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【特集:本と出合う】
長野裕恵:大学図書館で本との出合いを提供する── 日吉メディアセンターでの取り組み

2023/08/08

  • 長野 裕恵(ながの ひろえ)

    慶應義塾大学日吉メディアセンターパブリックサービス担当課長

日吉メディアセンター(日吉図書館)のある日吉キャンパスでは、学部1・2年生が学んでいます。そんな彼らの中には、大学図書館の敷居が高く、自分には縁がないと感じる人もいます。資料検索を紹介するセミナーでは必ず「日吉図書館に入ったことがない人? 本を借りたことがない人?」と質問しますが、春学期だけでなく秋学期でも手を挙げる学生が一定数います。

つまり何をするにも、まずは図書館に来てもらう必要があります。学生に図書館を居場所として選んでもらい、授業の空き時間などを快適に過ごしてもらうため、雑誌書架の前には大きなソファーを置き、ゆったりと雑誌を読める空間に改修しました。さらに、2階に設けられたバルコニーコレクションと呼ばれる軽読書コーナーでは、古めかしい椅子や机を撤去し、コーヒーテーブルと1人掛けソファーを配置するなどの改修を行いました。

また、さまざまなイベントも開催しています。日吉図書館ではHAPP(Hiyoshi Art & Performance Project)の一環としてクラシックとジャズのライブラリーコンサートを毎年春に開催しています。図書館を普段利用する人にプロの演奏を聴いてもらう機会を提供すると同時に、図書館に馴染みのない学生にも足を運んでもらおうという試みです。

さらに、三田など他のキャンパスへ進級する前に、日吉キャンパスでやっておくべきことを、学習相談員の学生が自らの経験からアドバイスするトークショーや、学生が自分のお気に入りの本を紹介するビブリオバトルなども開催し、図書館は難しい本を読む場所、勉強する人が行く場所というイメージを持って一歩引いてしまう学生でも入ってみようと思える工夫をしています。

日吉図書館は、学生に履修している授業とは異なる新たな分野に触れる機会を提供する役割も果たしています。春には毎年、分野の異なる3、4人の教員がおすすめの本を紹介する展示を行います。紹介される本は、教員の専門分野に関連したものだったり、教員自身が大学時代に感銘を受けた本だったりします。この展示は非常に人気で、毎年展示した本のほぼすべてが貸し出されるほどです。

学生の目線を取り入れた企画も行っています。日吉メディアセンターには図書館フレンズと呼ばれるボランティア学生がいます。毎年最初の行事として連れ立って都内の大型書店に行き、自分たちが気に入った本、図書館に入れたい本を選ぶ「選書ツアー」を行い、こんな本を買った、という展示をします。

秋学期には「本の福袋」という企画も開催します。この企画は図書館フレンズがテーマに沿った本を2、3冊選び、中身の見えない袋に入れて展示するものです。来館者は袋に貼られたテーマと簡単な説明を頼りに、袋ごと本を借ります。この企画も非常に人気があり、100袋近く用意してもすべてが借りられてしまうこともあります。

さらに、日吉図書館には常設の新着図書コーナーも設けられています。ここには新しく受け入れられた本が1週間展示されます。同時にウェブサイトでも新着図書情報が一覧で表示されますが、どちらも良く見られており、ウェブサイトの新着情報が正しく更新されていないと、すぐに問い合わせがあるほどです。

これらの展示やイベントを通じて感じるのは、自分の知らない分野にも興味を持ち、それらを知ろうとチャレンジする人が多いということです。図書館は本来、さまざまな知識との偶然の出合いを提供する場所です。資料が体系的に並べられ、その中を歩くことで新たな分野や意外な知識に出合うことができるのは図書館の魅力の1つです。

慶應義塾では日吉メディアセンターを含めて電子資料(電子ブック・電子ジャーナルなど)の購入と提供にも積極的に取り組んでいます。手元の端末で即座に閲覧できる電子資料は非常に便利で、提供する資料の数も、利用も伸びています。しかし、電子資料は検索しなければ見つけることができません。前述のセミナーでもよく言及するのは、「検索では見えない資料がある」ことです。検索キーワードは自分の思いつく範囲内に限られます。まったく知らない分野や少し変わったタイトルの本は、検索では見つけにくいのです。

最近のネット書店では読書履歴にもとづく推薦機能がありますが、履歴から大きく外れる資料は表示されません。特に専門分野に深く入り込んでいない1・2年生の時だからこそ、実際に図書館を歩きながら知の探検をして欲しいと思います。そのためにも、日吉図書館では図書館をまったく利用しないという学生の数を減らし、意外な出合いを提供するための地道な努力を続けていきます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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