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【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
座談会:海の豊かさを後世に残すために

2024/06/05

  • 牧野 光琢(まきの みつたく)

    東京大学大気海洋研究所教授

    京都大学農学部水産学科卒業。同大学院人間・環境学研究科博士課程修了。ケンブリッジ大学大学院修士課程修了。(独)水産総合研究センター中央水産研究所経営経済研究センター水産政策グループ長等を経て2019年より現職。

  • 長谷川 香菜子(はせがわ かなこ)

    世界銀行中東・北アフリカ地域総局環境・天然資源・ブルーエコノミー環境専門官

    オックスフォード大学で環境政策学修士号取得。国連環境計画海洋部勤務を経て2021年より世界銀行入行。中東地域のブルーエコノミーに関するプロジェクト、海洋ごみに関する分析に従事。

  • 滝本 麻耶(たきもと まや)

    WWFジャパン自然保護室海洋水産グループ パブリック・アウトリーチオフィサー

    塾員(2004政)。ドイツ アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク大学院環境ガバナンス修士号取得。2017年WWFジャパンに入局。海洋環境保全や水産資源保護に向けてパブリックアウトリーチの取組みを行う。

  • 竹田 大樹(たけだ ひろき)

    慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部教諭

    東京学芸大学大学院在学時、海洋研究開発機構「みらい」北極航海に参加。教育学修士号を取得し現職。専門は海洋物理学・理科教育学。中高生に理科を教える傍ら、九州大学大学院総合理工学府博士課程で、海洋ごみ研究に従事。

  • 武井 良修(司会)(たけい よしのぶ)

    慶應義塾大学法学部准教授
    塾員(2001法、03法修)。2008年ユトレヒト大学法学部(Ph.D. 取得)。世界海事大学准教授等を経て、2015年より国際連合法務部、経済社会局にて勤務。21年より現職。専門は国際法。

悪化・劣化する海洋環境

武井 本日はお忙しい中、お集まりいただき有り難うございます。本日は、海洋の生態系や水産資源などが危機に瀕している中、どういった形で流れを変えることができるのか、様々な課題に対してどのように対処していくことができるか、海洋問題の専門家である皆さんからお話しいただければと思います。

最近は海洋プラスチックの話など海洋環境に関するニュースを耳にすることも多いと思います。皆さんが日頃から感じていらっしゃる海のサステナビリティーに関する様々な問題を取り上げていくことができればと考えています。

まずは、海洋の現状をどう見るかというところを自己紹介を兼ねて、牧野さんからお話しいただけますか。

牧野 私の専門は水産資源の管理とか、海洋生物多様性保全に関する制度、政策の研究です。そういう立場から海の現状を見ると、海洋の環境はどんどん悪化・劣化しているというのが率直な気持ちです。

まず、海洋汚染に関しては、海洋プラスチックに限らず窒素やリンの問題、あるいは近年、注目が集まっている医薬品による汚染などもあり、やはり人間の影響による汚染がどんどん広がっているという印象を持っています。海洋プラスチックはその最たる例で、海の生物や生態系にも様々な影響が懸念されています。

また、地球温暖化が海に与える影響も非常に強く感じています。日本近海で獲れる魚種がどんどん変わっていますが、そのほかにも海の酸性化、海中の酸素がなくなっていく貧酸素化、また海洋熱波と言って、ものすごく熱い海水が固まって1カ所に停滞するような現象も起きており、大きなインパクトを与えています。

そういった海洋環境の変化に加え、世界及び日本の水産資源の過剰漁獲、「乱獲」とも言われる問題もあり、改善が必要な状況にあると思っています。特に水産資源管理という意味では、世界の中で漁業の生産量の約7割はアジアですから、アジアの中の日本の役割というのは非常に重要なものがあると思っています。

サステナブル・ディベロップメント・レポート」という、「持続可能な開発目標」(SDGs)の17のゴールの達成度を表すレポートが毎年出ていますが、そこでは日本のランクは最新の2023年では21位で、2017年の11位からどんどん下がってきています。

その中で日本の弱点として指摘されているのが、SDG5のジェンダー平等、13の気候変動と並んで、14の「海の豊かさを守ろう」なのです。それくらい海洋のことは日本の課題です。逆に言えば、ここにしっかり取り組めば、一気に日本の貢献度は上がり、評価も高まります。つまり伸びしろがたくさんある。それから、ブルーエコノミー(海洋経済)という意味でも経済発展のチャンスも今、生まれてきています。

武井 今、我々が直面している海の問題にはどのようなものがあるのか、非常に包括的にお話しいただきました。その中で、ブルーエコノミーの話が出てきましたが、まさに長谷川さんのご専門はこの分野ですね。

長谷川 私は世界銀行で環境専門官として働いており、現在はモロッコとチュニジアを中心にブルーエコノミーに関するプロジェクトと分析業務を行っています。世銀に勤める前には国連環境計画で、地域海に関する条約のコーディネーションや海洋ごみのグローバルパートナーシップに携わっていました。

海洋の現状については、私も牧野さんに同意で、状況はどんどん悪化しているのではと、とても危機感を覚えています。よく言われるのは、気候変動と生物多様性の危機と、環境汚染というトリプルクライシスです。しかし、それ以外にも新しい危機が海洋にはあります。例えば、気候変動にかかわる取り組みで、海洋アルカリ化という、海水にアルカリ性の物質を添加して炭素吸収を促進させる技術がありますが、これはまだ環境への影響がわかっておらず、少し心配です。

他にも、例えば深海採鉱という海底からの鉱物採掘の話がこれからどのように海洋の生態環境に影響を与えていくのかという懸念もあります。

さらに、私が働いている中東地域では、安全保障にかかわる問題が環境にも悪影響を与えているのではないかと言われています。例えば紅海では商業船への襲撃など安全保障上の問題が出ており、燃料流出など海洋にも影響があると思っています。

一方、2010年代くらいからブルーエコノミーの話が盛り上がってきています。海が「最後のフロンティア」と言われ、海に投資をすれば経済発展につながり、さらに雇用の創出につながるという考え方が出てきました。ただ、経済発展と環境保全のバランスがどこにあるかがわからない状況で進んでしまっているところがあり、ブルーエコノミーがどのくらい持続可能なのかを判断することがとても難しい。

ブルーエコノミー自体、定義が曖昧で、どれだけ海の環境を維持し、持続可能な発展につながっているのかがわかりにくいところがあるので、私たちも注意して取り組んでいかなければいけないと思っています。

水産資源の過剰消費

武井 次に滝本さんからお話を伺えればと思います。

滝本 私はサイエンスコミュニケーションのキャリアを積んできて、今、環境保全団体WWFジャパンの海洋水産グループという立場で、海洋の問題について、一般の方、メディアの方に何をどう伝え、行動変容を促すか、を課題にしながら活動しています。

現状は牧野さん、長谷川さんがおっしゃったように海洋環境の劣化を認識しています。WWFには「生きている地球指数」という生物多様性を示す指数があるのですが、その指数は、海の生物多様性が1970年代に比して、半減していることを示しています。また世界の水産資源に関しても3割以上が、乱獲(獲り過ぎ)の状態で、海洋環境、また資源の劣化はかなり危機的な状況にあるのではないかと認識しています。

私の今の活動はどちらかというと消費に近いところが中心ですが、このような状況にもかかわらず、まだまだ私たち人類は生物資源をどんどん消費しています。個々の消費者だけではなく、調達する企業にもトレーサビリティの確保や持続可能な調達改善に向けて、アプローチをしています。

海の話に限りませんが、エコロジカル・フットプリント(人間の活動が自然環境に与える負荷の大きさを測る指標)は、去年は8月2日がアースオーバーシュートデー(1年間の資源を使い果たしてしまった日)でした。1年の半分くらいで人類は地球が1年間に生み出す生物資源を使ってしまっている。こんなに環境問題やSDGsが叫ばれる中でも、使う側の現状は、全然いい方向に向かっておらず、オーバーシュートデーは毎年前倒しになっています。

また、水産資源や海洋生態系の問題に拍車をかけるものとして、IUU(違法・無報告・無規制)漁業の問題にWWFも注力しています。これは、乱獲の問題や資源管理にもかかわりますし、また、操業実態を隠すための漁具の海洋投棄は海のプラスチック問題にもかかわります。

さらに、IUU漁業は、奴隷労働の温床となっている等、人権の問題もはらんでいます。そのようにして獲られた魚を私たちが食べている可能性もある。日本人が消費国として、そこに知らず知らずに加担してしまっているという問題があると思っています。

武井 知らないうちに漁業の分野における奴隷労働に我々も加担してしまっているかもしれないというご指摘には、読者の皆さんも恐らくショックを受けるのではないかと思います。

海のことを知らずに育つ子どもたち

武井 では、次に竹田さんにお話を伺いたいと思います。

竹田 私は現在、慶應義塾湘南藤沢中等部・高等部で理科を教える一方、九州大学大学院で、社会人ドクターとして海洋マイクロプラスチックの研究をしています。また、職業が中高の教員ですので、理科の授業と教育に関する研究も併せて行っています。

きれいに見える海岸や海でも、「実際はごみ問題があるんだよ」「北極海の氷が溶けているんだよ」と子どもたちに話すと、「地球温暖化しないほうがいい」とか「海洋にごみを捨てないほうがいい」という結論はすぐに出てくるのです。でもそれは、「問題があるから、そうしないほうがいい」というただの反応であって、何か根拠があって子どもたちが考えているわけではない。

そうすると大人になってもサイエンスの根拠なしでキャンペーンに踊らされて行動してしまう恐れがあり、教育としてあまりよくないだろうと思っています。私は、大学院修士まではJAMSTEC(海洋研究開発機構)で北極航海に参加し、北極海の研究もしていましたので、地球環境に関する教育をしっかりやっていかないといけないという認識があります。

しかし、実際の日本の教育のカリキュラムには、小学校から高校まで、理科で海洋科学を学習する機会がほとんどありません。これはアメリカやヨーロッパと比べても圧倒的に少ないです。ようやく高校の「地学基礎」という科目の中で、70時間ある標準単位の中の3時間くらいを海洋について触れるようになっていますが、恐らく現状としてはせいぜい1、2時間くらいしか触れられていないでしょう。それにそもそも「地学基礎」は日本全体の約3割程度の高校生しか履修していませんので、海洋科学についてほぼ何も知らずに子どもたちは大人になっていると思います。

そこで本校では、「物化生地」をバランスよく学習することが重要と考え、尾上義和部長のもとで地球環境の理解のために「地学基礎」を最近新設し、その中で、海洋分野に8時間程度確保して教えるようにしています。

この知見が日本全体の子どもたちの教育に展開していくためにはどうすればいいかが、僕の中の今の課題の1つです。

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