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【祝! 塾高野球部甲子園優勝】
【優勝記念対談】エンジョイ・ベースボールが栄冠をつかむまで 上田誠/森林貴彦

2023/10/11

県大会決勝対横浜戦

上田 県大会決勝の横浜高校の試合は終わった後はどうでしたか。いろいろ物議を醸す判定もありましたが。

森林 判定についてはコメントをするつもりは全くないのですが、その状況を即座に受け入れ、選手が次に何をしたらいいか、すぐに対応してくれました。

9回の最後の攻撃もノーアウト、1、2塁になり、2番八木がきちんとバントしてくれて。それで3番、4番。これで同点に追い付けなかったら、しようがないなと。そうしたら、彼らが結果で返してくれた。やはり最初から最後まで心がブレずに落ち込まずに戦えたということがこのチームの強みの1つだと思います。

持っている力は、昨年のチームが100ぐらいだとしたら、このチームは85ぐらいだと思うんです。ただその85の中の100%の力をそのまま出せるような心の安定、あるいは体のコンディションづくりができたのではないかなと。

高校野球の場合、100の力を持っていても100を出せるチームはほとんどないですから。今回のチームは、そんなに飛び抜けた力はなくても、その力をほとんどの人が満遍なく試合の中で発揮できたのが良かったように思います。

心の部分と体の部分、それぞれの安定があって、それが甲子園出場がかかった決勝戦という舞台でも動じずにいられたのだと思います。

上田 見事だったですよね。

森林 渡辺千之亮(せんのすけ)の逆転スリーランホームランもその前にファールで粘ったり、際どい球を見送ったり。もうずっとチェンジアップで攻められていたのが、試合の中で修正していって、あの打席、最後に実ったのではないかなと。

上田 あの時は、打席に入る前に何か声を掛けたんですか。

森林 いや、特には(笑)。

上田 不敵な笑いを浮かべて打席に立っていたのはびっくりしました。普通は2点負けていてあの打席に入ったら、これは何とかしなくちゃいけないという表情になると思うんですよね。でも、千之亮君はニコッと笑って、ものすごくリラックスしていて、ただ、自分のスイングでフルスイングをしようと考えていたように思えました。

神奈川県大会決勝、劇的な逆転スリーランホームランを放った渡辺千之亮君

甲子園での戦い

上田 それで見事に優勝されて甲子園に行ったわけですが、マスコミに対しては最初から日本一を取りに来たとおっしゃっていましたね。

森林 そうですね。このチームは大村が、日本一とずっと言っていて、皆が結束するための大きなキーワードだったので、それを改めて皆で確認しました。大村キャプテンにいつも言わせていたら申し訳ないので僕も負けずに言おうと(笑)。

でも、県大会で勝ったら、日本一の手応えが増したかというと、正直言ってわからないですよね。甲子園で上位に進出したこともないわけですから。ただ、甲子園は大体、出て満足のチームとそこで勝たなきゃと思っているチームに分かれるので、うちは出て満足じゃないぞ、ここで勝ちに来たんだぞ、ということを表すためにああいう言い方をしました。

上田 甲子園で、決勝までで一番苦労された戦い、ここは大変だったというのはどんなことですか。

森林 初戦、北陸高校の試合は第6日目でした。ちょっと待つ時間が長い。暑い中で練習だけ繰り返して、なかなか自分たちの試合は回ってこない。どんどん余計なことを考える時間が増えていって、初戦までの1週間が精神的にはきつかったです。

北陸戦の試合自体は、思いの外、初回から打ってくれたので、試合自体はすごくスムーズに入れたなと。

上田 試合できつかったのは広陵戦ですか。

森林 やはりそうですね。今思い返しても広陵は強かったなと思うので、よく勝ったなと。

10回やったらうちが勝つのは2回か3回ぐらいだと思うので、これはタイブレークのお蔭だと思います。後半尻上がりに調子を上げた広陵の投手高尾くんからランナーなしから点を取るのは至難の業で、9回まで同点でしのいで、延長タイブレークで何とか点を取ろうと思っていました。とにかく逆転されないように、同点まではいいと。

案の定7回裏に追い付かれましたが、とにかく同点で止めました。本当に毎回ピンチの連続で、よくぞ投手陣と、守備も含めて、3失点で9回までしのいだなと。また最後も、選抜で仙台育英にやられた松井が、タイブレークで最後に立ち向かって逃げ切ってくれた。

上田 あのピッチングは良かったですね。

森林 結果としては、ああいう苦しい試合を勝つのが最高の経験値になるのですね。やっている最中は本当にきつかったですけど、終わってみればあの試合がやはり優勝に向けて、勢いと自信を付けてくれる一戦になりました。

上田 相手は甲子園常連校の百戦錬磨の中井監督だったわけですが、見ていてどちらかというと、自分たちのペースで試合をやったのはうちだったのではないかなと。何か広陵が、すごく慶應を意識していたのではないかなという気がしたんですが。

森林 やはり広陵のほうが勝たなきゃいけない、という意識が強かったのでしょう。表情が硬いというか。

うちのほうが何か、楽しむというか、広陵さんとこういう場で試合できている瞬間を喜びに感じるみたいなところはあったかなと思います。それで結果的にうちのほうがいいパフォーマンスが出せた。素材や戦力で言ったら向こうのほうが少し上だったと思うんですけど、力がよく出せたのではないかなと思いますね。

対広陵戦。見事なリリーフを見せた松井喜一君

上田 準々決勝(沖縄尚学戦)は、最初に2点先行をされたり、いろいろなゲームを経験された、それでどんどん強くなっていったという気がするんですね。たくましくなってきたなと。

森林 試合をやっていて最後は勝つんじゃないか、負けないんじゃないかという、根拠のない自信みたいなものはチームの中に広がっていったかもしれないですね。沖縄尚学戦も2点先制されましたけど、あまりにも見事なホームランでしたから、それはしょうがないと。

逆にホームラン以外は鈴木佳門が抑えてくれたので、これは想定内だなと。もともと沖縄尚学の東恩納(ひがしおんな)君は前半からそんなに打てると思っておらず、疲れが出る後半はチャンスがあると思っていました。クーリングタイムの時もそういう話をしましたが、でも選手が本当によく頑張りましたね。

上田 6回は東恩納君のボールが急に浮き始めて、それを一気に崩したのは見事でしたね。

最高のシナリオで迎えた決勝戦

上田 準決勝の土浦日大戦にも勝ち、いよいよ決勝戦です。決勝戦の前にどんなお話を選手にされたんですか。

森林 最高のシナリオだよねという話は前日の夜にしました。春、仙台育英に負けて悔しい思いをしたのが、両校甲子園で勝ち進んでの決勝です。それでこちらは107年ぶりの優勝を目指し、向こうは2年連続の優勝を目指す。

もうこれ以上ないシナリオだと。うちにとっては、負けた相手に恩返しする最高のチャンスなので、勝っても負けてもとにかく明日が最後なので、存分に野球をやろうと。

上田 決勝戦の風景というのはどんな感じですか。試合前にグラウンドに入る。あれがやはり独特なのではと思うんですよね。全国で2チームしか残っていない。あの雰囲気はどう感じられましたか。

森林 その時はやはり嬉しかったですね。ずっとテレビで見てきた世界ですから、自分たちがそこの場に立てているのが本当に嬉しかった。でも、もちろん決勝の特別感もあるけれど、何か今日で終わりじゃなくてまだまだ続くといいなとか、いろいろな気持ちが混ざっていましたね。

上田 先発ピッチャーは予想した通りでしたか。

森林 湯田君はイメージ通りでしたね。高橋君を後に取っておいて、勢いのある湯田君で来るだろうと。

上田 作戦面で選手に指示したことはどんなことでしょう。

森林 湯田君に対しては、カウントを取りに来るスライダーを打つということですね。ストレートは速いし、なかなか仕留めるのが難しい。

また、実は、分析するとストレートの半分はボールなんですね。カウントを取りに来るスライダーは高めからで、それが君らが打てるボールだから、それをまず打ちにいこうという形でいきました。

丸田湊斗(みなと)も初球のスライダーを空振りする。でも、あれを空振りすることで次に合ったんだと思うのです。とにかくスライダーをしっかり打っていこうと言いました。

上田 神奈川県予選から綿密にデータを取ってくれる3年生や大学生コーチがいましたね。実際仙台育英のデータはどうでしたか。

森林 この数年で、過去の試合の動画がほぼ揃う時代になったのです。仙台育英の場合、去年の甲子園から十何試合分ある。3年生のスタッフや大学生コーチが、仙台育英に照準を絞って事前に見てくれていたので、そういう陰の努力がすごく役に立ちました。

湯田君のストレートは半分はボールだ、ということが根拠を持って伝えられましたし、自分たちの打力と相手の投手力とを比べながらこれなら打てるというストーリーを考えてくれた大学生コーチが今年は特に優秀だったんです。

もちろん、コーチと擦り合わせた上で最後に選手には伝えますけど、でも本当に、その通りだねと言いたくなるような、データ分析でした。

バッターのほうを見たコーチも本当に素晴らしくて。この打者は調子は良くなくて、インコースのストレートは絶対打てませんとか。

上田 小宅君が面白いようにインコース攻めをしていましたね。

森林 そうですね。根拠があって、そこに投げられるピッチャーと、そのサインを出せるキャッチャーが揃ったので、そのあたり全部合わせての勝利でしたね。

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