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【特集:本と出合う】
座談会:今、新しい「本との出合い」の場をいかにつくるか

2023/08/08

棚をキュレーションする

岩尾 僕は本を売る立場ではないのですが、昨年6月に出した『13歳からの経営の教科書』(KADOKAWA)が3冊目の単著になりました。6刷り、電子と合わせて2万部と、書店になかなか置いていないわりにはクチコミで結構売れています。こうした本を制作するときにも感じたのですが、僕はやはり紙の本の方が、本を書く際にも便利だと感じます。

本を書く時には、どの本からどのネタを引用して使おうかなどと、セルフキュレーションみたいなことが必要になるのですが、執筆のためにすでに一度読んでいる本であっても、別のテーマで新しい本を書く時には、出合い直しのようなプロセスが必要になります。その時にやはり、本棚にリアルな本があることがすごく大事です。

背表紙が一目瞭然であることで、この本にはこんなことが書いてあったな、それならその本とも関連するからこっちも必要、という具合に執筆中に使う資料集の棚をまとめていくんですね。

横山 次に書く本に合わせて棚をつくるんですね。

岩尾 そうです。例えばいま僕が書いている本の1冊は、オペレーションズ・マネジメント、生産管理の教科書なのですが、本棚を眺めているうちに、生産管理を料理にたとえることができると気付いたりすることがあります。本棚を眺めてみると、『トウガラシの世界史』という本と、グローバルサプライヤーシステムの専門書とが結びついたりする。

例えば、ほとんど南米でしか作られていなかったトウガラシを韓国まで運ぶとキムチが誕生する。サプライチェーン・マネジメントと言われると難しそうと思われてしまいますが、トウガラシを例にすると理解しやすくなる。リアルな資料棚をつくると、そういう新しい発想が生まれやすくなるんです。そうした本との出合いや棚づくりはリアルの本だからこそだと思います。

横山 それは学生にとっても一緒ですよね。あることについてレポートを書くようにと言われるとそのテーマの資料ばかり集めがちですが、実は全然違う分野ともつながっているな、という感じは、リアルな書棚の前で初めてわかるという体験はありますよね。

岩尾 僕は、尊敬する経営学の先生とお会いするために研究室に伺うと、了解をもらって書棚の写真を撮らせていただくんです。その写真を見て僕が持っていない本を後からごそっと買う。そういう出合いもリアルな本じゃないと起こりませんよね。

横山 それは面白いですね。私は普段日吉キャンパスのメディアセンター(図書館)を利用することが多いのですが、図書館や大型書店は本の配置が分野ごとに決まっています。でも岩尾さんは分野の違うものをつなげて考えている。これはなかなかできません。

そういった新しい発想で書店を楽しめたらと思うのですが、紀伊國屋書店ではそうしたことに取り組んでいたりしますか?

宮城 トライアルとしてやっているのが文庫コーナーです。文庫の棚は出版社別になっているのが一般的ですよね。そこである店舗では、時代小説の文庫の棚というのを実験的につくってみたのです。

例えば池波正太郎や司馬遼太郎といったさまざまな出版社から出している作家も「時代小説」で括り、同じコーナーに入れる試みです。すると売上げが伸びたりするんですね。

他方、コミックは出版社別で、ジャンプやマガジンといったより細かい分類となっています。さらにタイトルごとに五十音順に並んでいることが多い。それってそもそもお客様にとって探しやすい配置なのかなとも思います。そういう点も疑ってかかる余地があるというか、新しい棚づくりにトライするとまた違う結果が出てくるかもしれません。

本を媒介にして体験をつなぐ

横山 ぶらぶら歩き回って出合う楽しみもある一方で、目当ての本と接しやすくする工夫も必要ですね。

宮城 そうですね。出版社やタイトル以外にも、この本とこの本は割と近いものですよといったつながりを見せるのも必要かなと思っています。

岩尾 リアル書店がアマゾンに勝てる一番のポイントは、やはりキュレーション力なのかもしれませんね。

横山 その点でマルジナリア書店はすでに空間そのものが本と出合う場所になっていますね。

小林 そうですね。私たちの棚は新書コーナー、文庫コーナーという分類ではなくジャンルごとの分類になっています。サイエンスのコーナーであれば、新書もありますし、単行本や専門書もあり、子ども向けの本も揃えてみたり、といった並びになっています。

マルジナリア書店では先日、『巨大おけを絶やすな!──日本の食文化を未来へつなぐ』(岩波ジュニア新書)という本に結びつけてお醬油のイベントをやったんです。

この本は小豆島の醬油蔵の職人が、巨大桶の職人さんが絶えてしまうというので、自ら桶職人に弟子入りして木桶を作れるようになったそのいきさつを書いた本なんです。その活動の面白いところは、醤油メーカーが自分の所で桶をつくれるようになって良かったね、で終わるのではなく、ほかの醤油蔵や酒蔵、味噌蔵といった巨大桶を必要とするところと一緒に桶サミットという集まりを開き、巨大桶づくりの技術の伝承という問題に踏み込んでいるんですね。

このままでは木桶がなくなってしまうという危機感に溢れていて、その本が面白いと評判になった時に、せっかくならその蔵のいいお醬油を試してみたいね、となり、マルジナリア書店ではお醤油も販売することにしました。

お客さんの中には本にそれほど興味がなく、お醬油だけを買っていかれる方もおられるんですが、こうしたことをやるうちに、こんな本が出ているんだという認知につながっていくこともあります。お客さんを本の世界に巻き込んでいくというのが大事ですね。

当店ではカフェ席でコーヒーも提供していますが、コーヒーだけ飲みにくるお客さんも多いんです。ただ、10回来れば1回は、この本面白そうといって買っていかれることもある。いろいろなかたちで本と接触する機会をつくっていくのがよいのかなと思っています。

岩尾 読書文化を創造するような活動ですね。

実際に本を手に取ってわかること

横山 図書館は、大体カバーを外して保管されてしまうことが多いのですが、日吉メディアセンターではカバーごとコーティングして保管するようにして、装丁も楽しみながら本を選べるようにしました。

装丁の魅力も本を手に取る愉しさの1つですよね。私は和書も洋書も結構装丁買いをしてしまうのですが。

小林 装丁に関して言うと、独立系書店の他にも今、独立系出版社が増えていて、小規模ながらも皆、本当にいろいろな装丁の本が出ています。そういう中で本好きな人たちが、横山さんの言うようにいろいろな本のかたちを楽しんでいます。

装丁の話から少し脱線しますが、こうした独立系出版社増加の指標として、出版社の団体である版元ドットコムの会員出版社が2023年7月現在、520社に及んでいます。

会員出版社は大手ではなく1人出版社が多く、それぞれに特色ある本をつくっています。例えば、ちとせプレスさんは心理学を中心とした専門書をお1人でつくっていたり、吉田書店さんは政治・歴史・フランス関係の本をつくり続けておられ、12年で2023年4月で111点を出版したと聞きました。

そういう小規模出版が盛んになることで魅力的で多様な本が増えるというのは、先にお話しした点数がただ増えるということとは違い、マーケットを豊かにする動きです。その中で、どのように出版物を見せていくかという点で装丁はとても大事で、書店でも面白い売り方をしているお店もあります。

例えば、内容や種類を問わず赤い表紙の本を集めた、赤い本のフェアを、すずきたけしさんという方が実施されたりしていました。そうした遊び心のある並べ方をすることで、知らない本を偶然手に取るきっかけになったりします。

モノであるところから、いろいろなかたちで楽しむことができることも本の魅力ですね。

岩尾 紙の本の魅力というのはやはり捨てがたいものがありますよね。私の『13歳からの経営の教科書』も紙でしかできなかった試みをしているのです。

小説仕立ての本編とは別に、後ろから読む「みんなの経営の教科書」というのがついているんですよ。これは電子書籍では上手くつくれないんです。

宮城 当社の新宿本店では5月25日に岩波書店と共催して「広辞苑生誕祭」というイベントを行いましたが、日本の本づくりは本当に質が高いことがわかりました。

私は海外の勤務が長かったので、向こうでペーパーバックの本にも親しみましたが、紙はすぐにぼろぼろになるし、値段が高い割に背表紙もすぐにほどけてしまう。それに比べると日本の本ははるかに良くできています。

広辞苑は、あれほど分厚いのに本文の紙はすごく薄く、大変な情報量が詰まっている。イベントでは、広辞苑をコピー用紙でつくるとこれくらい分厚くなりますというデモンストレーションも展示されていたのですが、そういうモノとしての広辞苑の魅力というのを再認識するいい機会をつくることができました。

横山 「広辞苑生誕祭」、私も参加してみたかったです。

宮城 とても好評で、お客様も大勢集まりました。こうしたことはリアル書店じゃなければなかなかできないのではないかなと思います。

横山 リアル書店は、マルジナリア書店でのお醤油のイベントや紀伊國屋書店での「広辞苑生誕祭」のように、本を媒介に著者や店主と会う場や、さまざまな集まりを提供したりできるのが何よりもよいところですね。

宮城 そうですね。当社も新宿本店のリニューアルを機にイベントスペースを増やしたんです。3階にアカデミック・ラウンジというスペースを設けて、主に学術書などのイベントに活用しています。先ほどの広辞苑についてのイベントもここで行ったのですが、大変引き合いが多く、結構先まで予定が埋まっています。

コロナ禍による不幸中の幸いはリアルとオンラインのハイブリッドでイベントを打てるようになったことです。コロナ前から新宿本店で継続的にやっていたイベントの1つに、光文社の古典新訳文庫の読書会というものがあるのですが、それまでは対面で30名ほどの方に出席してもらっていたのです。コロナを経てオンライン参加も受け付けるようにしたところ、各地から合計100人くらいの方が毎回参加してくださるようになりました。

横山 本というものは新しい世界を拓いてくれるだけでなく、人との出会いのきっかけになることがよくわかりました。今日は私が知らない本の世界を教えていただき、有り難うございました。

(2023年6月14日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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