【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
座談会:海の豊かさを後世に残すために
2024/06/05
エコラベルの意味
武井 まさにマーケットをどのように使って政策を進めていくかということですね。
補助金が保全のネックになってしまうこともありますね。例えば、漁業の文脈でいくと、漁業補助金の規律のための協定が一昨年WTOで採択されました。これは、燃料油に対する補助金などが出たりすることで、経済的効率性の面からするとペイしないはずの漁業が行われ、水産資源に対するプレッシャーが高まっているのではないかという指摘が背景にあります。
それから、マーケットの力ということで言えば、例えば日本ではいろいろなエコラベルがあり、そういったものを使って、消費者を巻き込むような形で水産資源の保全のための施策が行われていますが、滝本さんいかがでしょうか。
滝本 漁業補助金は、過剰漁獲をもたらすということで、「有害」だと言われている部分もありますね。サステナビリティに配慮した漁業への補助など、水産資源の保全や回復につながるよう、今後、その配分を見直す必要はあるかと思います。現状、燃料費もものすごく上がっている中、経営安定のための対策は必要な面もあるものの、補助金漬けで逆に産業が弱くなるようなことは避けなければいけません。
マーケットの力というところでは、WWFもMSC認証・ASC認証という国際認証ラベルを、サステナビリティを確保するという点から推奨しています。
一般の人が魚を買う際、今はサプライチェーンがとても長く複雑なため、「いつ、誰が、どのくらい、どのように獲ったか」を確認することが難しいので、この認証ラベルの安心感というのはあると思います。ラベルがついていれば、サステナビリティを確保して獲られた、もしくは養殖されたもので、それがほかのものと混ざらずにサプライチェーンに乗ってきたことがわかる証明になる、すごくいい仕組みだと思います。
海洋教育にもかかわりますが、消費者教育があまり日本ではされておらず、認証制度自体、よく知らない人も多くいます。そもそも日本人は商品のラベルに何が書いているかをあまり見ないですね。新鮮さや値段は見ると思いますが、「環境的にどうなのだろう」「どこでどういう獲り方をした魚なのだろう」と意識する人というのは少ないです。
今、スペインとギリシャに出張で来ているのですが、こちらのスーパーでは、認証ラベルがついた商品が日本より多く、また認証ラベルがなくても、FAO(国連食糧農業機関)の漁獲統計海区の番号が示され、どこの海域で獲られたものなのかがわかるようになっていました。また獲り方も、日本だと一本釣りは書いてあることがありますが、こちらでは、巻き網漁、トロール漁などの漁獲方法も書いてあるものが多くみられました。
そのように消費者が情報を求めることや、批判的に商品を見ること、私たちが食べる生物資源がどのように獲られたり、生産されたのかに関心を持つことが大事かと思います。海洋教育は、消費者教育とセットでできるといいのかなと思います。
MSC・ASC認証を広める場合、消費者が環境や資源について知らないと、環境に配慮した生産者の取り組みが進んでいきません。配慮した分だけコストはかかりますが、そのコストが価格に反映されると、価格しか見ない消費者には選んでもらえないからです。
やはりサプライチェーンの川上から川下まですべてが意識を高めない限り、なかなか状況は変わらないですし、どのサプライチェーンのステークホルダーもそのコストを負担していかないといけない。それほど、海の資源を人間が享受し続けていくには、現状はかなり危機的な状況にあると思っています。
海は誰のものか
武井 少し視点を変えて、「海は誰のものなのか? ナショナリズムを超えられるか」という点についてお話を伺いたいと思います。
先ほどレジ袋の取り締まりの話がでましたが、やはり海洋問題に関する法的な枠組みを、きちんと守らせることはかなり難しいとは思います。特に、国際法枠組みについては、各国が権利、管轄権を持っているような領海やEEZ(排他的経済水域)と言われるエリアですら難しいですし、さらにその先の公海と言われる場所では、いずれの国も独占的に権利を行使することができないので、そのためにより問題が複雑化しているのではないかと思います。
例えば、先ほど牧野さんから海洋保護区の話がありましたが、去年、国連で「国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下での協定」が採択され、その中で、公海上でも海洋保護区をつくれるようにしようという枠組みが合意されました。
公海に限らず海洋保護区というのは海洋の保全に関して非常に重要な枠組みだと思うのですが、この海洋保護区という枠組みをどのようにすれば上手く使えるのか、牧野さんからお考えを伺えればと思います。
牧野 海洋保護区(MPA)、あるいは昆明・モントリオール生物多様性枠組では、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)という新しい概念が出てきました。生物多様性保全を主たる目的としていなくても、副次的に生物多様性保全の効果がある地域ということになっていますが、今、日本でも環境省及び水産庁で検討を進めています。
保護区として場を区切り、そこを集中的に守っていくのは、1つの重要な考え方だと思います。海をいかに賢く持続的に使うかという時、マリンスペーシャルプランニング(海洋空間計画)という概念があります。海というのは皆のもので、しかも陸と違って面白いのは、深さによっていろいろな使い方ができるのです。また潮の満ち引きによって全然変わる。時間によって、あるいはその季節によって同じ海面を様々に使えるわけですね。
海は基本的に誰かが占有できるものではないですから、皆がこの「海」という空間とその機能をどうやって上手に使っていくか。そして守るべきところは守り、使うべきところは使うという、その計画を科学に基づいて賢く立てていく上で、MPAあるいはOECMというのは非常に重要な政策ツールだと思います。
公海のMPAは、今年から議論が始まると思いますが、沿岸に比べて設定しても効果が出てくるまで時間がかかると言われています。しかも監視、執行にお金もかかる。ここをサンクチュアリにして全く漁業禁止にした時、沿岸だったら観光とかブルーカーボンで代替収入があるかもしれませんが、沖合は漁業しか収入がない場合も多いので、どうやって守っていけるのか。
しかもその効果は、外洋へ行けば行くほど、自分のところに便益が返ってくるより、ほかに散らばっていきますから、便益とコストの関係でいかにこれを持続できるかということは、これからまさに自然科学と社会科学の両方の検討が必要になっていくと思いますし、新しい金融手段をつくるのも大事な取り組みなのだろうと思います。
海洋リテラシーを上げるには
武井 最後に、環境教育の必要性、大学・研究機関の役割ですとか、市民社会・NGO、ビジネスに対してどのように意識を高めていくことができるのか、海を守るための啓発・広報活動などについてもお話しいただければと思います。
竹田 これは海洋の問題に限らないとは思いますが、やはり自分事として問題を捉えるということが人々の意識に根づいていかないと、問題解決につながらないのかと思います。例えば、プラスチックの問題も、プラスチックは確実に人工物ですので、人が起こした環境問題であることは間違いない。その前提の上で、プラスチックの「安い、軽い、腐らない」という、メリットとして人類が捉えてきた性質が問題化している。要は反作用として問題になっていることが、本質なのではないかと思います。
実際に生徒に海洋プラスチックに関してアンケートを採ってみました。「海洋マイクロプラスチックを知っていますか」という質問には本校の93.3%の生徒は「知っている」と回答しました。では「実際に見たことがありますか」という質問をすると、14%ぐらいしかおらず、あとは「何かしらで見たことがある」、つまり、写真や映像でしか見たことがないのが8割ぐらい。
そして「海洋マイクロプラスチック」という言葉は知っているけれど、何も見たことがない生徒が1割弱いました。そのように「何となく知っているけれども見たことがない」という層もかなりいる。子どもたちは本質的なところを理解しないで、ただ知識を受け入れているにとどまっているという実態も感じています。
「海にごみを捨てるのはよくない」から本人がポイ捨てしないというだけの話になってしまうと、漁業で出た網が細くなっている問題や、農業のカプセルみたいなものもマイクロプラスチックとして海に放出されている点は見過ごされる。もっと活動の範囲を広げて、世界的に見てみれば違う問題に見えてくる。その視点もとても重要だと思います。
一方で自然科学の役割としては、どうして海岸にゴミが漂着するのだろうか、どういう力学でゴミが動いているのだろうか、そもそも海の流れはどうなっているのだろうか、という基本となるサイエンスがないと議論ができません。ですので、やはり小中高の学校現場における自然科学、特に理科の役割は重要だと認識しています。
この海洋全体の様々な、人文・社会科学ともかかわる複合的な問題に対して、理科以外の教科とも横断的な視点を持って、小中高でどのように、何を目的として授業、カリキュラム、教育活動を行っていくのか。
少なくとも学習指導要領は、このめまぐるしく変わる自然環境を反映させ、教科の縦割りではなく、あらゆる教科と横断しながら複合的に問題を捉えるような姿勢が必要ではないかと、教育現場の一教員としては思うところです。
滝本 WWFではアウトリーチ施策で、いろいろな人が関心を持ちやすいようなツールをつくっているのですが、一方で、メディアの取り上げ方を変えていくということにも、注力していかないといけないと感じています。
魚で言えば、「今年はこれが不漁です」とか、「ここの海域で今まで獲れなかった魚がたくさん獲れました」といったニュースはよくあります。それを取り上げた時に「なぜこれが今起きているのか」というところまで、もう少し深くカバーできるように、メディアの方々のリテラシーを上げていく活動もしていかないと、その先の多くの人に問題の本質や危機感がなかなか届かないかと思っています。
また、今まで日本は海に囲まれて、豊かでおいしい水産資源が安く豊富に手に入れられたわけですが、今の生物資源の状況を考えると、そういう状況ではなくなっているということを一般の方も改めて認識する必要があります。あとは一次産業にきちんとお金が回るような社会をつくっていかないといけません。
そのように、社会構造を見直し、変えていくためにも、人類がこれから直面する大きな課題が待っているというリスクを誇張も過小評価もすることなく、きちんと伝え、社会で向き合うきっかけをつくることがまず大事かなと思っています。
「海の魅力を伝える」役割
長谷川 技術的な面から言うと、国別の取り組み、地域単位での取り組み、国際的な取り組み、個人的な取り組みと、いろいろな段階の取り組みがありますが、それに共通する縦軸となるのがインテグレーテッド・アプローチと言われる包括的な取り組みの方法なのではないかと思っています。
今まで海洋のマネジメントというのは、漁業の人、観光業の人、海洋保全の人とセクター別に進んできたかと思うのですが、もっと包括的に海洋資源の利用を計画し、管理していくことが必要です。例えばブルーエコノミーもそうですが、経済的社会的な面だけではなく、海の持続可能性をきちんと見ていくことが大事になるのかと思っています。海の資源を使った経済発展が、持続可能な開発のモデルになっているかどうかをきちんと測っていかなければいけません。
最近読んだジャック・アタリの本で、集団の活動に大きな変化がある場合、そもそも個人の行動が変わることから始まると書いてあり、それはそうだなと思いました。もちろん社会の仕組みが変わらなければいけないということもあると思いますが、忙しすぎて海洋とか環境について考える余裕がないという状況で過ごしていると、自分のことでいっぱいいっぱいだと思います。なので、まず皆が自分を大切にして、その上で海とつながる。そうすれば、海について考える心の余裕が出てくるのではないかと思っています。
そういう余裕がある社会になったら、もう少し環境について皆が考え、学ぼうという意識が芽生え、ほかの人の将来のために自分の行動をちょっと変えてみようかなという考えが生まれやすくなるのかなと思います。
牧野 うちの学生を見ていると、本当に環境問題への関心が高いです。大企業ではなく、そういう仕事に就きたいと言っている学生もたくさんいます。それは意識が高く、また勉強して知識があるのかもしれませんが、同時に、種としての危機感を感じているようにも思います。
「人類は大丈夫か」と。「俺たちの生存のためには、なんかマジでやらないとまずいぞ」という実感があるような気がします。ですので、私はそんなに将来は悲観していないです。「この学生さんたちが本気で頑張れば何とかなりそうだ」という期待を持っています。
もう1つ、慶應義塾大学さんもそうですが、リカレント教育も大学ですごく伸びています。私の研究室にも例えば政府の行政職の方とか、環境NGOの方、コンサルの方がおられますが、こういう方々が社会に出て仕事をしていく中で、本当に科学が必要になった時に、教育が必要な時にそれを提供できる。そういう機関として、大学はあるべきだと思います。それがサイエンス・ベースド・ポリシーメーキングにもつながっていくと思います。
もう1つ、大学の役割としては、やはり子どもや社会に対して「海の魅力を伝える」ということだと思います。海の夢を語るのも、我々研究者の重要な仕事の1つです。「海は面白いんだよ、儲かるよ」「海からビル・ゲイツや本田宗一郎がまた出てくるよ」と。
最後に一番伝えたいことは、先ほどの論点提起にもありました「ナショナリズムを超えられる」ということです。海というのは国と国をつないでいますし、人も生物もつながっていますし、文化もつなげるところです。「海のサステナビリティーを考えることはこんなにも楽しく夢があることだ」というメッセージをしっかり社会に対して、大学や研究機関から発信していくことが、私ができる小さな貢献かなと思っています。
武井 大変上手くまとめていただきました。我々が何をしていかなければならないのかという点、さらにはいろいろなアクターに対してどのように働きかけていく必要があるのかということなどを皆さんからお聞きし、非常に私自身も勉強になりました。
本日はお忙しい中、非常に重要な議論をしていただき、有り難うございました。
(2024年5月1日、オンラインにより収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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