【特集:本と出合う】
関 直行:「出張古書展」と書物との出合い
2023/08/08
私は会社員として二十数年間、古書の仕入・販売という仕事に携わってきたが、その経験の中から、どのように古書と出合い、またお客様と古書との出会いの場を提供してきたかをご紹介したい。
各都道府県の古書組合に加盟している古書店は、組合が主催する古書・古本の市(交換会)に参加することができ、そこで売り(出品)、買い(落札)の双方を行うことが可能である。特に東京古書組合が主催する交換会は、和漢の古典籍、洋書、美術系、資料関係など専門が分かれており、全国から品物が集まるため、出品・落札共に多くの業者が集まる。多くの古書店は仕入・販売にこの交換会を利用することが多い。
一方で、私が勤める丸善雄松堂も組合加盟書店として交換会にも参加はするものの、一般的な古書店の仕入・販売とは毛色が異なり、大学を中心とする研究機関や図書館、企業、官公庁などへの古書の外商販売が主軸となっている。この10年程は、丸善日本橋店内の店舗内店舗である古書専門店「ワールド・アンティーク・ブック・プラザ」(WABP)を運営しており、一般の方向けの販売を行っているが、全体的には、外商中心であると言える。
そのような外商営業の派生形として、「出張古書展」を開催している。「出張古書展」とは私の造語だが、営業部の協力のもとに、場所を借りて短期間行う古書の展示販売である。
主に各地方の丸善店舗の一部を借りて開催することが多く、私自身は名古屋、福岡を担当することが多かった。各店舗の催事スペースにてガラスケースに入れた古書を展示・販売しているが、足を止めてご覧になるお客様も多い。また「お宝」的な稀覯本を出品することもあるので、地元のテレビ局が取材に来てくれ、ニュースで取り上げられて集客に大いに役立ったこともあった。外商のお客様のみならず、一般のお客様にもご購入いただける貴重な機会となっている。
記憶に残っているお客様は、福岡での出張古書展の際、林子平『三国通覧図説』をお求めくださった方。同書は、天明5(1785)年、林子平により書かれた地理書で、日本に隣接する3国(朝鮮・琉球・蝦夷)と付近の島々についての風俗などを挿絵入りで解説した書物と付属の地図5枚からなる。こちらを当時の目玉として展示したところ、一般の方がご関心を示してくださった。その方は地元の開業医の方で、普段古書をお求めになる方ではなかったが、本書をご購入になられたことがきっかけで、古書・古地図を収集されるようになった。古書収集の魅力をこういう形でお伝えできるのもこの仕事の醍醐味の1つである。
これらの古書をどのように入手しているのかというご質問を受けることがある。丸善雄松堂の場合、海外からの仕入の方が国内に比べ割合は圧倒的に多い。海外の古書店からの目録や個別案内を吟味して仕入をしている。また欧米の古書店や、古書・稀覯書のブックフェアを訪問して買い付けることもある。
買い付けの思い出を1つ。十数年前ロンドンの古書専門のブックフェアを訪ねた折、ある古書店主から、「日本人ならこういうものに関心はあるか」と言われ、見せられた1冊の小冊子があった。大小の漢字が整然と並んでおり、金額が印刷されている。約20頁のものにしては安くなかったが、注文し帰国後調査したところ、日本で言う幕末期を中心に、上海を拠点に活動した印刷所「美華書館」の活字見本帳と判明した。同館は、北米長老会が設立した印刷所であり、中国人向けのキリスト教書を出版していた。現存するこの印刷所の活字見本帳は極めて稀である。本書はある機関に納入したが、以後もこの印刷所の出版物を中心とした、近代アジアの印刷・出版文化について調べることが私の古書業者としての関心の1つとなっている。
出版文化に関わる古書との出合いで、慶應義塾にも関係の深い話で締めくくりたい。
前述の交換会にある日参加した際、杉田玄白『蘭学事始』(明治2年刊)が出品されていた。本書は幕末期に写本が発見され、その重要性を認識した福澤諭吉の斡旋で刊行に至った木版本で、古書市場に現れるのは珍しい。入札したものの、その際は落札できなかった。その後関西地方での出張古書展の後、懇意にしていただいている古書店を訪問し、茶飲み話で同書を落札しそこねた話をすると、何と「その本ならうちにもある」との言葉。倉庫を探してもらうと、確かに『蘭学事始』である。しかも、福澤諭吉の弟子である吉田賢輔が朱筆を入れた校正本と思われる物であり、驚喜した。ちょうど福井県・敦賀市の知育・啓発施設「ちえなみき(運営は丸善雄松堂他)」にて出張古書展を行った直後であり、玄白が敦賀を領した小浜藩医であったことに思い至り、この巡り合わせに奇縁を感じたことだった。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2023年8月号
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関 直行(せき なおゆき)
丸善雄松堂株式会社 古書・稀覯書担当