【特集:本と出合う】
浜本茂:本屋大賞は本と出合うきっかけを作る年に一度のお祭りである!
2023/08/08
本屋大賞は酒場の与太話から生まれた。始まりは2003年の1月のことである。第128回芥川・直木賞の発表を待ちわびていた書店員たちの間で失望の声が広がった。
年に2回の芥川・直木賞の発表は書店にとって書き入れ時となる。数ある文学賞のなかで最も権威があり、もっとも受賞作が売れる賞が芥川・直木賞なのだ。文芸書の担当者たちは事前に候補作を注文し、いまかいまかと発表を待っていた。ところが、芥川賞を受賞したのは大道珠貴「しょっぱいドライブ」。「文學界」掲載作で単行本は未刊だ。しかも純文学の芥川賞より売れ行きが期待できる直木賞は受賞作なし! 書店員にとっては、まさに売る本がない結果となったのである。
ことにこの回の直木賞は曰く付きだった。前年暮れの週刊文春ミステリーベスト10と「このミステリーがすごい!」を制し、大本命とみられていた『半落ち』が小説としての欠陥があると指摘され、落選。横山秀夫が直木賞決別宣言を出すなど、物議を醸したのもさることながら、候補作家6人のうち横山秀夫を除く5人はのちに直木賞を受賞しているのだ。実力者揃いであり、当代きっての人気作家たちばかりだった。6人が6人とも既刊書籍の点数も適当で、誰が受賞しても書店の店頭は賑わいを極めたに違いない。
だからこそ書店員たちの失望は深かった。受賞作なしって直木賞運営者はなにを考えているのか。出版界は1996年に売上げのピークを迎え、2003年も下降の最中にあった。2000年にはアマゾンが日本サイトをオープンし、リアル書店は戦々恐々としていたところでもある。それなのに書店に人を呼び、既刊も合わせて展開できるフェアの機会がひとつ減った。
しばらくの間、書店員と出版社の営業たちの飲み会の肴が直木賞になるのも当然といえば当然。そんなある夜、それなら、私たちで賞を作ったらどうだ、と書店員たちの間で賞創設の話題が出たのである。
折しも『世界の中心で、愛をさけぶ』や『白い犬とワルツを』が書店員の描いた1枚のPOPがきっかけでミリオンセラーとなってもいた。書店員の「本を売る力」が再認識されていた時期でもある。「面白そう。仲間を集めよう」。本気にした誰かが言った。「よおし、やってみようじゃないの」。誰も賞の運営などしたことがないから怖いものはない。無理だ大変だできないとは発想しない。あっという間に会議が招集され、書店員が選ぶ賞の創設が決まった。
新しい賞は正式名称を「全国書店員が選ぶいちばん!売りたい本 本屋大賞」とし、1年間に出た日本の小説から「いちばん!売りたい本」1冊を書店員の投票で選び大賞を授賞すると決定した。人気投票で終わらないように、1次、2次と2回投票をする、というシステムも決まった。各々の仕事が終わってからの夜分に会議を重ね、酒場の与太話の9カ月後には1次投票がスタート。インターネットの普及で投票もしやすくなっていたこともあり、想像以上の投票が全国から寄せられた。
2004年4月に発表した第1回は小川洋子さんの『博士の愛した数式』が受賞。今年2023年受賞の凪良(なぎら)ゆうさん『汝、星のごとく』で本屋大賞は20回を数えた。この間、ほぼすべての作品が文芸書の売り上げ年間ベスト1に輝き、映像化されてきた。「いちばん!売りたい本」はその名のとおり、いちばん売れたのである。
20回を記念し作成した「本屋大賞の20年」という小冊子に歴代の大賞作家たちが「本屋は〇〇でできている」というテーマの一文を寄せてくれている。第9回受賞の三浦しをんさんは「本屋は『愛と好奇心で』できている」と書き、第15回受賞の辻村深月さんは「本屋は『未知の扉で』できている」と書いている。第18回受賞の町田そのこさんは「本屋は『偶然と運命と必然で』できている」と書いた。未知の扉、すなわち本のページを開けば人はどんな世界にも行ける。遠い外国へも未来にも過去にも行けるし、数多の人生を歩むこともできる。「本屋には、膨大なドアがある。偶然も運命も必然も揃っているのだ」と町田さんは締めている。
書店にある膨大なドアを開けてもらうには、まず書店に足を運んでもらわなければならない。本屋大賞はそもそもの目的が書店の店頭でお祭りをやろう!であり、なにか面白そうなことをやっているみたいだから書店に行ってみようと思ってもらうことに主眼がある。店頭で知らない本を見つけ、書名や装丁、帯のコピーなどに惹かれて思わず手にとる。未知の本と次々出合うことができるのはリアル書店ならではだ。偶然か運命か必然か。出合いのきっかけのための年に一度のお祭りとして、本屋大賞が機能していると信じたい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2023年8月号
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浜本 茂(はまもと しげる)
NPO法人本屋大賞実行委員会理事長/「本の雑誌」編集兼発行人