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【特集:本と出合う】
吉玉泰和:ホテルで本を味わう愉しみ── BOOK HOTEL 神保町の挑戦

2023/08/08

  • 吉玉 泰和(よしたま やすかず)

    株式会社dot共同代表取締役・塾員

2021年12月コロナ禍真っ只中、私たちは本の街・神保町に「BOOK HOTEL 神保町」をオープンさせました。以前、マンガをテーマとしたコンセプトホテルを運営していたこともあり、出版社様とのご縁に恵まれ開業したこのホテルは、単なる読書のみに留まらない、本に関連した魅力あるサービスを提供しようとさまざまな試みを続けてきました。そんな中、今回は、本をホテルで味わう愉しみについて綴らせていただこうと思います。

そもそもデジタルにはない物理的な本の魅力を考えた時、その装丁のデザイン性や紙の香りや質感、ページをめくる音や触感といった身体性というのは誰しもが感じるのではないかと思います。その中でもとくに私が魅力に感じているものの1つが装丁です。私自身、便宜上デジタルデバイスを用いて書物を読むことが多くなっている中で、改めてさまざまなサイズや素材、デザイン性の高い本に触れてみると、その美しさに魅了されると同時に、ディスプレイを通した本がどれだけ情報の排除された状態で消費させられることになってしまっているのかを感じさせられます。BOOK HOTEL 神保町でも、このデザイン性も1つのキーワードとして、ビジュアルから楽しんでもらえるようディスプレイしています。

さまざまな本が並ぶBOOK HOTEL 神保町の空間(BOOK HOTEL 神保町提供)

ホテルという観点から考えていくと、滞在型であることによって個々人と本の関係性をより深めることができるというのも魅力として挙げることができます。当ホテルでは「『わたしの本』を見つけるホテル」というコンセプトを基に、本好きのスタッフがおすすめできる本だけを集め、それぞれに対しておすすめ理由を記載したコメントを付与し、また、予約後事前にアンケートに答えていただくことで個別に一言を添えたおすすめ本を提供する「ブックマッチングサービス」も行っています。

ホテルという長時間過ごさざるを得ない、また日常の喧騒から離れられる場所だからこそ、それを利用してそれぞれの方に響く本と出合い、静寂の中で本の世界に浸っていただけることを目指しています。

またホテルという特性上、必然的に接することとなるスタッフや、同じく本を目的として来館する本好きのお客様との関係性というのも魅力となり得るということを開業時から感じてきました。この関係性に着目し、開業1年後には本好きスタッフや他のゲストと交流することのできる「BOOKバー」を開設、本に合った飲み物を提供する「BOOKペアリング」、また、本好き同士をつないでいくためのオンラインコミュニティサービス「ぶくとも。」や、本好き同士での結婚を見据えたつながりをつくる結婚相談所サービス「BOOK婚」、その他本好き同士で体験できる本をテーマとしたボードゲームや、謎解きといったサービスを展開してきました。

これらのサービスを展開していくことによって、ホテルに関わるスタッフ(所謂ホテルのスタッフとしてではなく本が好きで本と関わる仕事をしたいと応募してくださった方々)とお客様、またお客様同士が新たに関係性をつくり、本の魅力を共有できる場を少しずつつくることを目指しています。実際にホテルを利用してくださる方の中には、帰宅可能な範囲にお住まいにもかかわらず数十回の滞在をしてくださっている方や、コミュニティ上で活発に交流していらっしゃる方もおり、読書にとどまらずあらゆる角度から本にまつわる体験を愉しんでくださっているということを喜びとともに感じています。

そして本をホテルで愉しむことを考える上で、神保町という立地も欠かすことのできない魅力的な要素です。ホテル周辺には本に関する多様な店舗や企業が存在しており、歴史書や児童書の専門店やブックカフェをはじめ、中には占術や建築、演劇、雑誌専門の書店など、あらゆる店舗が集っています。とくに広く知られているとおり、古書店が多く点在し、まさに実物であるからこその価値を、ホテル滞在の前後でも楽しんでいただけると思います。それら街との関係性もより楽しんでいただくことを目指し、現在神保町の街を舞台とした本に関連した企画も構想しています。

BOOK HOTEL 神保町を開業してこれまで、本、そして読書ということのみにとらわれない、その周辺の要素との関係性についてさまざまな考えをめぐらせてきました。デジタル化が進む現代において、またコロナ禍を経た今だからこそ、より一層その価値を感じさせられています。そして同時に、BOOK HOTEL 神保町にはまだまだその魅力を深掘りし、価値あるものに昇華させられる余地があり、それが私たちが目指していくべき方向であると感じています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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