【特集:新春対談】
新春対談:慶應義塾での学びと 戦後80年──無知を知ること
2026/01/06
外国訪問で知る先人の努力
伊藤 ご夫婦で大切にされてきた習慣やファーストレディとして感じられたことなどはございますか。
石破(佳) 政治家の妻になってからは、どうしても私が選挙区の鳥取にいることが多いです。そうしますと、やはりなかなか意思の疎通を取るのが難しくなるところがあります。大切なところは伝えるように努力はしてきましたが、なかなかできない時もあり、その時は自分で判断をしてきました。夫のほうは、毎日気にかけて電話をしてくれていましたけれど。
都会育ちの私からしますと、鳥取という、東京と比べるとローカルなところに行かせてもらったのですが、自然豊かでいいところなのです。私は鳥取に行って、新しい世界、日本の失われた文化や感覚、特に人との関わりを、随分と肌で学ばせていただきました。
伊藤 ファーストレディになられてからはいかがでしたか。
石破(佳) ファーストレディとしては、もうとにかくすべてが新しくて学びでした。特に外交を補助することが多かったので、外国訪問の時に、外務省の方からまず、その国の現在の状況を教えていただきますが、歴史、背景を知ることは非常に大事です。ちょっとした会話で直接触れなくても、知っているといないとではまったく違います。本当に初歩の初歩ですが、そういった経験をさせていただきました。
その中で、私は国益にマイナスにならないよう、できれば少しでもプラスになればと、一生懸命務めさせていただきましたが、やはりこれは一朝一夕でできるものではありません。先人がいかに努力して関係を作られてきたかを実感しました。特に戦時中に日本が悲しい思いをさせてしまった国々はそうですね。
伊藤 フィリピンではマニラ市街戦だけでも10万人以上の現地の方が亡くなられたということですね。
石破(佳) そうなのです。そういう中で、地元で大変な反対があっても、トップの方が許す精神を持っていただいたことで、日本の戦後の歩みが変わって、今日につながっているのだということを痛感いたしました。双方の国の努力ですね。
保守の本質とは何か
石破(茂) 小泉内閣で防衛庁長官になった今から23年前、私は45歳でしたが、国際会議でシンガポールへ行ったのです。その時、まだリー・クアンユー(元首相)が上級大臣としてご健在で、なぜか私が呼ばれたのです。そこで彼に、「日本の防衛庁長官、日本がシンガポールに戦争中にしたことで君が知っているだけのことを言ってくれ」と言われたので、日本の教科書に書かれているようなこと、昭南島と名付けたとか、神社を立てたとか、などを言いました。
すると「君はそれしか知らんのかね? そんなことで日本とシンガポールがこれからやっていけると思うのか」とたいへんお叱りを受けました。シンガポール、フィリピン、インドネシア、あの戦争中、アジアの国に日本がどのようなことをしてきたかということは、こちらは忘れていても、知らなくても、向こうは覚えているということなんですね。
フィリピンで言えば、キリノという大統領は家族が皆日本軍に殺された。でも戦後、捕虜として収容していた日本人を全部赦免して日本に返したのです。それをしたのが、家族を日本人に殺されたキリノ大統領だったということを知っている日本人はほとんどいない。こういうことはきっと山ほどあると思うのです。
伊藤 それが、「無知の恐ろしさ」ですね。
石破(茂) そうです。特に日本の場合、ドイツと違って国家を継承しているので、我々はその責任を自覚せねばならんのだろうと。それは謝罪とかそういう話ではない。「何があったのか」ということをきちんと記憶しておく責任は、やはり引き継いでいるのだと思っています。
リベラルの本質は寛容なのだ。保守の本質はリベラルなのだ。これは塾の先輩である江藤淳さんが言っておられたことです。私は江藤淳が好きで、高校生の頃から読んでいました。江藤淳さんは、保守主義というイデオロギーがあるわけではないと喝破しておられた。保守というのは、皇室を尊び、先祖を敬い、家族を大事にし、地域を大事にするという感覚なのだと言っていますね。
伊藤 福澤先生も「帝室論」で「帝室(皇室)は万年の春のようなものである」と言われています。
石破(茂) その表現、いいですね。近年「保守」というと、右寄りの思想のことだと思われている。そして今の日本では「保守」と言っている人々がアメリカ礼賛のようなことを言う。「親米」と「従米」は違うのです。
伊藤 その通りだと思います。
石破(茂) だからこそ独立自尊が大切だと、私は思っているのです。
伊藤 今日は「戦後80年所感」のことを中心に多くのお話をお聞きしてきましたが、やはり私としては、「無知を恐れなさい」ということは、非常に大きなメッセージだと思いました。また自由の大切さ、自由とは何かということを、慶應義塾として実感しながら、それを塾生たちに教えていき、自由を謳歌しながらも、それに対する責任というものが出てくるのだと。最終的には政治の責任、メディアの責任、そして国民の責任という、様々な立場での責任というものを、今日の対談を通じて、私も学びを深めたところです。
石破さんの「戦後80年所感」は、将来的に大変なマイルストーンであることは間違いないのですが、私としては、「あの時、石破総理がこう言っていたじゃないか」というような時代になってほしくないと思います。これが私の一番の願いであり、私たちの責任だと思っています。
「なぜこの時、石破首相がこういう発信をしたのに、それにちゃんと耳を傾けなかったのか」と、後で反省をしなくてよい方向に進む責任を強く感じているところです。そのためにも、この所感の位置づけは非常に歴史的であり、私たち慶應義塾としても大変誇りに思っています。
本日は本当に有り難うございました。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年1月号
【特集:新春対談】
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