【特集:薬学部開設10周年】
座談会:これまでの10年とこれからの10年
2018/10/05
高齢長寿社会のキーマンとして
金澤 それでは、今度はこれからの10年で目指すもの、薬学部への期待ということはいかがでしょうか。
上原 僕は薬剤師が、これからの高齢長寿社会のキーマンになると思っているんですね。医師や看護師、また理学療法士も臨床検査技師も、患者さんが来院されて初めて出会うわけですが、街の薬局には健康な方も来られるわけです。
その中で、ぜひ紀平さんにもお願いしたいと思うのですが、既存の法律の一部を改正して、薬剤師も血液の採取などができるようにしてほしいのです。街の薬局などでも簡単に薬剤師が血液検査等ができるようになれば、病気の早期発見、早期治療ができるし、患者さんの健康寿命の延伸にも貢献できます。特に人口過疎地域は病院へ健診に行くのも困難ですので、街の薬局がある程度支援できるとよいと思うのですね。
もし心配だったら認定制度をつくればよいと思うのです。薬剤師さんは専門の知識を活用して貢献でき、精密検査を薦められた患者さんは医院を訪れて軽症段階で治療を受けることができます。医療費も効率よく使われ、保険財政にも貢献できることになります。
今は社会の中心である生活者に対して、軽い症状は自主服薬、重い症状は早期発見、早期治療を薦める方法が十分でないことが問題だと思います。
金澤 薬剤師が採血をするということはなかなか制度的には厳しいのですが、6年制教育の中でフィジカルアセスメントも取り入れております。現在、例えば私どもの附属薬局では、患者さんご自身で採血して、すぐに検査に回せるような仕組みをつくっております。薬局内だけでなく地域に場所をお借りするなどの試みも少しずつですが実施しています。薬局に来れば、ご自分で血圧も測れるということも私どもの薬局では始めています。
私自身、病院の研究所にもおりましたし、薬剤師の経験もありますが、例えばケガをした患者さんが、血を流しながら薬局に入ってきたとしても、薬剤師はそれを止血できないんです。薬剤師は患者の治療をすることを禁止されています。
紀平 何をやってはいけないかというと、いわゆる医療行為をやってはいけないという話なんです。ただし、消費者自身が自分で手当てすることについては問題とならないものがあるということかと思います。
消費者が健康を維持するために自らをケアするセルフケアやセルフメディケーションの推進については、それをサポートするのが、薬剤師の役割なのではないかと思います。
消費者から相談を受けて、医師でしか対応できないことだったら、「すぐに病院に行って」と伝えることが大事になりますし、「自分でこうやって止血してから病院に行きましょう」ということを薬剤師が教えてあげるなど、やり方はいろいろあると思うんです。いわゆる薬局でのトリアージと言われるものがこれに当たると思うんですよね。
医師の代わりを薬剤師がするというよりも、患者自身がやることを教えたり介助してあげたりするのが、セルフメディケーションにおける薬剤師の関わり方なのではないかと思います。
金澤 なるほどそうですね。それでは鈴木さん、これからの10年、薬学部への期待をお話しいただきたいと思います。
鈴木 私は35年も大学にいた後、企業に入りました。産学ともお互いの長所、短所、両方ありますが、企業のほうが人やお金、場所などの自由度が高い。ですから、やりたいことがあれば、トップが決めさえすればですが、大学より自由にできる。
ただ一方、企業はお金を儲けていかないといけないので、どうしても短期的なテーマと早期産業化の出口にこだわってしまう。大学のほうは、人やお金、場所などには縛られて自由度が狭められますが、中長期的な研究開発をやれる環境がある。
ですから、産学連携の研究開発は重要なのです。慶應が日本や世界をリードする研究開発をしっかりやるということには企業はかなり期待しています。慶應から将来的な産業化のシーズを多々生み出してくれると思っています。
それから慶應の場合は病院も持っていますので、医療の出口ニーズのほうも今、何が必要とされているのかが分かるのが利点です。JKiCはそういう意味では非常にいいところにあります。信濃町ですと、医学部でシーズを知って、病院でニーズも知ることができるわけです。薬学部も同じように、これからの10年、20年先に向けた産学連携の研究体制ができるようにすることを考える必要があるのではないかと思います。
これからは、上原さんがおっしゃったように、薬だけではなく健常者や高齢者も含めて人を見ていくことが薬学の大事な役割になると思います。それを教育の中に含めて、どうやって健康長寿社会をつくっていくのか。しっかりサポートできるものを薬学教育の中に入れていただきたいと思っています。
人としての「コア」を教える
金澤 紀平さん、今後10年についてはいかがでしょうか。
紀平 薬学部の教育というのは、教えなければいけないことが多いという声をよく耳にします。6年制スタートに合わせて薬学教育モデル・コアカリキュラムが策定され、平成27年からは改訂コアカリキュラムに従った薬学教育が行われています。
今後も定期的に見直しが行われると思いますが、まず教科書に従って教えて、教えられたことを覚えて国家試験に臨むというところで薬学教育が閉じていると、その先の広がりがないと思うのです。学んだことから何を身につけて、いろいろな変化にどう対応できるようになるかというところが大事だと思います。
今、厚労省で薬局制度見直しの議論が進められていますが、薬剤師のあり方や薬局そのものが変わろうとしている時代に、「今、薬学はこうですよ、薬剤師はこうですよ」と教えたところで、10年後には役に立たないことがたくさんあるはずです。
ですから、薬学教育としてやるべきことは、表面的に教えることだけでなく、その中から何を人のコアとして身につけさせて、将来に生かしてもらうことができるのかが大事なのではないかと思います。薬剤師としてだけではなく、大学で教育を受けた者、あるいは慶應で教育を受けた者として、身につけなければいけないコアな部分をしっかりと教え込むというのが、忘れてはいけない部分ではないかと思います。
金澤 おっしゃるとおりだと思います。コアカリのコアではなくて、本当の薬剤師のコアということですよね。
紀平 薬剤師としてというよりは、人としてでしょうか。
金澤 そうですね。医学部の学生は、必ずしも薬学部の学生みたいに真面目に授業に出ていないようですね(笑)。このあいだアメリカに医学部の4年生の学生を連れて行ったのですが、授業に全然出ていないからアメリカで話を聞くと、初めて聞いたと言う。でも、それは絶対、医学部で習っているはずなんです。
しかし、彼がすごく優秀な学生だということは、一週間一緒にアメリカに行って分かりました。先ほど佐藤さんがおっしゃったように、慶應医学部の人はキャパシティが大きいということなのかもしれません。それに比べて薬学部生は真面目で、ノルマがあると、片っ端から丁寧にやって、それでいっぱいになってしまう。本当はもっと違うこと、慶應だからこそ教えられるものがあるはずですね。
紀平 大学の教育って、昔のイメージだと、教科書に書いてあることは「読んで覚えてこい」くらいしか言わないで、講義では教科書の話なんてしないでもっと奥の深い、幅広い話をしているという気がするんです。
今、多くの薬学部は学生のレベルが厳しいので、きちんと教え込まないとなかなか育たないという面があると思うのですが、慶應に来るような学生だったら、もっと先を目指してできると思うので、期待しています。
2018年10月号
【特集:薬学部開設10周年】
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