【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
座談会:海の豊かさを後世に残すために
2024/06/05
SDG14の意味
武井 皆様、有り難うございました。次に「海の保全/利用のために何が必要か」という点について考えていきたいと思います。先に私のほうから簡単に国連のSDGsについて少しお話しします。
私は2021年に慶應に着任する前は国連の法務部と経済社会局というところで、海に関する問題を扱ってきて、SDGsのゴール14の作成・実施にもかかわってきました。
もともとSDGsというのは、2000年に国連が行ったミレニアムサミットで出された「ミレニアム宣言」に基づいてMDGs(ミレニアム開発目標)がつくられたことに端を発しています。そのときは目標が全部で8つあったのですが、そのうちの7番目だけが直接環境に関するものでした。
その後、2012年に国連持続可能な開発会議というところで持続可能な開発目標をつくりましょうとの合意がなされ、2015年に結実したのが「2030アジェンダ」という、国際社会の2030年までの目標でした。その一部として、17のゴールと169のターゲットにより構成されるSDGsが合意されたわけです。
そのうちの1つ、ゴール14が海に関する目標です。キャンペーンのためのロゴには、「海の豊かさを守ろう」とあり、保全の部分が非常に強調されていますが、実際には、先ほど長谷川さんの話でも出てきましたが、保全と持続可能な利用の双方をバランスのとれた形で達成していくことが求められています。
ゴール14にはターゲットが10あり、その中で様々な問題が扱われています。大きくわけると、生態系とか水産資源に関するもの、汚染に関するもの、それから気候変動に関するものがあり、相互に関連しあっています。
まず気候変動に関してですが、先ほど海水温などが変化し、獲れる魚も変わっているということを指摘していただきましたが、このほかにも、気候変動が海に与える影響には様々なものがあると思います。どういった形で解決策があり得るのかも含めて、北極海で観測をされていた竹田さんから、お話しいただけますか。
自然科学と社会科学にまたがる課題
竹田 気候変動や海洋変動というのは、もちろん地球の長い時間で見れば、変化していくのは当たり前のことですが、我々が人間としてこの地球に住む時間スケールの中での急激な変動というのは、とても重要なテーマの1つだと思います。
その中で、例えば北極海の氷にしても、海洋プラスチックにしても、海洋の酸性化にしても、影響やその原因が1つではなかったり、その原因が複合的であったり、その結果が、また次の結果につながるような仕組みになっているので、これを改善すればすべてがよくなるという類のものではないことが一番の課題かと思っています。
中高生に教える立場で言うと、海洋を取り巻く複雑な関係性を理解するような素養が育つカリキュラムに、日本の現状はなっていないことを非常に懸念しています。海洋に関してはほとんど勉強していないし、環境問題についても、ホッキョクグマが死んでしまうから大変だといった程度しか教科書にないようなところが、まず1つは問題です。
気候変動を止めるのが正解なのか、止めないまま付き合っていって、最終的にその道でベターな策を考えていくのか。これらが人間社会として次の課題になっていくかと思います。例えば北極海の氷が溶けると、一方で北極海航路というものが開発でき、日本からベーリング海を抜けてヨーロッパのほうに海がつながり、実は効率がよかったりする面もある。
一方、そうなると、では領海はどうする、他の国の航路はどうするという、政治との兼ね合いも絡んでくるので、海の環境問題は、実は社会的、政治的な問題につながり、そのあたりは難しいところだと思っています。
武井 今、言及された北極海に航路ができたらどうなるのかという問題は、まさに法的、政治的な問題です。今の海洋にかかわる国際的な法秩序というのは、国連海洋法条約という、「海の憲法」と言われる文書の内容を基にしており、この条約の枠組みに従って各国が行動していかなければならないことになっています。
その中で北極を具体的に想定しているような条文は1つだけで、これはまさに北極海の環境保護に関する部分です。北極海の中でも今後航路として開発されるであろう海域の大部分を占めているのはロシアで、昨今の政治情勢はこの航路の利用にかなり影響を与えています。
まさにおっしゃったような政策の話と自然科学の話が両方からみあってくる分野だと思います。
「厄介な問題」にどう取り組むか
武井 ちょうど政策の話がでてきましたが、牧野さんいかがでしょうか。
牧野 竹田さんのお話は本当にそうだと思うのですが、気候変動というのは環境保全あるいは環境科学、サステナビリティー・サイエンスの文脈では、ウィキッド・プロブレム(Wicked Problem)の典型だと言われます。
日本語ではよく「厄介な問題」と訳しますが、気候変動や生物多様性のロスみたいなものは、まず目の前の課題もあるし地球規模の課題もある。それから、今日、明日の喫緊の問題でもあるし、数十年後という長いタイムスパンの問題でもある。しかもそのメカニズムは様々な要因がかかわっていて、科学的に全体像を理解することは、現在はほぼ不可能です。
将来予測もシミュレーションすれば数字は出ますが、不確実性が非常に大きい。なおかつその影響を評価する時、利害関係者がすごく多く、多様な価値観と多様な社会的背景があり、問題が何かすら合意をすることが非常に難しい。気候変動や海洋の問題は、まさにウィキッド・プロブレムなのですね。
では、こういう問題に科学的に対処するには何をしていけばいいかというと、もう人文・社会科学と自然科学が連携するのは当然ですが、科学だけでやっても、多分問題は解決しないのですね。
世の中にはいろいろな知があり、科学知というのは、あくまで人類が有している知の一側面に過ぎません。科学知のほかにも、様々な地域にある知、実業界にある知とか、行政が持つ知など、いろいろな知を集結する必要があります。皆で話し合い、問題を決めて、その問題に対してどういう科学的な知見で「エビデンス・ベースド・ポリシーメーキング(EBPM)」をしていくのかという研究をしなければいけないと考えます。
こういう研究のアプローチを、最近トランスフォーマティブ・サイエンスと言ったりしますが、要は研究者だけが研究室の中で研究していても、問題解決には絶対つながらない。
解決どころか問題の適切な定義すらできない。いかに実業界、市民と共にサイエンスを設計して実行し、それを社会実装して政策につなげていくかが、今、我々に突きつけられている課題だと認識しています。その意味において、滝本さんがやっておられるようなサイエンス・コミュニケーションは重要なトピックだと私は考えています。
滝本 牧野さんがおっしゃった厄介な問題を、さらに伝えることはまた厄介な課題です。今、気候変動問題も海洋の問題も、どんどん複雑化し、一般の人からするととても遠い問題になりつつあり、最近では誰もが皆知っている話題がなくなっている時代です。それぞれが自分の興味を持ち、その興味の網の目に引っかからないとまったく知らない。その人の関心外のことを、どう伝えるかはすごく大きな課題です。
例えば、気候変動が海の状況にどう影響しているかという話で使うのがウナギの話です。ウナギは絶滅危惧種であり、その稚魚であるシラスウナギは高値で取引される魚ですが、これにも気候変動の影響があると言われています。ニホンウナギは日本から約2500kmの海を隔てた、西マリアナ海嶺付近で生まれ、卵から生まれたその仔魚(レプトセファルス)は、自力では泳ぐことができず、海流に乗って流されながら東アジアの沿岸域にやって来て、日本や台湾、韓国の河川に遡上します。
それが、この温暖化による海水温の上昇で産卵位置や海流の分岐等が変わってしまい、南に行ってしまう個体が結構いて、東アジアに来なくなっているという話から温暖化の話、さらに私たちが今どういう消費や食べ方をしているかという話につなげられます。また、高値で取引されるウナギは、IUUのリスクも高い。ウナギのダイナミックな生態には、皆すごく関心を持ってくれますので、様々な問題点を話す際の入り口として、私もよく使っている事例です。
あとは伝え方とは違うのですが、SDGsの取り組みで何をやりますかと言うと、「未利用魚の活用をします」というものが多いのですね。そのイニシアチブ自体は悪くないのですが、未利用魚というのは、目的の魚種に混ざって獲れていて捨てていた(使っていなかった)、混獲種(漁獲対象以外の生物を捕獲すること)である可能性もあるのですね。未利用魚の資源管理をどうするかといったところまで踏み込んだ活動にはなかなかなっていないのです。
SDGsの取り組みが、ある意味表面的なものになるのも課題です。牧野さんが言われたように、まさしく目の前の課題に取り組む、長期的な問題解決にはマイナスの影響があるかもしれない。そこまでは、考えが追いつかずに進んでしまっていることもあるかと思います。
2024年6月号
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