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【特集:新春対談】
新春対談:慶應義塾での学びと 戦後80年──無知を知ること

2026/01/06

  • 石破 茂(いしば しげる)

    1957年生まれ。自由民主党衆議院議員。第102・103代内閣総理大臣。1979年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。86年衆議院議員選挙に鳥取全県区から出馬し初当選。以降13期連続当選。2024年10月1日第102代内閣総理大臣に就任(2025年10月21日退任)。内閣府特命担当大臣(地方創生)、農林水産大臣、防衛大臣等を歴任。

  • 石破 佳子(いしば よしこ)

    1979年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。大学卒業後丸紅入社。83年、大学の同級生であった石破茂と結婚し、以降、茂の政治活動を妻として支える。

  • 伊藤 公平(いとう こうへい)

    1965年生まれ。1989年慶應義塾大学理工学部計測工学科卒業。94年カリフォルニア大学バークレー校Ph.D。助手、専任講師、助教授を経て2007年慶應義塾大学理工学部教授。17年~19年同理工学部長・大学院理工学研究科委員長。日本学術会議会員。2021年5月慶應義塾長に就任。専門は固体物理、量子コンピュータ等。

法律学科への進学

伊藤 新年、明けましておめでとうございます。本日は前首相の石破茂・佳子夫妻をお迎えしてお話ししていきたいと思います。

石破茂さんは塾出身総理大臣としては4人目ということになりますね。

石破(茂) 犬養毅、橋本龍太郎、小泉純一郎、石破茂と。もっといそうなものだけど4人目なのですね。

伊藤 そうですね。ただ慶應義塾高等学校出身者、一貫教育校の出身者としては初めてです。さらには、ファーストレディと揃って慶應義塾出身というのも初めてのことになります。

石破(佳) 福田康夫元首相の奥様、貴代子様も慶應ではないですか。

伊藤 ファーストレディという意味ではそうですが、ご夫婦で慶應ご出身は初めてということですね。

まず慶應義塾で学んだことが、今までにどのように役に立っているか。また思い出はどういうものがあるかを伺っていきたいと思います。

石破(茂) 実は、総理辞任後ほどなく、昨年米寿を迎えられた指導教授の新田敏先生を囲む会に参加したのです。大学3年、4年の時にゼミで新田教授にご指導をいただいたことが、今でも一番役に立っているのではないかと思います。

もう鬼のような先生で、毎週レポートを書かされる。当時はパソコンもワープロもない時代で、A4のレポート用紙にとにかく書けと、課題が出る。物権法でしたが、毎週鉛筆で、小さな字でびっしり書かなければいけない。

法律学のレポートの書き方はだいたい決まっていて、まず論点を書き、その後、いろいろな学説の紹介をして、その後、自分の考えを結論として書くというのが定番ですが、それを毎週、先生が添削してくださるのです。本当に細かく、「ここは論理が飛躍している」「ここの論理構成は実に正しい」「こことここの整合が取れていない」など、添削してくださって、これは大変勉強になりました。

伊藤 そうですか。また石破さんは慶應義塾高校出身の初めての総理ですが、私が総理としての国会答弁を一度拝見した際、たまたま高校の授業料無償化の時でご自分の経験を話されていて、「高等学校で学びの質が急に変わった」とおっしゃっていました。これはどういうことでしょうか。

石破(茂) 私は中学校は鳥取大学附属中学校に通っていて、鳥取ではそれなりに勉強する子の集まりだったのですが、私でも一生懸命勉強すれば物理も化学もわかった。それが高校に入った途端、全くわからない。

伊藤 慶應高校はその頃も旧制高等学校のような、研究者肌の教員が多かったですからね。

石破(茂) 多かったですね。わからない奴はわからなくていいから邪魔をするな、後ろで寝てろという感じでした。

だから、私はもう数学のテストの前はすごく気が楽で、どうせ白紙だと。20分たったら出ていいというので、パッと出して、ほかの勉強をしていました。というわけですから、科目によってものすごくムラがあって、現代国語とか古文、漢文は学年の1番だったりするのですけど、数学は地球の言葉とは思えないからほぼ0点(笑)。

伊藤 そういう意味で質が変わって、学問の世界に足を踏み入れたという印象をお持ちだったのでしょうか。

石破(茂) そうでした。だから旧制高校と似ているのかもしれませんが、慶應高校の3年間は「大学で何を勉強しようかな」と考える期間だったような気がします。

こんな感じでしたから、もちろん医学部や工学部なんて全く考えませんでした。昭和50年に大学に入りましたが、当時、文系では経済学部が花形でした。成績としては経済学部にも行けそうだったのですが、数字を見ると頭が痛くなるようだったので、行ってよいものかと結構悩んでいたのです。

そんな高校3年の夏休み、地元の鳥取へ帰った時に本屋さんに行き、たまたま司法試験の受験雑誌を手に取りました。そこに司法試験の過去の問題とその解答案が出ていて、読みながら「こんなに面白い世界が世の中にあるんだ」と思ったのです。本当にあの時の感動は忘れられないですね。それで迷いは消え、法律学科へ行こうと決めました。

図書館旧館での「出会い」

伊藤 そして法律学科に行ったことにより、佳子夫人と出会えたという(笑)。

石破(茂) それはもう、偶然の産物というか(笑)。だから、高校3年間で好きな勉強を好きなだけやらせてくれたことに感謝しています。私は高校・大学は本来つながっているべきものだと思っていますし、大学が4年間というのはちょっと短か過ぎないかと、今でも思っているのです。

伊藤 そうですね。私も今、中央教育審議会にかかわる中で大学部会と初等中等教育が分かれていることに、非常に大きな限界を感じています。おっしゃる通り、高校と大学での学びを一緒に考えたほうが、場合によっては自分探しの時間ができると思っています。

さて、佳子さんは、女子学院から受験で慶應に入られたということですが、慶應の印象や思い出、今、思う慶應のよかったことはどのようなことでしょうか。

石破(佳) 私の場合、高校までは別の学校におりましたので、大学に行くなら受験をしなければいけない。大学へ行くかどうか、悩んだこともございました。

進路を決めるのに非常に苦労しました。私は、女子校の中では、どちらかというと数学や理科のほうが得意で、成績がよかったのですね。それで、現代国語が女子の中では得意ではなかったのです。あの頃は文学部にいく女性がとても多かったのですが、私はその中ですごく悩みながら受験をしました。法学部に行きたいと思いましたが、慶應だったら政治学科か法律学科か、そこを大変迷いました。

伊藤 そうですか。慶應に入ってからはいかがでしたか。

石破(佳) 高校までの教育というのは与えられるもので、学習の仕方が決まっていたのが、大学に行きましたら全然違う。まずは法律というものの難しさの壁に、ぶち当たりました。本当にこの学部が自分にとってよかったのかなと悩んだ時期もありました。

伊藤 でも、この図書館旧館の中でお2人とも勉強されていたと伺っています。

石破(佳) 私は日吉の図書館が多かったと思いますが、土曜日にこちらで取っていた授業がございまして、その前後に三田の図書館にもよく来ていました。

伊藤 この図書館の旧館でお2人が出会ったということですが……。

石破(茂) 出会ったのではなく、私が目撃したのです。出会ったとは言いません(笑)。

土曜日は午前中、日吉で授業があって、午後は三田で法学演習というものがあったのですね。午前の授業が12時頃で終わり、その後、三田に来たんです。

石破(佳) 法学演習は面白く楽しい授業でした。

伊藤 お2人とも同じ授業を取っていらっしゃったということですね。

石破(茂) そうですね。そういうことで三田に行った時、家内が図書館旧館の階段を、本か何かを抱えて降りてきたのを私は目撃したことがあって、私は強烈に覚えているのですが……。

伊藤 目撃されたほうは覚えていらっしゃらない(笑)。

石破(佳) 男子学生が多いですから、いちいち男子学生は覚えていなかったというのが正直なところです(笑)。

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