友人、先輩たちと学びやものづくりを謳歌し、刺激的な6年間を過ごした。そして、当時としては類似研究すらなかった、絵文字などの「デジタルの言語表現」についての修士論文が、教授たちとの共著になり、誇らしげに大学生活を終了。時代は、印刷物、音楽、映像といった従来のメディアをインターネットとデジタルがつなぎはじめていた。受験から6年、先端の文理横断の教育によって、「科学と芸術の融合」というSFC特有のOSが、完全にインストールされた人間が出来上がっていた。

卒業すると、指導教授だった故井上輝夫先生の勧めで、三田のアート・センターで舞踏のデジタルアーカイブの研究に携わりながら、インターネット関係のITベンチャーの立ち上げにも参加した。しばらくすると、坂根厳夫先生、藤幡正樹先生らの誘いで、展覧会制作に関わるようになる。なんと、卒業6年にもわたり、SFC教授たちの指導やサポートを受け、キュレーターという天職を見つけることになった。そして「科学を文化に」をテーマとする開館まもない、未来のミュージアムへ就職した。

不思議なことに、未来館では、年を追うごとにSFCとの繋がりが強くなっていった。展示監修者に村井純先生がいる。展示制作の現場、シンポジウムなどで、デザイナー、研究者、プロデューサーになった同級生や後輩と会う。小さな職場に、片手ほどのSFC出身者が勤務している。未来のミュージアムという祭りの場には、なんだかSFC関係者が集まり、その輪を広げていくようだった。

時は流れて、そんな仲間だった田中浩也さんが教授になり、脇田玲さんが学部長になり、鳴川肇さんや徳井直生さんがSFCに就職し、わたしも含め、いろいろな仲間も講師だったりする。一方、スポーツを続けながら、デザインを学びたいという欲張りな姪が、刺激的な時間を過ごしている。今年のわたしの授業には、同級生のご子息が3名もいた。

世間では、インターネットもデジタルもインフラとなり、アート&サイエンスという言葉もよく見るようになった。しかし未だ、理系と文系、自然と人工、デジタルとアナログ、バーチャルとリアルなどのどっちがいいか悪いか、という古い対立概念は存在する。社会は複雑化し自然環境も変わり、未来はなんだか不安な様相を見せている。

ところが、SFCはどうだろう。いつも未来にポジティブで、全く変わってないではないか? それは、変わらないと言えるほど、様々なツールや学問を、くっつけたり、組み換えたりして、新しい未来を提案しつづけているからだ。そして、興奮ぎみの教授たちも、学生も、そして卒業生たちも、ミームもジーンも総動員で人を作りつづけているからだ。そう、SFCの「科学と芸術の融合」OSには、どんな時代であっても、対立する概念や領域を超えながら、知的に創造的に、人類の知の更新を止めないというルールがあるのだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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