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【特集:本と出合う】
座談会:今、新しい「本との出合い」の場をいかにつくるか

2023/08/08

岐路に立つビジネスモデル

岩尾 先ほど、書店は委託販売によって在庫リスクを抱えていないと申しましたが、実は書店には売り逃しという隠れた在庫リスクがあるようにも思います。

書店はこういう本がありますよという、いわば情報提供機能を担っている業態ですよね。大量の本を並べて紹介し、売れなくても返品できることでリスクを回避できることになっている。

しかし、売れなかったら返品できる、と言っても、その間、その面積分の賃料が発生しているわけですね。書店の人たちはこうしたコストをあまり考えずにビジネスをやっておられる気がしているのですが。

宮城 岩尾さんの問題意識はよくわかります。書店業界であまり使われない言葉に「マーケティング」があると思うんですね。

書店とは基本的に老若男女、誰でもウェルカムな場所です。とくに紀伊國屋書店のようにあらゆる本を揃えている大型店はそもそも、特定の層をターゲットにする発想にはなりにくい。皆さんに来ていただき、気に入った本を買っていただくというスタンスです。

それはそれで正しいのかもしれませんが、一方でマーケティング的な発想は少ないとも言えます。どの層ならばたくさん買ってくださるとか、それによって売上げが上がるといった考え方に与していない部分はあるように思います。

横山 小林さんがおっしゃった粗利の問題は大型書店ではいかがですか?

宮城 粗利の問題は書店の規模にかかわらず大きいと感じます。他の業界と比べてとても低い。当社はショッピングセンターに出店することも多いのですが、飲食店やアパレル店と同じ条件で賃料を設定されてしまうと、ビジネスとしては苦しくなります。

もちろん、委託販売によって在庫リスクを負わずに済むことは大きなメリットです。とはいえ、それに甘えている面もあると思うのです。極論すれば、いつでも返品できるから注文を多少誤ってもいいということです。

また、書店側から注文しなくても出版社や取次からの見計らいで入荷される業界の特殊な仕組みもあります。ですが、その結果として業界平均の返品率が雑誌で40%以上、書籍でも30%台後半となっている。当社の返品率はそれよりも低いのですが、それでも平均で30%を下回る程度です。

出版物流も今大きな問題の1つになっています。それを担うのが取次、とくに日販とトーハンという2大取次が大部分を負っています。ところが、先日公表された最新の決算を取次事業単体で見ると、トーハンが10億円程度、日販が20億円程度の赤字となっている。

つまり今のやり方では、運んだだけ損が出るビジネスモデルになっているのですね。さらに物流業界では、トラックのドライバーの時間外労働時間が制限される2024年問題がある。来年以降、出版物流をどう効率化していくか、考えなければいけない局面に来ています。

大型書店のチャレンジ

小林 紀伊國屋書店では2015年に村上春樹の『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)を大量買い切りで仕入れていましたよね。あの時は社内でどのような議論が持ち上がったのでしょうか。

宮城 以前から当社の社長が出版流通の課題を解決するためには書店もリスクを取らなければいけないと話していた経緯がありました。

その流れの中で委託販売ではなく出版社と書店が直接取引し、買い切りで仕入れるケースを試験的にやってみたのです。

横山 書店が在庫の責任を持つということですね。

宮城 はい。初版部数の9割を紀伊國屋書店が買い取り、さらに他の書店にも当社が卸すスキームで取引しました。

横山 思い切ったチャレンジですね。

宮城 当時はやはり話題になりました。社内でも、取次経由で仕入れることが前提で業務がシステム化されている中でどう対応するのかといった議論もあり、イレギュラーな対応が多かったのを記憶しています。

こうした試みができたのは、当社は海外店舗が多かったことも背景にあります。国内と海外では粗利率が異なり、例えば米国では、書店の利益は1冊当たり大体45%くらいあります。その代わりに売れ残ればディスカウントバーゲンすることになる。

米国はアマゾンのお膝元ですから、ネットの売上げが増え、書店以外にもいろいろなチェーン店が影響を受けました。昔、ボーダーズという書店チェーンがありましたが倒産してしまい、もう1つのバーンズ・アンド・ノーブルという書店チェーンも一時だいぶ落ち込んでいました。

ただ米国では今、書店の売上げが持ち直し、独立系の書店が増える現象も起きています。小林さんのように自分で好きなお店をやり、そこがある種のコミュニティ的な役割を果たしていて、その店で本を買いたいというお客様がそれぞれに付いている。そういった店の影響はとても大きなものです。

アマゾンの売上げは今は停滞しているという話も聞こえます。リアル書店で本を買うことの大切さが読者に再認識されているのかもしれません。そうしたモデルが成り立つのは利益率が大きいからだとも思います。日本ではすぐに同じことができないとしても、やはり今までとは違うやり方で、時には書店がリスクを負って新たに利益を確保する方法を模索する必要があると思います。

“初速主義”のリスク

岩尾 ただ、書店が買い切りにすると在庫リスクを抱えますよね。その結果、発売から1週間で初版部数の10%を売らなければならないような“初速主義”のリスクが強まりませんか?

それに陥らないために、例えば、買い切り対象の書籍は、半年や1年ほどは委託で様子を見ながら本当に売れているものを見極めて、買い切りに切り換えていくといった方法が良いように思います。

今はユーチューバーやインフルエンサーが書いた、話題性は高く、初速の勢いは良いけれど本当の読者がいるのか微妙な本がありますが、そういうものを買い切りにすると経営リスクに繫がるおそれもありますよね。

小林 初速主義は書店というより出版社、特に大手が意識するところかなとは思うのですが、宮城さんはどれくらい意識されていますか? 実際はもう少し長い期間で展開の仕方を考えておられるように感じるのですが。

例えば、紀伊國屋書店新宿本店の1階にユーチューバーの本を置くのは、話題づくりや新宿という繁華街の土地柄もあるからですよね。

宮城 もちろん実売数もチェックしていますが、当社の場合は売場の担当者に仕入れの権限を委ねています。当然、出版社からいろいろな売り込みはありますが、最終的にどの本を売るかというのは、各担当者が判断しています。

もちろんすべての担当者が初速主義ではないとまでは言い切れませんが、うちはある程度現場の意思が反映されている方だとは思います。

横山 例えば、これはいい本だから長い目で見て店頭に置き続けようといった判断は許されるのでしょうか。

宮城 そうですね。お店によって違う部分もありますが、当社は「担当者がやりたいならやってみてよ」で通せてしまうところがあります。

岩尾 出版社が発売から1週間で10%売れたとなると発売即重版をかけたりする。そうなるととにかく出版社の営業にはプレッシャーがかかりますよね。だから、たとえ実際にはそれほど売れてなくても、即重版ですと、書店員に営業をかけることになります。書店員も、それを真に受けて何十冊もの在庫を1週間、2週間、1カ月と面陳列で置いてしまう。

一番目立つ所に何十冊と平積みされると、当然目立つので多少は売れます。ですが、本当に見るべきなのは賃料を棚差しと面陳列と平積みで割り算した時に、そこにどれだけの販売努力がかけられたかということです。

大量の面陳列は賃料からいっても大変な販売費用がかかっています。でも、100冊面陳列して1カ月で10冊しか売れない場合もある。一方、棚差しで1冊売れ、補充分もすぐに売れるような本は、わずかな販売費用で2冊売れたわけです。数だけ見ると面陳列の方が売れているように思えますけど、比較するとかけた労力ほどの力はない本だった、ということがわかります。

こうした、売れる本を売れない本が駆逐していく状況を、「悪貨は良貨を駆逐する」に倣い、私は書店におけるグレシャムの法則と呼んでいます。

小林 出版社がなぜ初速主義になっているかと言うと、点数主義になっているからです。ざっくり言って、発行点数×発行冊数が出版社の売上だとすると、1点あたりの冊数が減っているから、昨年と同じ売上を確保しようと思ったら点数を増やさざるを得ない。

仮に年間10万冊を出さなければいけない出版社があるとします。それまで1点あたり1万冊売れていたうちは年間10点出せばよかったところが、1点あたり5000冊しか売れなければ、単純に2倍の点数をつくらないと資金が回らなくなります。

そうして絶え間なく新刊が出続けることになって売場の奪い合いとなった結果、初動が強い指標になっていったんです。

岩尾 なるほど。そういう経緯なのですね。

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