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【特集:薬学部開設10周年】
薬学部への期待──外部研究機関から

2018/10/05

  • 小安 重夫(こやす しげお)

    国立研究開発法人理化学研究所理事、元慶應義塾大学医学部教授

薬学部の開設10周年、おめでとうございます。かつて慶應義塾に在籍し、現在は外部の研究機関に籍を置く者として、薬学部の今後に期待することを述べさせていただきます。

薬学部・薬学研究科が開設された2008年、私は医学部の微生物学・免疫学教室で免疫学の教育と研究に従事していました。2001年に看護医療学部が新設され、加えて薬学部が誕生したことで、慶應義塾の保健医療分野が大変充実したな、と感じたことを覚えています。同時に、それまでも非常勤講師として何回か共立薬科大学で講義をしたことがあったので、芝共立キャンパスに対する親近感が増したことも覚えています。

1年後の2009年4月、薬学研究科の修士課程を終えた古澤純一君が医学研究科の博士課程に入学し、私の研究室に入ってきました。彼は、共立薬科大学大学院薬学研究科に入学し、慶應義塾大学大学院薬学研究科を卒業した数少ない学生の1人でした。当時、私の研究室ではナチュラルヘルパー細胞と名付けた新しいリンパ球(現在では2型自然リンパ球(ILC2)と呼ばれる)を発見したばかりで、研究の幅が広がった時期でした。彼はそれまで培ってきた生化学の知識と技術を活かし、ILC2の増殖や活性化に必要なシグナルを詳細に研究し、免疫学分野の伝統的な雑誌に立派な論文を発表して医学博士の学位を取得しました。薬学部で勉強した学生は医科学の知識を他学部卒の学生以上に持っていることから、今後の医学研究科にとって、薬学部・薬学研究科の卒業生は大きな戦力になるだろうと感じました。

2012年4月に理化学研究所(理研)に研究室を開設する機会を得たことから、ILC2の研究に携わっているグループは、横浜の免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)へ引っ越しました。そのために、ILC2の研究に携わっていた学生達も一緒に横浜へ移ってもらいました。新しい研究室の立ち上げにはそれなりの時間もかかり、スタッフだけでなく、学生にも苦労をかけました。2013年4月には、RCAIとゲノム医科学研究センターを統合した新しい研究センターとして、理研・統合生命医科学研究センター(IMS)が設置されました。私は、センター長として(当初はセンター長代行)、IMSのお世話をすることになったために慶應を退職し、完全に理研に移籍しました。それによって薬学部とは疎遠になるかと思いましたが、その後、理研で活躍していた長谷耕二さんと有田誠さんの2人が薬学部の生化学と代謝生理化学の教授に選任され、理研と慶應薬学部の交流はむしろ活発になりました。生命科学、特に医科学分野の研究を進めているIMSにとっては、薬学研究科との連携は重要であり、今後も連携に期待しています。

理研は自然科学の総合研究所として100年の歴史を持ちますが、物理、化学、数理科学、工学、生物、医科学、情報学、計算科学など、様々な分野の研究が行われています。生物・医科学分野の研究者も多く、脳神経科学、免疫学、発生学、生化学、分子生物学、細胞生物学、植物科学など、広い分野で最先端の研究が行われています。薬学部や薬学研究科と密に連携することで、是非とも多くの学生にこのような研究活動に参加して欲しいと願っています。

さらに、理研には創薬・医療技術基盤プログラムというプログラムもあります。このプログラムでは、理研の各研究センターや大学などで行われている様々な基礎疾患研究から見いだされる創薬標的(疾患関連タンパク質)を対象にして、医薬品の候補となる低分子化合物や抗体などの新規物質を創成する研究を推進しています。さらに、非臨床研究段階のトランスレーショナルリサーチである創薬・医療技術プロジェクトを支援しています。最終的なゴールは、これらを適切な段階で企業や医療機関に移転することです。また、このプログラムは日本医療研究開発機構が進める、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム事業にも参加しています。ここにも薬学系の人材が活躍できる様々な領域があります。

研究所という環境にいる身としては、薬学部・薬学研究科には是非とも研究人材を輩出して欲しいと願っています。現在、日本の研究力の低下が叫ばれています。理由に関して色々な議論がありますが、昨今、多くの大学において修士課程や博士課程に進学する学生数が減少傾向にあることは深刻だと感じています。次代の科学を支えるのはこれから研究の道に入る若者です。ここを増やさずして日本の研究の将来はありません。職業教育も大事ですが、慶應義塾の薬学部・薬学研究科からは、将来の生命科学を担う、研究者を目指す多くの若者が現れることを期待しています。

薬学部・薬学研究科が次の10年、そして2030年に訪れる、共立女子薬学専門学校の設立から数えて100年の節目に向けて、益々発展されることを心より祈念しております。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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