【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
飯泉 佳一:歌い繋がれる家族の歌
2024/06/24
私は、国立音楽大学で声楽を専攻し、日本歌曲を美しく歌唱するための発声法や日本語の響きを聴衆に表現豊かに届ける勉強をしていた。後に劇団四季に俳優として所属(2012〜2021年)し、浅利慶太(1933〜2018年。特選塾員)の下で、「一音落とすものは去れ」の教えを大切に芝居や歌でも脚本家が残した台本の一音一音を観客に届ける研鑽をミュージカルの舞台で積んできた。その後、音楽の専科教諭として教鞭をとっている。
就任して、『幼稚舎生の歌』という歌集を手にした。私は、音楽の副教材としてよく使われている『みんなのうた』のような幼稚舎独自の歌曲集なのだと思っていた。しかし、この曲集に収められている曲は、有名な日本歌曲を残した作詞家と作曲家のものでありながら、どれも目にも耳にもしたことがない。私のこれまでの勉強が足りなかったのだと思った。だが、幼稚舎卒業でない私は知らない訳でこれらは幼稚舎の節目の記念の年に作られた曲であった。この事実を知って驚愕したことを今でも鮮明に覚えている。
この歌集は、当時の音楽科の教諭の草野剛氏が制作し、16曲の記念曲(125、150周年記念曲の5曲は未収)が収められている。歌集を見て、音楽大学で使っていた「日本歌曲集」を思い出す。これまでの記念曲は後述するが、私が勉強したことのある代表的な日本歌曲を紹介すると、記念曲を手がけた作曲家がいかに著名な方であるかがお分かりいただけると思う。「赤とんぼ」「この道」の山田耕筰、「行々子」「北秋の」の信時潔(「慶應義塾塾歌」を作曲)、「サッちゃん」「犬のおまわりさん」の大中恩、「ひぐらし」「花の街」の團伊玖磨、「さくら横ちょう」「夏の思い出」の中田喜直らである。
草野剛氏は、こう述べている。「これらの方々の多くは直接、間接に幼稚舎に深い関係のある方々で、私達の作詞、作曲に対する意図を、充分に理解された上でこしらえて下さったものです。それは、幼稚舎に対する親近感の深さを物語っていると申しても過言ではないと思います。実にありがたいと思っています」。
〈創立80周年〉
「幼き塾生の歌」(作詞:佐藤春夫、作曲:山田耕筰)、「讃歌 幼稚舎生の歌」(作詞・作曲:平岡養一)、「同窓会の歌」(作詞・作曲:増永丈夫(藤山一郎))
〈創立90周年〉
「福澤諭吉ここにあり」(作詞:佐藤春夫、作曲:信時潔)、「日本の子ども」(作詞:浜田廣介、作曲:大中恩)、「カワワラワの歌」(作詞:西脇順三郎、作曲:團伊玖磨)、「お母さん」(作詞:西條八十、作曲:中村八大)、「ククンクップクップくすぐったい」(作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直)、「すてきな音が」(作詞:藤田圭雄、作曲:芥川也寸志)、「お祝いのおんがく」(管弦楽曲)(作曲:外山雄三)、「幼稚舎マーチ」(作詞・作曲:朝吹英一)
〈創立100周年〉
「幼稚舎百年の歌」(作詞:堀内大學、作曲:團伊玖磨)、「ぼくらの季節」(作詞:斎藤淑泰、作曲:桜井峯夫)、「ぼくらの幼稚舎一世紀」(作詞:鈴木一遠、作曲:若松正司)、「大きい輪」(作詞:米山浩志(児童作品)、作曲:ダークダックス)、「胸にかがやくペンがある」(作詞:薩摩忠、作曲:山下毅雄)
〈創立125周年〉
「けやき」(作詞:恩田莉日子(児童作品)、作曲:松任谷正隆)、「いっしょに歌おう」(作詞 末松理沙・吉村梨紗(児童作品)、作曲:松任谷正隆)
入学して間もない幼稚舎生が教えていない記念曲を口ずさんでいることがある。不思議に思って質問したのだが、「車の中で聞いたことがあるから覚えた」と言っていた。幼稚舎を卒業した家族が曲を聞いて子どもが覚えたのだろう。音楽の授業で記念曲を歌う時、こうした児童が力となって大歌唱となる。また、子どもが学校で学んだ歌を家庭で歌い、家族が覚える。私は、歌詞や旋律にこの学び舎で生まれる感動が隠されているから、歌を通して幼稚舎という学校をみんなが好きになるのだと考える。
創立150周年を迎え、新たな記念曲が3曲作られた。
〈創立150周年〉
「青空ポケット」(詩:高木あきこ、作曲:若松歓)、「ペンの指す方へ」(作詞:櫻井翔、作曲・編曲:千住明)、「幼稚舎家族」(作詞:2021年度の幼稚舎生&石川絵理、作曲・編曲: 千住明)
いずれの曲も、150周年を待たずして子どもたちに愛され歌われる曲となっている。
私は、草野氏からのバトンを受け取り、125、150周年の曲を収めた新たな歌集「幼稚舎生の歌」(創立150周年記念曲集)を制作することができた。そこには、私の願いも込めることができた。私たち音楽科の教諭が願うことは、今までもこれからも変わらないと思う。音楽の授業のみならず、いろいろな場面の学校の生活や家庭でも大切に記念曲を歌ってほしい、と。幼稚舎には、未来の幼稚舎生に歌い繋がれる「家族の歌」があるのだから。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年6月号
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飯泉 佳一(いいずみ けいいち)
慶應義塾幼稚舎音楽科教諭