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【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
座談会:海の豊かさを後世に残すために

2024/06/05

複雑化する気候変動問題

武井 ある行動がSDGsのほかのゴールの達成に対して影響を与える、ポジティブなインターリンケージの話もありますし、逆に、よかれと思って行った行動が、もしかするとほかの面で悪影響を及ぼしてしまう可能性もあるということですね。

冒頭の長谷川さんの発言中に、海洋のアルカリ化の話がありました。気候変動の緩和のための行動にはいろいろなものがあって、地球工学を用いたものも最近、様々なものが提言されていると思います。そのあたり長谷川さん、いかがでしょうか。

長谷川 気候変動に関して皆さんが持たれている危機感に私もとても同意しています。そもそも気候変動というのは、化石燃料補助金を減らし、化石燃料のエネルギーの使用から再生可能エネルギーへ移行し、二酸化炭素を削減していくという科学技術の話だったと思います。

海洋プラスチックの問題も、プラスチック製品が溢れているのは化石燃料補助金によって石油からプラスチックを作るコストが安過ぎることがそもそもの原因で、根源的な問題は気候変動と同じだと思います。ただ、最近は、気候変動の話が科学的な問題から、だんだんビジネス機会の話になっていると私は思っています。

さらにエネルギー問題は国家安全保障の話にかかわってきています。例えば太陽光パネルなど、ビジネスと国家安全保障が複雑に絡み合った問題に変化しつつある。気候変動の話がだんだんと環境問題から離れていっているように私には思えます。

先ほど申し上げた、海洋のアルカリ化の話や「CO₂を削減すれば問題解決できる」といった議論も出てきている。それが環境にとっていいか悪いかというより、CO₂を削減すればいい、というような考え方が生まれていて、もしかしたら気候変動自体の問題の質が変わりつつあり、複雑化してきているのではないかと感じます。

しかし、現実的に気候変動が海に与えている問題もあり、早急な対応が必要です。例えばチュニジアやモロッコでは、海岸の浸食が大きな問題になっています。チュニジアでは、1年で70センチくらい海岸線が後退していて、それが観光のみならず都市計画などにも影響が出てきている。これは具体的な問題で対応が必要です。

緩和策(人間の活動によって発生する環境への影響を緩和する行為)だけではなく適応策の必要性が増してきています。海岸侵食への適応策として、例えば、1つの海岸の侵食を防ぐために人工的な構造物を建てることがあります。ただこういった対応策によって、ほかの海岸の侵食が余計に進んでしまうことが現実問題として起きています。

自然に基づく適応策をもっと活用した方がいいと言われており、世銀でもモロッコで沿岸部の森林の保全を支援したり、海岸、ビーチの侵食対策事業を支援しています。ただ、こういった取り組みは、公共事業なので、持続的に資金を投入していくことが難しかったりします。

では、ブルーカーボン(海洋生態系に取り込まれた炭素)を使って、このような適応策への資金に回せば持続的になるのではないかという話も出ているのですが、まだマーケットが発展途上で、ブルーカーボンを使って大規模な保全事業につなげていくという流れは上手くできていません。

もちろん、チャンスはたくさんあると思いますが、気候変動への対策と環境保全のバランスを上手く取りつつ、かつ社会と経済の問題を見ていかなければいけないということは、極めて難しいことだと感じています。

沿岸域の生態系回復の試み

武井 ブルーカーボンの話が出てきましたが、沿岸域の生態系を回復させることによって気候変動に対応することができるのではないかという話が、日本でも議論になっているかと思います。牧野さん、日本で生態系の保全に関して行われている取り組みのなかで、上手くいっている例についてお伺いしたいと思います。

牧野 日本は特に藻場(もば)を使ったブルーカーボンとか、カーボンクレジットの社会実装が世界でもかなり進んでいると聞いています。藻場は「海のゆりかご」とも言われますが、日本では高度経済成長の時にものすごく減ってしまったのです。特に東京湾の西側、東京から川崎・横浜にかけてはほぼ自然海岸が残っていないのですが、その多くは垂直護岸であり、魚がそこで卵を産むこともできないし、仔魚も稚魚も育たないわけです。

そこで、カーボンクレジットを目標としたものでもいいから、とにかくブルーカーボンで藻場を増やせば、そこで自然再生が起きて、生物多様性が増えたり水産資源が増える。コベネフィット、つまりいろいろな副次的なプラスの効果がある。

なおかつそういう場を、海洋保護区(MPA)という形で特定し、そこを集中的に守る活動をして、地域の住民、特に子どもたちが参加して、科学者と一緒に観察会をやったり、アマモを植えたりすることにより、環境問題をより自分の問題として環境学習ができるという効果があると思います。

竹田さんがおっしゃったように、中高生の意識をどう変えるか。リテラシーにどう働きかけるかがカギですから、そういう意味ではブルーカーボンの活動は、東京湾でも面白い可能性を持っている事例だと思います。

もう1つ、世界で評価されている日本の活動としては、日本は知床の亜寒帯の海から石垣の熱帯の海まで、いろいろな生態系があり、そこにたくさんの漁師が何百年も代々住んで、そこの生態系とともに生活しながら、いろいろな文化や技術を構築してきました。

彼らはその地域で蓄積してきたナレッジに基づいて、生態系保全とか、生物資源の増殖のためのいろいろな取り組みをやっているのです。こういういわゆるボトムアップの多様な取り組みの中にかなり面白い知恵があるのではないかと、今期待されています。

いわゆるローカル・エコロジカル・ナレッジの中から、いかに科学的なイノベーションを見つけ出すかという研究も注目されていると思います。

武井 今、MPAの話も出てきて、そこに住民や子どもたちを巻き込む必要があるという点についてお話しいただきました。

竹田さん、先ほど中高生にどう関心を持たせるかが課題とお話しいただきましたが、教室の外で何かSFC中高生たちと一緒に取り組む海洋の理解の増進に資するような活動はできるのでしょうか。

竹田 海洋教育に関しても、現状では日本の学習指導要領の中にほとんど記載がないのですね。一方、アメリカでは、幼稚園から高校卒業までの間に海洋に関するリテラシーを身につけさせることとして、7つの項目が挙げられているような動きもあります。

子どもたちにはやはりいろいろな活動を通して何回も知識や体験に触れさせるという活動が重要なのかと思います。「この授業をやればこのリテラシーが育まれる」ということではないので、いろいろな活動を通じて、彼らの中で身についてくるものがリテラシーとかコンピテンシーというものだと思っています。

しかし、今、実際の社会で課題になっているテーマが、そもそも子どもたちが使っている教科書に書かれているかというと、そうではない。つまり、社会と乖離するような内容を学んで、結果、大学に進み、社会に出てきた時に、「これは実はビジネスと絡む話なのだ」とか、「法のことも考えなくてはいけないのだ」とだんだん視野に入ってくるのが現状です。

そういう意味では、生徒にいろいろな体験をさせてあげたいと思いつつ、現状では、なかなか海洋に関して外に連れていくことができていないところがあります。特に慶應は船を持っているわけでもないですし、かつ大学に海洋学の先生がいらっしゃらないので、難しいところもありますが、海岸で、実際に海岸の砂を拾ってきて、例えばマイクロプラスチックの採取みたいなことを子どもたちにやらせる取り組みは、今考え、準備しているところです。

海洋プラスチック問題への視点

武井 プラスチックごみ全般、海洋ごみ全般について、おそらくこれまでになく日本の中で関心が高まっているとは思うのですが、これはなかなか対処するのが難しい問題です。

例えば海岸のごみを拾うことで、今そこにあるごみに対処することはできても、それだけでは根本的な解決には至らない。もっと根源にある部分も見ていかなくてはいけないということだと思います。

今、国連環境総会の下でプラスチックに関する条約づくりが進められていますが、こういったグローバルなプロセスと、身近な課題の両方が混在していると思うのです。この海洋プラスチックについて、日本として、それから国際社会としてどういう取り組みができるのか。長谷川さん、いかがでしょうか。

長谷川 プラスチックについて国際的な条約ができそうだというのは、とてもいいニュースだと思うのですが、条約ができたから問題が解決するわけではないことは、気候変動の話でよくわかっていることです。やはり国別、地域別、そして個人の取り組みがとても大事になってくると思います。

プラスチックの話は、よく上流から下流までサプライチェーン全体での取り組みが必要と言われます。これは、上流か下流どちらか一方だけをやっても駄目で、プラスチックのバリューチェーンの全ての段階において、行動していかなければいけないということです。

私が思うに、今までは海洋ゴミは廃棄物処理の問題だととらえられることが多かったのですが、国際的な世論としては、リサイクルだけが解決策ではないということがだんだんわかってきています。国際的に見てもプラスチックのリサイクル率は10%以下で、これを2、3年で90%ぐらいに上げるのは現実的ではない。

そうすると廃棄物処理だけに頼るのはほぼ不可能ですので、上流部分の取り組みで、どうやってプラスチックの生産や使用を減らしていくかが課題になってくると思います。

これは難しい問題です。私が支援しているモロッコやチュニジアだと、代替される材料、例えば日本で言えば竹のスプーンなどがあまり生産されておらず、あってもヨーロッパからの輸入で、プラスチックより値段が高くマーケット的に難しい。

さらに、新しいプラスチックのほうがリサイクルされたプラスチックよりも、安いためにリサイクルプラスチックを使った商品が普及しない。マーケットがまだ上手く機能しないために、プラスチックの利用を削減していくことが今の段階では難しくなっています。

各国の取り組みで、例えばプラスチックのレジ袋などの使用を禁止することがありますが、結局、法の執行の問題になります。ケニアなどでは警察がレジ袋を持った人を取り締まったりしていたのですが、法の執行力がないと、削減がなかなか難しい。そうすると、やはりある程度マーケットの機能を使わないと削減には向かっていかないのではないかと思います。新しい条約の枠組みの中で、何らかのマーケットメカニズムが上手く機能するようになれば、希望が見えてくるのではないでしょうか。

世銀でも元本保証型プラスチックごみ削減連動債を発行していて、ゴミの収集とリサイクルによって発生するプラスチッククレジットに連動した金融リターンを提供するような新しいメカニズムがあります。こういった新たな資金調達メカニズムもだんだん出てきています。

ただ、こういった新しい資金調達がグリーンウォッシング(環境に配慮しているようにごまかすこと)につながっているのではないかという懸念もあり、いろいろな問題もあるのですが、新たな資金調達メカニズムができれば、海洋ゴミの削減につながっていくのではないかと思っています。

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