【特集:本と出合う】
座談会:今、新しい「本との出合い」の場をいかにつくるか
2023/08/08
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宮城 剛高(みやぎ よしたか)
紀伊國屋書店経営戦略室長
塾員(2000環)。2000年紀伊國屋書店入社。新宿本店勤務の後、マレーシア、アメリカ、オーストラリア各国の紀伊國屋書店に出向を経て、2017年紀伊國屋書店に帰任。2022年12月より現職兼秘書室長(創業100周年プロジェクトの事務局も兼務)。
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岩尾 俊兵(いわお しゅんぺい)
慶應義塾大学商学部准教授
塾員(2013商)。2018年東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了。東京大学博士(経営学)。明治学院大学経済学部専任講師、東京大学大学院情報理工学系研究科客員研究員、慶應義塾大学商学部専任講師を経て、2022年より現職。
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横山 千晶(司会)(よこやま ちあき)
慶應義塾大学法学部教授、日吉メディアセンター長
塾員(1948文、89文博)。1995年ランカスター大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学法学部助教授等を経て、2002年より同学部教授、2017年より日吉メディアセンター長。
大型書店の使命感
横山 最近本が売れなくなっているとよく言われます。この春は都内大型書店の一時休業が話題になりました。一方でセレクト型書店の開店が各地で活発となっている状況もあります。
デジタルコンテンツが飛躍的に増大する中で、読書のかたちも変化していると思うのですが、あらためて「本」の魅力はどこにあるのか。今日は現場の方々にお聞きしたいと思います。
近年はSNSでライトノベルを発表し、ファンがついてデビューするといったように、売り手や書き手のあり方もどんどん変わってきています。また、小林さんのようにご自身で書店を立ち上げる方もたくさんいますし、紀伊國屋書店のような老舗では、アマゾンなどのオンライン書店に対抗して変わっていかざるを得ない状況もあるのではないかと思います。
まずは宮城さんに、老舗書店が今どのように変化を遂げようとしているのかを、お聞かせいただければと思います。
宮城 紀伊國屋書店は今年、96年目を迎え、4年後には創業100年となります。私は23年前に入社し、出版不況と言われる通り、この間、日本の出版業界の成長を経験することなく書店人として働いてきました。他の書店もいろいろと試行錯誤している状況ではないかと思います。
当社の新宿本店は最初の東京五輪が開催された1964年にビルが竣工しました。近年、2019年から4年近くかけて耐震補強と基幹設備の更新工事を行い、同時に売場の改装も進めてきました。
社長の高井が工事・改装に際してこだわったのは、その間も休業することなく同じ場所で営業を続けることでした。そのため工事は階ごとに着手し、フロアの半分は売場、半分は工事といった状態の時もありました。工事のために売場の商品を他階に移動させることを十数回繰り返してきました。
おそらくビルを建て替えた方が費用は抑えられ、社員にとっても容易だったかもしれません。それでも営業を続けることにこだわったのは、やはり街のランドマークとなる大型書店が新宿にある、という状態を続けなければいけないという使命感も大きいです。
横山 フロアごとに本を移動させるのは重労働ですね。
宮城 店を休業する上での難点はもう1つ、在庫をすべて一旦返品しなくてはならないことです。新宿本店の売場面積は1400坪ほどあり、その分の在庫を返品するとなると、出版社の負担が大きくなります。そうした事態を避けたいということも、営業継続の判断に至った理由の1つでした。
巷間言われている通り、書店を取り巻く環境は大変厳しいものがあります。そうした中で当社では、本を売る事業を営む企業としてこの先どのように経営を続けていくかが大きなテーマです。
現在、100周年の節目に向けたプロジェクトが始まっており、私はその事務局も務めていますが、100周年に向けて社長から号令がかかり、国内68店舗を100店舗に、また海外の40店舗も100店舗に増やすことを目指しています。
リアル書店の数が次第に減り、書店のない自治体が約4分の1に達したことが話題になるような状況下でどうすれば書店を増やせるか。これは当社でも大きな課題となっています。
理想の書店像を描く
横山 書店が減り続ける中、店舗を増やしていくというのは大変だと思うのですが、リアル書店のゆくえという観点では、岩尾さんは新聞紙上(「読売新聞」2023年1月15日)で、「空想書店」というテーマでユニークな書店像を語っておられましたね。
岩尾 あれは、新聞社から「理想の書店像を描いてくれ」という依頼があったんです。
私が描いた「空想書店」像は、真っ白い部屋にリアルの本棚とプロジェクションマッピングの本棚の2つがあり、客が本を選びながら部屋を1周すると人の動きを感知して別の本を揃えた棚に入れ替わるというものです。そうすれば、たとえ狭い部屋であっても世界一大きな書店になるのではないかと(笑)。
これは少し突飛なアイデアに聞こえるかもしれませんが、本はビジネス的にも大きな可能性を持つ製品領域だと考えています。
私が専門とする経営学の観点から言うと、書店にはビジネスモデル上の大きな強みがあります。それは、書店は基本的に在庫リスクを抱えていないという点です。日本の書店は再販制度(再販売価格維持制度)によって、出版社に自由に返品できる委託販売を主に行っています。これは他の業界ではあり得ないような大きな強みです。
そうした中、書店の課題は賃料と人件費でしょう。しかし、私は今、リアル書店には従来のイメージではない書店のかたちがあると思っています。
例えば地方都市には、街に書店がなく、文化的に貧しくなっていきそうな課題を抱えている地域があります。しかし、そうした地域には力を持った地元企業の経営者がいます。その経営者に、「本社ビルの1階を書店と図書館を兼ねるようなスペースにしませんか」と持ちかけてみるのはどうでしょう。そうやって地元企業の1階フロアにリアルの本を置かせてもらえれば、一定の規模の書店になります。
受付社員の方に書店員として応対してもらい、タブレットで売上管理してもらえれば、賃料や人件費の課題もクリアできます。地方に建物を持つ企業は地域に文化的な貢献ができ、老舗書店である紀伊國屋書店の看板を掲げることで喜んでくれる地元の名士も多いのではと思うのですけれど、いかがでしょうか?
横山 一個人がある意味、公益として書店経営をやってみるというイメージでしょうか。
岩尾 そうです。会社の工場やオフィスビルの1階などのスペースを活用して本との出合いの場を創り出し、企業が社会貢献する。こうしたビジネスモデルは十分ありえると思うのです。
宮城 岩尾さんの言う通り、書店というのは賃料と人件費というコストを負担した上でいかに利益を出すかというビジネスです。最低賃金も上がっている状況で新しい店舗をつくることは確かになかなか難しいのです。
「空想書店」のお話を聞いて思い出したのは、ディスプレイデザインを手掛ける丹青社が主催する「NEXSTO──次世代店舗アイデアコンテスト2022」でのことです。
このコンテストには主に学生や20代の若手デザイナーが応募され、当社の100周年プロジェクトメンバーが審査員で参加しました。この応募案の中に「壁面書店」という企画がありました。都市の地下空間の壁面にプロジェクションマッピングのようなかたちで小説の一文を流すという案で、審査員特別賞として選定させていただきました。
われわれも今までとは違う書店のあり方を模索する中でこうした新しいスタイルの店ができないかといった議論を重ねており、岩尾さんのアイデアはまさに私たちの方向性にもつながると感じました。
自分で書店を立ち上げる
横山 一方、小林さんは「よはく舎」という出版社を主宰する出版・編集人であると同時に、マルジナリア書店というユニークな書店の経営者でもあります。出版から販売までをすべて行っておられるわけですが、どのような思いで書店を開いたのでしょう?
私は「よはく舎」と「マルジナリア書店」というネーミングがとても好きです。古書を買うとよく紙面のマージン(余白)に書き込みがあって、それを読むのも好きだからなのですが、この2つを屋号にしたところがとてもユニークだと感じました。
小林 有り難うございます。私はもともと出版社の出身なので、その立場から業界を見ていて、圧倒的に売り場が足りないなと感じていました。
紀伊國屋書店のような大型店は小規模な出版社の本も取り扱っておられますが、やはりどうしても店頭にない本というものはある。日本は年間数万点(2021年、約6万9千点)の本が出版される国なのでそれも無理はないのです。
その一方で、出版社自体が良い本をつくり売り場を持つことは、直接的なマーケット展開という意味からとても大事だと考えていました。
マルジナリア書店を開いたのはそうした考えがあってのことです。私の住む最寄り駅、分倍河原駅前のビルのテナントに空きがあり、ここならば経営的に成り立つと算段できたことが直接のきっかけです。
分倍河原駅はJRと私鉄の2線が通っており、1日の平均乗降客数が合計6万人を超える駅なのですが、この商店街にしばらく新刊書店がありませんでした。
書店空白自治体が4分の1を超えたという話がありましたが、私は、自治体数ではなく対人口比で見るべきだと思うのです。すると、実はむしろ都内近郊や都市部のほうが、住民が多いのに書店が足りていないという実態が見えてきます。
自治体ごとに見ると、例えば人口が少なく、読書からも離れた高齢者がいるような自治体にも書店をつくるべきだという話になりますが、そんなことはないですよね。
なぜ需要はある都内で店舗が減っているかというと、賃料の問題が大きいからだと思います。都心、まして駅前や駅直結のビルの賃料の高騰によってビジネスが成り立っていたエリアが減っている。
そもそも出版業界で賃料が大きな問題になるのは、書店が得る粗利が低いためです。書籍販売での書店の利益率は一般的に20~25%程度です。それを直取引で買い切りにした場合、30~45%で設定されるケースが多いです。
1000円の本が売れた時、200円の儲けと400円の儲けではインパクトが違います。粗利が増えるとその分たくさん売る必要がなくなります。
横山 街の人たちに開かれた場所としての書店なのだと思いますが、やはり地域の人たちのことを考えながら店づくりをなさっているのでしょうか。
小林 そうですね。独立系書店をやっていると、並んでいる本は小林さんが好きな本なのですかとよく訊かれます。
例えば、マルジナリア書店ではスポーツ本のコーナーがあるのですが、私自身はスポーツにあまり関心はありません。でも府中に東芝のラグビーチームや競馬場があり、近隣の調布に大きなサッカー場もあるので、近所にスポーツがお好きな方も多いのです。
府中市には東京外国語大や東京農工大があり、また一橋大や津田塾大も近く、本を買う大学関係者や学生が多いので、人文書やサイエンス系の本も多めに仕入れています。このように街や立地のことも考えて選書しています。
2023年8月号
【特集:本と出合う】
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小林 えみ(こばやし えみ)
よはく舎代表
堀之内出版にて哲学・思想、社会問題等の書籍、雑誌編集に携わった後、2020年に独立。よはく舎を設立し、編集者を務めるかたわら、マルジナリア書店を開業。店主を務めるとともに書評・小説執筆も行う。