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【祝! 塾高野球部甲子園優勝】
【優勝記念対談】エンジョイ・ベースボールが栄冠をつかむまで 上田誠/森林貴彦

2023/10/11

  • 上田 誠(うえだ まこと)

    慶應義塾高等学校野球部前監督。
    元慶應義塾高等学校英語教諭。1991年~2015年まで慶應高校野球部監督を務め、甲子園、春3回、夏1回出場。現香川オリーブガイナーズ球団。
  • 森林 貴彦(もりばやし たかひこ)

    慶應義塾高等学校野球部監督。
    慶應義塾幼稚舎教諭。2015年より慶應高校野球部監督に就任。監督として2018年に続く夏の甲子園2回目の出場で今夏、優勝を果たす。

新チーム結成から春まで

上田 このたびは日本一おめでとうございます。どうですか、優勝の実感は?

森林 有り難うございます。優勝直後は、あまり現実味がないような、不思議な感じだったのですが、式典とか報告会とか、取材の機会をいただくたびに改めて実感が少しずつ湧いてきます。そして、いろいろな方に本当に応援していただき、喜んでいただいているのも実感しているという、そんな毎日です。

上田 まずは甲子園優勝までの軌跡を伺おうと思いますが、去年、夏の県大会準々決勝で東海大相模に負けましたよね。そこから、新チームをつくられた時、日本一になる可能性があるチームだと考えられていましたか。

森林 手応えは全くありませんでしたね。去年の夏のチームにレギュラーで出場していた今年のメンバーはショートの八木陽(ひなた)、1人だけだったんです。他は食い込めず、大村昊澄(そらと)もベンチに入っていなかった。

野手もそんなに打てる気はしないし、ピッチャーは誰が投げたらいいのか。松井喜一だけじゃ無理だし、誰か出てこないかなと、不安だらけのスタートでした。

上田 秋の県大会の決勝で横浜高校に6対3で負けたけれど、関東大会でベスト4。その頃からチームが一戦ごとに強くなっていったような気がするのですが。

森林 今年のチームは、とにかくキャプテンの大村の存在が大きかった。彼は事あるごとに「日本一」を口にし、練習前も皆で「日本一」と唱和してからやっていました。そうやって志を高く掲げたことが1つ、単純かもしれないけど大事だなと。

そのキャプテンの下、選手たちが結集して僕たちはまとまらなきゃ、という意識が強かった。それが秋の大会で少しずつ勝ち上がりながら、実力と自信が少しずつ付いてきたように思います。

あとは、ピッチャーの小宅雅己(おやけまさき)が秋の大会でやっと投げられるようになったのが大きい。1年前の夏頃までは、腰痛があって全く投げられなくて、ちょうど、新チームが動き出した頃から少しずつ投げ始めたら、彼が一番いいピッチャーだとすぐにわかった。そこで彼と経験豊富な松井と2人で上手く組み合わせながら県大会、関東大会と進んでいきました。

上田 それでだんだん強くなってきて、選抜出場を決めたわけですね。冬の間はどのようなことを主眼に練習したんですか。

森林 主にウエイトトレーニングを中心とする体の部分ですね。大学の体育研究所の稲見崇孝先生にこの1、2年、ウエイトトレーニングのやり方や、選手のタイプ別にウエイトメニューを組むことなどを指導いただいたのです。今までチーム一律のメニューだったのですが、メニューを見直し、細かいところまで気を配って体を強化することを大きなポイントとしてやってきました。

秋はまだスイングの力強さがなくて、速いピッチャーは打てないという感じだったのが、冬の間の体の強化によって、1人1人、だいぶ力強さを増してきました。

飛躍的に伸びた攻撃力

上田 選抜では何と初戦に昨夏の優勝校仙台育英が対戦相手となった。素晴らしい投手陣でしたが、小宅君が好投し、1点を争う好ゲームになった(1対2で延長タイブレーク負け)。そこで負けたことがどうチームに影響を与えたのか。あそこで負けたから何か夏の日本一があったようにも思うわけです。

春の県大会の決勝戦、これはもうあのわずかの間に打力がものすごく伸びたなと(対相洋高校戦、11対0で勝利)。そのあたりはどのような練習をされたのでしょう。

森林 冬の間、体の強化をし、スイングも強くなって、ある程度、選抜も戦えるかなというレベルになった。でも仙台育英の素晴らしい投手陣と対戦して、ほとんど打てなかったので、やはりこれが全国トップレベルの投手陣なんだ、と体感できたことが重要だったと思います。

その後の練習は仙台育英のピッチャーのスピードや、変化球の切れが基準になりました。やはりトップレベルのピッチャーと対戦するのが基準づくりには一番いいわけです。仙台育英のピッチャーをどう打つか、どうやって点を取るかということを、夏へのテーマ設定としました。

具体的には、1打席に打てる球が1球あるかないかという投手の数少ない甘い球を、逃さずどうやって仕留めるか、ということを主眼に置いて取り組み、練習の時も1球目で捉えるようにする。そういうことが夏に向けて打力、得点力が向上する大きな要因になったと思います。

上田 大学の堀井哲也監督とよく一緒に夏の神奈川県大会を見ていたんですけど、高校の選手のほうが大学より打つんじゃないのというくらいでしたからね(笑)。そのくらい速い球にも強いし、変化球にも崩れない。ツーストライクから粘るし、セーフティーをやったり、相手のピッチャーを崩そうと、何でもしましたよね。足もありましたし、最高レベルの攻撃力だったんじゃないんですか。本当に見ていて楽しい野球でした。

選手の成長

上田 春から成長が著しかったのは、左腕の鈴木佳門(かもん)君だと思うんです。鈴木君はどのように考えて起用したのですか。

森林 1年で入ってきた時から、もう大器であることは間違いなく、どうやって彼を育てていくかと思いました。神奈川の夏を勝ち抜くとなると、小宅と松井だけだと足りないわけです。やはりもう1人先発で投げられるピッチャーが不可欠です。それはもう鈴木に期待するしかない。彼をどう一人前にするかがチームとしては大きなテーマでした。夏の県大会では2枚看板という形で小宅と鈴木で行って、後ろを松井がサポートする形にしたかった。

実は、鈴木は夏の県大会前があまり良くなかったのです。県大会でも準々決勝の横浜創学館戦の時もリリーフで出て、連続押し出し四球を与え、小宅を戻して何とかしのいだ試合がありました。

ただ、その準々決勝の翌日、彼はメンタルコーチの吉岡眞司さんと話をして、心が吹っ切れた部分があったようです。その後は準決勝(東海大相模戦)、決勝(横浜戦)、と甲子園に向けて、体調も心の状態も登り坂になっていったので、これは甲子園でいいところで投げさせられるなと思いました。

期待通りの成長を夏に向けて遂げてくれた。このことはチームの躍進を本当に支えてくれたと思います。

上田 夏まででびっくりした選手がもう1人、それは八木君なんです。春は下位打線を打っていた。それから、1、2年の頃はそんなに守備も上手くないなと思っていた。ところが、この夏までに急成長している。

森林 彼もこれまでケガだったり、体が万全ではない時期が多かったのです。去年の秋も関東大会前に肩を脱臼したり。選抜では下位打線で最後は代打を送られていますからね。だからこのままじゃいけないという思いが強かったと思うのです。

彼自身が最後、自分自身を育てて爆発してくれたという感覚があります。夏に向けて攻守に力強さと安定感を増して、2番バッターとしても、それからショートの守備も本当によく守ってくれた。彼抜きでは語れない試合は多かったですね。

上田 本当にいい仕事をしていて、攻守で光りましたよね。

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