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【特集:本と出合う】
由井緑郎:〈推し/好き〉が集結し、発生した磁場──共同書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」

2023/08/08

  • 由井 緑郎(ゆい ろくろう)

    PASSAGE by ALL REVIEWS 代表、ALL REVIEWS 株式会社代表取締役社長・塾員

世界最大の本の街で、世界最大の共同書店をやってみた

PASSAGE by ALL REVIEWSという〈共同書店〉を、2022年3月に神保町のすずらん通りに開いた。

共同書店とは? シェア型書店とも呼ばれることも多い。店内の本棚、1棚1棚に店主がいて、その集合が1つの書店を形成している、という形態である。棚の店主(棚主)は、売りたい本(推している本)を好きな値付けで販売が可能。どんな本でも構わない。

月額費制のところが多い。PASSAGEの場合は、棚の位置やサイズによって価格が異なるが、1棚あたり月額5,500円から借りることができる。本が売れると、販売手数料を差し引いた金額が棚主に還元される「委託販売」の仕組みを採用している。PASSAGE の棚数は362あり、2023年7月現在、世界最大のシェア型書店であるといえる。

好位置の棚に空きが出ると棚主を募集して抽選している。倍率は40~50倍程度になる。SNSでのマーケティングが基礎となり、テレビや新聞などに多く取り上げていただいたのも追い風となっている。

店名は、パリのアーケード街「PASSAGE(パサージュ)」から採った。開放的なガラス天井の下には古写真屋や切手屋などのユニークな個人商店が連なっていて、誰でも立ち寄れる風通しのよさがある。そんなPASSAGEを、この店のモデルにしたいと思った。

〈本のサイクル〉を再創造するために

PASSAGEは、仏文学者の父・鹿島茂とともに2017年から運営する書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」の実店舗版としてオープンした。

「ALL REVIEWS」は、〈明治以来活字メディアに発表されたすべての書評を閲覧可能にする「書評アーカイブ」の構築を目指す〉という壮大なミッションを持ったWEBサイトだ。父をはじめ、さまざまな書評家や作家、学者たちが新聞や雑誌などに発表してきた書評をひたすら再録、公開する。扱う本は古き新しきを問わず、サイト経由で本を購入していただくと、書き手に本の購入価格の数%が還元される、という仕組みである。

書評というのは、新聞や雑誌などに掲載されたのち、書籍化されることはほぼないので、著名な書評家や錚々たる作家が書いていても埋もれがち。そのような過去の書評をデジタルの形で世に再度送り出し、書評を読んだ人がその本を買えば出版業界も活気付く。そんな循環を生み出すために作った。そのうちに、本を愛する人たちによるALL REVIEWSのファンクラブもできた。みんなで集えるような場所を作りたいとずっと機会を窺っていた。それがPASSAGEとして結実する。

PASSAGE 棚主の年齢層は18~90歳と幅広く、ALL REVIEWSからは、父を始め、學魔・高山宏さん、書評家の豊崎由美さん、歌人の俵万智さん、翻訳家の柴田元幸さん、経営学者の楠木建さんなど、多彩な方々に出店いただいている。

ほかの書店とは違う魅力や売りは?本に残る付箋や書き込みも、あえてそのままにして販売しているところであろう。まったく知らない人の痕跡だったら嫌な気がするが、その本のどこに注目したのかなど、著名な棚主の思考の跡をたどれることに非常に価値がある。アマゾンやメルカリと価格競争をしても仕方がないので、棚主たちにはプラスアルファの価値観を出してほしいとお願いしている。

「推し事」をサポートしながら、楽しみの環をひろげていくこと

PASSAGEは、「本が好きで好きでしかたない」という個が集まり、自分が信じる価値を「本」を介して交換している「場」だ。「この本、本当におもしろいよ!」という〈推し〉が集合した、個の〈好き〉で満たされた高密度な空間。おのずと人が引き寄せられる。中心にいるのは稀代の愛書狂・鹿島茂であるが、極まった〈推し〉こそが出版業界に好影響を与えていくのではないかと僕は考えている。〈推す〉ことは楽しい。「推した本」が売れても楽しい。楽しんでいる人たちと一緒にいることもまた、とても楽しいのだ。

2023年2月にオープンした同ビル3階の新店〈PASSAGE bis!〉では、棚主より推してもらった国内外の多彩なクラフトビールやアンティーク雑貨も販売して、PASSAGEの「推す力」を引き継いだ空間にしている。「好きなことを好きなだけ」やれる「場」を拡大していくことが自身のミッションであるような気もしてきている。

多くの本好きが行き交うPASSAGE 店内で本のことを考える時間は本当に楽しい。362の〈推し〉棚は圧倒的だ。「私を読んで!」との本たちからの声は多重奏のように快く響く。その声を聴くところによると、本の未来はきっと明るい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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