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【特集:本と出合う】
座談会:今、新しい「本との出合い」の場をいかにつくるか

2023/08/08

リアル書店のスピリット

横山 本はたしかに消費するものではありますが、実際に手に取ってパラパラとめくってみるという身体的な感覚も大切にしたい。本と出合い、大切に読むべきものだという魅力を伝えるために、皆さんはどこに力を入れていますか?

小林さんは本との出合いをつくるためにどのようなことに取り組んでおられるでしょうか。

小林 まずリアル書店として、地元とどう関わるかというところを大切にしています。すごくベタですが、路面設置の看板にチラシを貼っておく。するとそれをご覧になる方が結構いらっしゃるんですね。看板のチラシに書いてあった本はありますか? と訊かれることが多いです。

やはりお客さんにとって目にした情報が手がかりになるので、その機会をどう増やすかということを考えます。今はやはりSNSが大きいですね。

私は今、ツイッターとインスタグラム、あと中華圏向けのレッド(RED、小紅書)という3種類のSNSで発信しています。お客さんがインスタを見てうちの店を訪れ、その画面を取り出してこれありますか? と訊かれることが多いです。その次がツイッターですね。

レッドは実験的にやっているものです。私は出版社もやっていますので、自社の本を海外に売り込みたいという気持ちもあってやっています。

横山 レッドとはどういうものですか?

小林 中国発のアプリで、アプリ自体は中国語か英語ですが、日本語でも投稿はできます。向こうでも日本語圏の漫画や本を知りたいという読者が非常に多いですし、日本に留学している中華圏の方がフォローしてくれたりしています。マルジナリア書店にもそういう方が来店してくれたりします。

横山 マルジナリア書店はカフェスペースもあり、本当に入りやすそうなお店ですよね。

小林 ビルの3階にあるので、子どもの入りにくさなど来店のハードルはあるのですが、カフェは来店動機として入りやすさに貢献しています。

岩尾 いいですね。最近はブックカフェも増えましたし、「箱根本箱」のように本をコンセプトにしたブックホテルも登場していますね。

これはリアル書店の良さにつながる話かもしれませんが、最近はアマゾンのレコメンドの質が下がっている気がしています。書店で面白そうな本に出合う頻度のほうが高く、他方、アマゾンでおすすめとして表示される本には買いたいと思う本が1冊もなかったりする。

やはり書店の良さは一度に大量の本を見られることと、書店員の方がお店の規模に応じて棚をキュレーションしているところです。それらを見ながらこの本も読みたいなとか、こんな読み方ができるかもと思えるのがリアル書店の良さですね。

横山 紀伊國屋書店ではいかがですか?

宮城 最近、若者の間で短歌が評判になっているという話があるのです。うちのいくつかの店舗にも短歌が好きなスタッフがいて、彼ら彼女らがもっと世の中の人に知ってほしいという主旨で、短歌集のフェアをやったり、それをSNSで発信したりしているんです。そうしたことを各地の店舗で展開しています。

それは初速の効果が期待できるからというよりも、純粋に好きでやりたいからという動機なんだと思います。うちはチェーン店ですが、その中でもスタッフの個性が見えた方が、お客様に伝わるのだろうなということは感じます。

横山 「本屋大賞」の影響力は大きく広がりましたし、書店員の顔が見えることは本当に大切ですよね。店員さんの個性がうかがえる書店からは独自のスピリットが感じられます。

「あの書店で買いたい」理由

小林 個性的な書店や棚が合わない人ももちろんいると思うんです。ですが、尖ったやり方であっても、上手に経営すれば、ひと家族が暮らしていけるぐらいにはビジネスとして成り立つのかなと思います。

横山 品揃えも大切ですね。マルジナリア書店を目当てに分倍河原まで来る人がいるというのは、小林さんとの間に関係性が生まれている証しですよね。そこには、皆で本屋さんをつくっているという感覚があるのかもしれません。

独立系の書店のオンラインでの販売の可能性は、どのように考えておられますか?

小林 品揃えの量で言えばもちろんアマゾンが強いわけですが、プラットフォームの種類が増えたことで個々にオンライン書店を開き、読者の方でも店をセレクトする動きが拡がっています。

例えば、幕張に関口竜平さんという方がやっている本屋lighthouseという書店があります。関口さんは尖った発言をされる方で、お店でもLGBTQに関する本や、政治に関するラディカルな本を推していますが、彼はこうした本をオンラインでたくさん売り上げています。

幕張まで行けないけれど関口さんから買いたいといってlighthouseのオンラインで本を買う人が多いからだと思います。マルジナリア書店もオンライン比率は実は高く、こうした傾向を見ると、オンラインはアマゾン一択という状況ではなくなっているように思います。

独立系書店の実売部数も侮れないんですよ。マルジナリア書店では2021年に『サラ金の歴史』(中公新書)という本が、オンラインを含めて100冊以上売れました。

この本はその後、新書大賞を受賞したように、もちろん内容がとても素晴らしい本なのですが、発売前からその内容が知られていて評判が高い、という状況ではない中で、口幅ったいですが小林が推している本だから買おうと受けとめられたところもあります。

「読書離れ」は本当なのか?

岩尾 出版不況と言われますが、活字自体の需要は減っていない気がするんです。むしろ文字を読む人自体は増えているのではないでしょうか。

横山 私もそう思います。「活字離れ」という言い方がちょっと変なのかな。

小林 私はきっぱりと「活字離れ」を否定しているのですが、ちょうど先日、ライターの飯田一史(いちし)さんの『「若者の読書離れ」というウソ』(平凡社新書)という本が出版されました。飯田さんはデータを使ってきちんとお書きになられるのですが、今回も様々な調査を使って中高生の読書の実態を明らかにしています。

それによると、若者も本当にしっかり本を読んでいますし、ラノベ(ライトノベル)が人気と言われますが、それ一辺倒というわけでもない。

ラノベにしても、学校の図書館には入れにくいなど軽視されがちですが、昔の女性たちは今では古典になっている吉屋信子のような少女小説を読んでいたわけで、軽めのものを子どもや若者が読むのはいつの時代も当たり前の話なんですよね。

むしろそこで読書習慣がつくられるのであれば、ラノベもマンガも重要です。そこから私たちがいかに、さらにその後も、広くさまざまな本を読んでもらえるようなセグメントをつくっていくのかが、これからの読者の層を厚くするカギですね。

宮城 私も活字離れと言われている今、売場の担当者にはどう見えているのか社内で訊いてみたところ、やはり、「それって本当なの?」という意見が結構挙がりました。現場の感覚では、本離れ、活字離れは当てはまらないのかなと思います。

岩尾 活字と言ったらツイッターも活字ですよね。それも含めたら、1週間で読む文字数は昔よりも多いんじゃないかという気がします。

宮城 紀伊國屋書店では近年、学生さんによる選書フェアをいくつかの店で展開しています。地元の高校や大学に声を掛け、店頭の1等地の棚を1カ月提供するので、学生さんが選んだ本を並べて売りませんかという提案です。

すると、結構乗り気になっていただけて、いろいろと考えて選書してくださるのです。とても凝ったPOPをつくってくれたり。そうしたら親御さんや知り合いの人も見に来てくださるのですね。

もちろん本を選んだ学生さんも、より本を好きになってくれるでしょうし、われわれにとっても気づきの多い試みになりました。彼らが将来のお客さんになってくれるかもしれませんし、そういうことも書店ができる役割の1つだと思っています。

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