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【特集:本と出合う】
津田眞弓:江戸の出版事情 入門

2023/08/07

  • 津田 眞弓(つだ まゆみ)

    慶應義塾大学経済学部教授

江戸時代の本は、最も身近な古典籍である。特別な閲覧室に行かずとも、三田メディアセンターの開架の棚にも少しあり、古書店の店先にも並ぶ。慶應が世界に発信しているFutureLearnの動画に神保町の大屋書房が映っているが、本が横に積まれた様子は壮観で、和本の本来の置き方がわかる。ご興味があるならば清潔な手で、そっと触れて欲しい。薄い和紙をめくるその感覚、本が持つ質感、雰囲気は、データベースの画像では感じられない。それこそが、かつて手にした人々と同じ視界を共有することなのだと思う。

とはいえ、インターネット上に所蔵機関が公開している画像も有効活用すべきなので、図版の代わりにQRコードを掲載した。どういう形で公開されているか、その目で御覧いただくのも一興だろう(「古書から読み解く日本の文化」)。

作られていた本のかたち

本はもともと大きさや形、装丁が中味を表す性質を持っているが、商業出版が始まった江戸時代では、それに経済的な理由が加わって、より書型や装丁が定型化していく。 

その著しい例が、読者層が大名から裏長屋の子供までと広く、発行部数・点数が最も多かった「草双紙(くさぞうし)」という江戸出来の、紙面に絵と文が入り交じる読み物だろうか。このジャンルは、ページ数がきっちり決まっている。そればかりか、木版を彫る・摺る料金に直結する絵の緻密さや、表紙の雰囲気も同じにする。理由は制作コストの均一化で、版元同士で「本替(ほんがえ)」といって、等価の新刊を物理的に交換していたからだ。

このジャンルを追うと、貸本屋用に周囲に大きな余白を生じさせて常とは違う大きさで製本した時期があり、また、再版時に市場の変化に合わせて造本する際、見開き2頁の続き絵を、上下巻に泣き別れさせることもいとわないという事例にも突き当たる。市場経済の商品であったということ、そして版元にとって、内容以上に本の形、装丁が重要だったことが窺える。なお、この草双紙を作る工程が、十返舎一九の『的中地本問屋(あたりやしたぢほんどいや)』(1802年)に楽しく示されている(国会図書館蔵『的中地本問屋』)。

さて、一般的に流通していた本は、1枚の紙を2つ折りにした袋綴じである。表紙をつけて右側に4つ、小さな穴を開けて絹糸で「四つ目綴じ」にする。袋綴じに使う中の紙は1枚を「丁(ちょう)」と呼び、「一丁表」「一丁裏」のように、場所を示す。昔の通は、「一オ」「一ウ」などと言う。

製本された本をばらすのは簡単で、持ち主が簡単に改変できたから、古典籍調査の基本は、印刷された本であっても、同一書名の本をできるだけ見るということになる。1つの本だけでは、どう制作されていたかを言い切ることが難しいからだ。たとえ初版でも特装本など料紙や書型、装丁を変えた違うバージョンも存在するし、広告なども変化する。再版されたものにも、その本や、出版史を考える手がかりが残されている場合がある。もちろん、それぞれの本に刻まれた歴史も違う。

書型は一般的な紙のサイズを基本とする。系統が2つあり、美濃紙判の大本(おおぼん)(約縦27㎝×横20㎝)と半紙判の半紙本(約縦24㎝×横17㎝)が主流。本が貴重だった時代は本を大きく作る傾向があるので時代にもよるが、おおむね大本は、「物之本(もののほん)」と呼ばれる伝統的に格の高い内容の専門書。半紙本はより一般的な本で、専門書をわかりやすくした啓蒙書、また娯楽的読み物ならば、考証をしっかり行い高尚な雰囲気を持つ文芸作品。例えば曲亭馬琴『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』のような一部の「読本(よみほん)」がこの書型である。

右の2つを半分に切ったサイズも活用されていた。大本の半分のサイズが中本(ちゅうぼん)。実用的な読み物や、より軽い読み物の判型で、各種ガイドブック類、「往来物」(寺子屋の教科書)、音曲の稽古本(江戸の楽譜は歌詞メイン)、少し気楽に読ませたい「読本」、ヤジキタのような「滑稽本」、最先端のファッションと恋模様が見所の「人情本」、また前述の「草双紙」もこのサイズ。そして、半紙本の半分のサイズが小本(こぼん)。携帯を旨とする本に利用され、和歌・漢詩・俳諧の簡易な語彙集・辞書類に活躍する。読み物では遊里の情報が多く載る「洒落本」もこのサイズである。

この他、実用書向きの本を短辺で綴じて横型にする横本(よこぼん)、風流に唐本を真似て作る縦長本、また平安時代の歌物語の書型に擬した正方形に近い枡形本(ますがたぼん)も、覚えたい名前である。枡形本は『おくのほそ道』が代表格。一般的な俳書は半紙本だが、歴史的名作はあえてその書型で作られた。

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