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【特集:薬学部開設10周年】
座談会:これまでの10年とこれからの10年

2018/10/05

  • 紀平 哲也(きひら てつなり)

    独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)ワクチン等審査部長

    1995年大阪大学大学院薬学研究科修士課程修了。同年厚生省入省。2014年6月より厚生労働省医薬・生活衛生局総務課において薬剤師・薬局関連施策、薬剤師国家試験等を担当。18年8月より現職。

  • 上原 明(うえはら あきら)

    大正製薬ホールディングス代表取締役社長、慶應義塾理事・評議員

    塾員(昭41経)。1977年大正製薬株式会社入社。82年代表取締役社長就任。2011年より現職。世界大衆薬協会、日本一般用医薬品連合会等の会長を歴任。現在、上原記念生命科学財団理事長。

  • 佐藤 淳子(さとう じゅんこ)

    独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)国際部長

    1990年共立薬科大学卒業。特選塾員。医学博士。国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター審査官、PMDA国際部国際規制情報調整課長、国際協力室長を経て2018年8月より現職。

  • 鈴木 孝治(すずき こうじ)

    JSR・慶應義塾大学医学化学イノベーションセンター(JKiC)研究部門長

    塾員(昭52工、57工博)。慶應義塾大学名誉教授。助手、専任講師を経て1993年慶應義塾大学理工学部応用化学科助教授。98年同教授。工学博士。専門は医学と化学、分析化学。2017年より現職。

  • 金澤 秀子(司会)(かなざわ ひでこ)

    慶應義塾大学薬学部長・薬学研究科委員長

    共立薬科大学大学院薬学研究科後期博士課程修了。特選塾員。薬学博士。共立薬科大学専任講師、助教授を経て2004年同教授。08年慶應義塾大学薬学部教授。専門は物理化学、物理薬剤学、分析化学。17年より現職。

この10年を振り返って

金澤 薬学部・薬学研究科は今年で開設10周年を迎えました。2008年に共立薬科大学と法人合併し、慶應義塾大学薬学部が誕生したわけですが、ちょうど2006年に薬剤師教育年限が延長され、6年制の薬学教育がスタートしたばかりというタイミングで、新しい薬学教育の時代を歩み続けてまいりました。

共立薬科大学という単科大学から、総合大学である慶應義塾大学となって何が変わったのか。まず、この10年を振り返っていただきたいと思います。

はじめに、上原さん、慶應に薬学部ができたことに関し、どのように思われていらっしゃいますか。

上原 今は一つの学問領域を深掘りしていくというよりも、関係のある領域が融合、協力し合って、教育、研究を広げるということをやらなければいけない時代になっているわけです。そういうことから、2008年、10年前の慶應義塾大学薬学部の誕生により、慶應が持っている医学部、理工学部、看護医療学部をはじめ、他の学部と薬学部がご一緒できたということは、慶應義塾全体にとっても絶妙のタイミングだったのではないかと思っています。

これからはさらに産官学を含めて高齢長寿社会にどれだけ貢献できるかということが問われています。ますます発展されることが楽しみです。

金澤 鈴木さんは合併当時は理工学部の教授でいらっしゃいまして、様々な学部との共同研究に取り組んでいらっしゃいました。薬学部が慶應に加わることで、どのようなことを期待されていましたでしょうか。

鈴木 10年前、当時の安西祐一郎塾長が創立150年に向けて様々なことを考えられた中で、共立薬科大との法人合併に踏み切ったという経緯があったと記憶しています。特に一貫校から来る高校生に薬学に関する研究をしたいという要望があったこともあり、慶應の中でも望まれていたのだと思います。

上原さんがおっしゃったように、非常にタイミングよく10年前に慶應に入っていただき、このフィールドができたおかげで、医学部、看護医療学部、それから薬学部という、人に近いところの研究や教育体制が強化されたということで、慶應としても非常に嬉しい話でした。

金澤 ちょうど薬学教育の6年制に対応する形で慶應薬学部がスタートしたわけですが、紀平さんは厚労省のお仕事の関係で、よく芝共立キャンパスにはお越しいただいていました。慶應薬学部のこの10年をどのようにお感じになられていますでしょうか。

紀平 もともと共立薬科大は薬学の研究・教育という学問の部分と、附属薬局をつくって薬剤師を育てるという両方に力を入れていたことが、他の大学と比べても特色となっていました。

慶應と一緒になるときに、慶應が病院に加えて附属薬局を持つことになるがいいのかという話もありましたが、附属薬局を持っている薬学部が、医学、理工系も含めた研究・教育課程を持つ総合大学と一緒になったということで、結果として薬学部としての土台が広がったのではないかと思います。

この10年、薬学教育、薬剤師教育の分野で、その特色を生かすような活動をされてきたと思っています。

金澤 芝共立キャンパスの薬局と信濃町キャンパスの病院が離れているところが附属薬局存続のためには、よかったのでしょうか(笑)。

薬学部のキャンパスの敷地内に実際に患者さんが来る附属薬局を開いているのは私どもだけです。キャンパスの敷地が狭いので門から近く、患者さんが処方箋を持って来やすいんですね。

紀平 附属薬局では、処方箋の受付だけではなく、OTC(一般用医薬品)も棚に並べられていますよね。

金澤 佐藤さんは共立薬科大の卒業生で同窓会(KP会)の理事もお務めで、薬学部の講義もお願いしています。この10年間で薬学部はどのように変わったと感じていらっしゃいますか。

佐藤 正直、慶應と合併するというお話を聞いたときには、自分たちの卒業した大学の名前がなくなることがちょっと寂しいな、という感覚がなかったかと言えば嘘になります。しかし、10年間を経て、長い歴史を持ち、様々な学部を持つ慶應義塾と一緒になったことによって、学問領域的にも国際的にもグッと幅が広がったのではないかと感じています。

上原さんから学問領域の協力体制という話がありましたが、さらに、慶應義塾は国際的な視野もたくさん持っているので、それらを上手く融合した形になっているのではないでしょうか。

私が学生の頃は、海外留学をする薬学部生はほとんどいませんでしたが、今は多いですし、海外から学生も訪れてきます。この合併によって幅が広がり、日本、世界の薬学研究をリードできるような学生を輩出しつつあるのではないかと感じています。

金澤 海外留学については門戸をもっと広げたいと思っています。慶應はサポート体制が非常にいいですし、今スーパーグローバル事業もあり、それも後押しになっています。

他にも慶應にはたくさん海外留学プログラムがあるので、もう少し専門領域の留学先を増やしたいと思っています。そのため薬学部では4学期制を取り入れていて、2学期は必須科目や実習をなくして短期留学できるような機会を増やしています。

産学連携と異分野融合

金澤 共立薬科大学という単科の大学から、総合大学の慶應の薬学部になり10年が経ちましたので、義塾の中での薬学部の役割や、産学連携についてももう少し力を入れていかなければいけないと考えています。

特に医学部、看護医療学部とは医療系3学部合同教育で、初期教育は日吉、中期教育は湘南藤沢、そして後期は芝共立と信濃町で行っていますが、医療の現場でチーム医療を推進するためにも大変いい機会となっています。慶應病院の新病院棟には合同の教育スペースもでき、今年度の薬剤師の実務実習はそこを使わせていただいています。

総合大学の薬学部としての役割について、産学連携について期待する部分も含めて伺いたいと思います。

上原 産学連携についてですが、現在、私どもでは上原記念生命科学財団というものを持っています。これは1985年に設立したものですが、従来は第1部門が東洋医学、薬学、体力医学、栄養一般を対象に助成し、第2部門が基礎医学、第3部門が臨床医学を助成しました。

しかし、データベースやエンジニアリングといった工学系の技術がものすごく進歩したことから、単なる医学専門領域内の研究だけでは医学の進歩につながらないということで、今年から第4部門として、他部門との共同研究も支援の対象とすることになりました。

例えばデジタル化、データ分析等の工業技術と医学・薬学の研究が協調し合うことにより大きな進歩を遂げることが可能であり、そのための協調体制づくりが必要なのではないかと思っています。

金澤 確かに薬学や医学だけではなく、例えばビッグデータなどを活用することでこれから研究も変わってくると思います。上原記念生命科学財団の助成を皆励みにしていますので、今後もぜひよろしくお願いいたします。

産学連携がご専門の鈴木さん、いかがでしょうか。

鈴木 私は理工学部の応用化学科に長くいて、2年くらい前にJSR(株)という一般企業に入り、現在は医学部内の産学連携研究センターのJKiCに勤めています。JSR(株)は、もともとは高分子化学が得意でゴム材料製造から始まった企業ですが、現在はライフサイエンスを3つの主要事業のうちの1つにして積極的に事業展開を進めています。

医学部内の産学連携体制に協力しているわけですが、学内の異分野融合に密接な関わりがあります。デジタル科学、つまり数値を扱う情報分野、分子などを含めてモノを扱うことが得意な理工学分野、人についての生命メカニズムを究め、人を治療し、健康をどうやってうまく維持していくかという考え方をする薬学、医学分野。それらは、今までは人や情報の行き来が少なく、慶應の中においてもまだ医工薬連携は足りないと思っています。

今はもうゲノム医療が当たり前になってきており、慶應病院でも遺伝子診断が始まっていますが、これからはガンでも他の疾病でも、まずはゲノム解析からやっていく時代になりました。さらに先端研究ではゲノムを越えてメタゲノム、プロテオーム、それからメタボロームといった高分子から低分子までを全部見ていきたい。そうすると人体に何が起こり、何が問題なのかが分かってくるのです。

ですから、医学部であれ薬学部であれ、データを扱うことはもう当たり前のことになってきています。そこにデータを扱うのが得意な理工学部および薬を扱うのが得意な薬学部の出番があります。これからの創薬に関しても、現在は免疫、たんぱく質性医薬品開発が流行りですが、その先の核酸医薬などについての研究も活発化してきていて、そういうところでは多くの医療情報をどのように扱い、研究・教育に取り入れていくかが重要です。

薬学部をはじめそれぞれの学部には得意な分野がありますから、それを学内で融合すれば将来の社会に適応する非常にいい教育・研究ができると思います。

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