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【祝! 塾高野球部甲子園優勝】
【優勝記念対談】エンジョイ・ベースボールが栄冠をつかむまで 上田誠/森林貴彦

2023/10/11

自分で考える野球

上田 森林さんは『Thinking Baseball』という本を書かれている。エンジョイ・ベースボールとシンキング・ベースボールの違いを今日はお聞きしたいなと思って来たんですけど(笑)。

森林 同じ題名だと本を出せないので、出版社からの勧めです(笑)。私は上田さんの1期生という形で野球をやらせてもらって、本当にその出会いが大きかったのです。

上田さんの影響を受けて、こういう野球をやはりやるべきだし、広げるべきだという思いでやってきたので、思いは今も変わりません。申し訳ないですけど部訓もそのままきれいに残させてもらっていますし。

上田 俺はこれは進化させているぜ、というのを聞き出したい(笑)。

森林 進化というわけではありませんが、自分が好きでやっている野球を自分で追求してほしいですよね。「シンキング」ということで言うと、子どもの時からこう習ってきたからとか、高校で指導者にこう言われたからやるのではなくて、自分で考えて試行錯誤をしてほしいというのが一番にあります。

本来は自分が上手くなりたいからこうやって投げたほうがいいかなとか、いや、やっぱり違うかな、とか、遠回りかもしれないけど、自分で考えることが重要なはずで、それを基本に据えたい。上手くいかなかった時に、監督やコーチのせいにしても不毛なので、まずは自分でこうやってみたいというものがあるべきだろうと思うのですね。

上田 森林さんは、もちろん技術指導はされていると思うんですが、まず考えさせてひたすら待つんですよね。そして、自分でやってこいという。僕なんか一番違うのは、せっかちなんですよ。すぐこうしよう、ああしようとやるタイプなんです。大学の堀井監督はもっとすごい。せっかちの3乗ぐらい(笑)。

選手たちが自分たちで試行錯誤し、それを森林さんが技術指導されて上手く成長していったということだと思うのです。成長至上主義というんですかね。成長を待てる監督、これが僕は新しい時代の高校野球監督像のキーワードになるのではないかなと思って見ていたんです。なかなか待てないんですよ。高校野球は時間が短いんでね。それを待てる監督なんだなと。

選手との人間関係はどんな感じでやっておられるんですか。

森林 選手とは普通に会話をするのが大前提ですけれど、こちらからあまり無理やり話し掛けたりはしないです。100人以上も部員がいますし、それよりは、よく選手を見るようにしています。例えば変化に気付き、調子や体調もよく見ていてくれているなと思ってもらえるように、私もコーチもスタッフ側が心掛けてきました。

「フラットに、いつでも話しにこいよ」と言っても、高校生は「いや、50歳の人に話せるかよ」と絶対思いますよね。そこは大学生コーチとかスタッフにコミュニケーションはお任せして。

上田 それがいいよね、中間管理職がいるからね。

森林 あまり1人で何もかもやろうとしていない。無力を感じながらいつもやっていますので。みんな助けてと。

メンタルだったり、治療の方だったり、いろいろな専門家の方に入ってもらって、どんどんうちの野球部で好きにやってくださいと。私が言うよりその道の専門家の方がちゃんと話してくださったほうが選手の耳に入っていくこともありますので。

エンジョイ・ベースボールの理想形

上田 森林さんが考える「エンジョイ・ベースボールの理想形」を聞いてみたい。これからどうしようとされているか。日本一を取ったら、もうやることがなくなっちゃった感じですか(笑)。

森林 いやいや、そんなことないです。優勝したからと言って次のチームはご褒美をもらえるわけでもない。この秋の大会はまた1から戦っていくので、私自身も優勝の余韻に浸っているわけではなく、次のチームに気持ちは向いています。

今回は日本一になりましたけれど、その年、その年のベストを尽くして、やはりうちの野球を発信していくということを気力、体力が続く限りはやっていきたいです。

今夏、横浜高校との試合で渡辺千之亮のバットの当たる位置が1ミリずれていればレフトフライで、あそこで終わっているわけです。スポーツは本当に紙一重の世界で、今年は勝ったから良かったとか、負けたから駄目だったというのでは全然ない。今年、勝たせてもらいましたけど、これは107年分の努力の蓄積の優勝と捉えたいと思います。

どの代も皆頑張っていますから、そこは今年の代だけをヒーローにしてほしくないとは思います。そこは私自身も勘違いしないようにしたいですし、歴代の監督、部長、選手、コーチ、皆がやってきたことが今年1つの形になったのだ、と是非見ていただきたいなと感じています。

理想形は、ベンチに私がいなくてもいいチームができたら一番いいかなと思いますね。最終的には、サインを出さなくてもよくて、ベンチに監督がいなくても大丈夫なチームになったら理想です。実際は難しいことですが、より1人1人が自立して考え、チーム、組織としても指導者やコーチに頼らずに、試合も練習も進めていけるようなチームになっていくことは理想かもしれません。

塾高のスタイルが普及すれば、それこそ高校野球の幅が広がることになるし、そうすれば高校野球を目指す子とか、高校野球をやらせたい親も、今までより増える可能性はあると思います。

上田 本当にそうですね。これからも他校から憧れられるチームを作ってください。

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