【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
杉浦 重成:慶應義塾幼稚舎の「これまで」と「これから」
2024/06/24
本年2024(令和6)年に幼稚舎は創立150周年を迎えた。この150年にも及ぶ長い歴史と伝統は、福澤諭吉先生から年少の塾生の教育を託された和田義郎先生に始まり、数多くの卒業生や教職員、保護者によって紡がれて来たものである。醸成された舎風とともに、先達から有形無形の恩恵を与ったことに感謝し、節目の年に幼稚舎で過ごすことができる仕合わせを感じている。
1874(明治7)年、三田山上にある和田義郎先生の自宅に子どもたち数名を寄宿させ、通称「和田塾」として教育をおこなったのが幼稚舎の始まりとされる。1898(明治31)年に三田山上から西側低地(現在の大学西校舎崖下部分)へ移り、1937(昭和12)年には広尾に移転し、現在に至る。
150年の歴史の中でも困難を極めたのが、太平洋戦争による集団疎開であろう。1944(昭和19)年8月末から静岡県修善寺へ、戦局が悪化した1945(昭和20)年7月初めからは青森県木造(きづくり)へ再疎開をしている。当時、疎開学園長として陣頭指揮にあたり、終戦後に舎長を務められた吉田小五郎先生によって、今の幼稚舎の礎が確立された。吉田先生は、舎内の雑誌『仔馬』の創刊、『幼稚舎新聞』の復刊、1948(昭和23)年からの男女共学などをはじめとして、現在に続く幼稚舎教育の多くを生み出された。吉田先生の真摯な取り組みは、今も多くの教員に影響を与えている。
1929(昭和4)年に初めて全校児童によって歌われた「幼稚舎の歌」は、今も始業式や終業式、卒業式で歌われている。この歌の二番は「福澤の/大先生の/おのこしなさった/自尊のおしえ/そのみさとしを/身におこなって/よい子になろう/気をそろえ」という歌詞である。「福澤先生のみさとしを身におこなう」ということは、「独立自尊を実践できる人」ということであり、いずれは全社会の先導者となる人材を育成することが幼稚舎の「これまで」であり、「これから」も変わらずに続いていく使命だと思われる。
先述した吉田先生は1970(昭和45)年に「幼稚舎の教育方針は、教員と児童との和やかな結びつきの中に、明るく素直なしかも確(しっか)りした品格の高い児童を育て、小学生として充分な基礎学力の上に、児童1人1人の個性をのばす教育を行なうことである。その根底には勿論、福澤諭吉の教育精神がある。先生は全塾生に独立自尊心を高めることを求めたが、特に幼少の者を教育するにあたっては、身体の健康と品格を高めることに重きを置いておられた」と述べている。数多くの教えから、福澤先生の教育精神を窺い知ることができる。そして、その「みさとし」は、これまでと同様に、これからも幼稚舎が進むべき道を指し示す眩い光であり続けると信じている。
現在の幼稚舎教育は「6年間担任持ち上がり制」と「教科別専科制」をその両輪としている。幼稚舎生は、幼少の6年間を共に過ごし、多くの共有する経験や体験を重ねる。時には力を集め、寄せ合い、結束する大切さを学んでいく。通常の授業に加え、宿泊を伴う海浜学校や高原学校などを通じて、互いに成長し、互いの違いを認め合い、助け合い、高め合っていく。それは、独立自尊の精神ばかりでなく、共生他尊の精神をも次第に身に着けていくことになると思われる。
1897(明治30)年に始まった「6年間担任持ち上がり制」は、1人の教員が1つのクラスの担任として6年間を受け持つという仕組みである。この制度が始まった当時の舎長であられた森常樹先生は、「児童の心身の発達段階をよく知り得て、学業などの進度を縦に捉えることができる」と述べているが、一方、「教師の人格や学力が特に優れていなければ児童の一身を託することはできず、待遇を高め優秀な教員を招致しなければならない」とも述べている。この仕組みを今後も継続することが幼稚舎教育を発展させるという信念があるのならば、改めて教員自らが襟を正し、日々の授業の実践に加え、学問研究と教育への誠実で直向きな取り組み、様々な研鑽を積むことが求められるのであろう。
長きに亘り慶應義塾体育会野球部の監督を務められた前田祐吉さんが「伝統を守るとは、伝統に新しいものを付け加えること」と仰っている。これからの幼稚舎の新たな歩みは、150年という歴史や伝統を守り、重んじながらも、それらに縛られるものでもない。まずは、151年目の幼稚舎に向けて。そして、さらにその先へ。あえて変化を懼れず、進取の精神を忘れず、これからも臆することなく歩みを進めたい。幼稚舎150年の歴史には、常に挑戦する活力が満ち溢れている。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年6月号
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杉浦 重成(すぎうら しげなり)
慶應義塾幼稚舎長