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【特集:新春対談】
新春対談:次世代を見据えた日本の展望

2025/01/06

  • 翁 百合(おきな  ゆり)

    1960年生まれ。日本総合研究所理事長、政府税制調査会会長、慶應義塾評議員。82年慶應義塾大学経済学部卒業。84年同大学院経営管理研究科修士課程修了。2011年京都大学で博士(経済学)。専門分野は金融システム、社会保障、経済政策。エコノミストとして実績を重ね、内閣官房「新しい資本主義実現会議」構成員、金融庁金融審議会委員等、政府役職も多数務める。

  • 伊藤 公平(いとう こうへい)

    1965年生まれ。1989年慶應義塾大学理工学部計測工学科卒業。94年カリフォルニア大学バークレー校Ph.D。助手、専任講師、助教授を経て2007年慶應義塾大学理工学部教授。17年~19年同理工学部長・大学院理工学研究科委員長。日本学術会議会員。2021年5月慶應義塾長に就任。専門は固体物理、量子コンピュータ等。

少子高齢化という課題

伊藤 新年、明けましておめでとうございます。今日は翁百合さんをお迎えして、「次世代を見据えた日本の展望」ということをテーマにお話ししていきたいと思います。

翁さんは昨年1月に政府税制調査会会長にご就任され、慶應義塾評議員もお務めいただいており、慶應義塾の将来に向けて大変なご支援をいただいています。

慶應義塾は多くの将来世代に学びの場を提供する学塾であり、全社会の先導者となること、すなわち社会の幸せと発展を目的とする研究・教育に携わっています。しかし、「失われた30年」と言われる、経済の低成長に加えて少子高齢化が進む日本では、相対的に高齢者の数が多くなることから、喫緊の課題に対する政策や国費配分が優先され、次世代の日本の豊かさという中長期的な構想に基づく政策が限定されていると感じる若者たちもいます。

今日の対談では新春にふさわしい明るさと、よい意味での楽観性を保ちながらも、次世代を見据えた日本の選択、そして慶應義塾の未来について翁さんと語り合いたいと願っています。

 よろしくお願い致します。おっしゃる通り、長い間、日本は「失われた30年」と言われていましたけれど、現在、経済の潮目は少し変わってきたと思っています。コロナ禍後、人手不足が顕在化し、賃金も上がり始め、物価も上がってきました。逆に地政学リスクは大きくなり、難しい面があるのですが、日本経済は企業収益も好調で回復しており、2024年にはマイナス金利も解除されました。

国内設備投資も、九州ではTSMC(台湾積体電路製造)が参入し、国内企業の設備投資も活性化する動きもあり、株価もようやく30年ぶりの高値水準を付けて、少し元気になってきたかなという印象をもっています。

一方で、おっしゃる通り、今、日本は少子高齢化に突き進んでいまして、2023年の合計特殊出生率が1.20。2024年は出生数が70万人を切るかもしれない状況です。2015年は毎年生まれる赤ちゃんが100万人いたので、これは慶應義塾にとっても大変な問題だと思います。

人口減はある程度進むことは仕方がないのですが、その中でも活力のある社会をつくり、急速な少子化を抑制していくような長期的取り組みが必要になってくる。日本にとって大変大事な時期になってきていると思います。

伊藤 今、新入社員の初任給を上げる会社がずいぶん出てきたので、そういうニュースは若者たちにとって明るい話題ですね。そのほか、今ご指摘いただいた点はどれも大切なことだと思います。

18年前の卒業式祝辞のアドバイス

伊藤 実は私が翁さんに「この方はすごい」と驚いたのは、2007年3月の大学の学部卒業式でした。翁さんは塾員代表として祝辞をステージ上で述べられ、それを私はフロアの1人として伺っていたのです。

そのお話の中で、翁さんが卒業された1982年は高度成長の最後のストレッチで、まさにバブルに向かう頃、終身雇用を前提に、同級生たちも皆一生を預けるような気持ちで会社に就職したと言われた。ところが、1990年代にバブルが崩壊すると、仲間の一部は会社に一生を捧げるという前提を失いました。

当時の翁さんはちょうど卒業25年ということでしたが、祝辞の中で、「私たちの世代は、さすがに25年前に比べて逞しくなり、社会のいろいろなところで頑張っています」と述べられた上で、卒業生たちに次の3つのアドバイスをくださいました。

1、仕事を通じて少なくとも何か1つのことについて、プロフェッショナルと言われるような専門性をもつこと。2、逆境になっても諦めずに粘ってほしいということ。3、心豊かな人生を歩んでいただきたいということ、でした。

18年前の祝辞を覚えていらっしゃるかわかりませんが、その時言われたこの3つのアドバイスを今、どうお感じになりますか。

 有り難うございます。今でももし若い方にお話しする機会があったら、やはり同じようなことを言うかなと思います。まず、プロフェッショナリズム、専門性は、ますます必要とされる時代になってきていると思います。働き方も、ゼネラリストであるより、だんだんとジョブ型を組み合わせて、もう年功序列だけでは通用しない時代になってきている。

また、逆境になっても諦めずに粘ることは、いつの時代も大事で、社会に出れば必ず難しい局面があるので、そういった時の対処によって、その後の人生が決まっていくと思います。

3番目もその通りだと思います。

伊藤 そうですか。まず、1つ目の「仕事を通じてプロフェッショナルと言われるような専門性を持つ」というところですが、続けて「いわゆる会社人間の時代はもう一昔前に終わっている」とおっしゃっています。入った組織に幸い愛着を持てたとしても、それだけでは十分ではない。同時に自分の仕事の専門性に対しても、愛着と誇りを併せ持ってほしい、ということですね。今はジョブ型という言葉もありますが、まさに自分の専門性に誇りをもつことが、心の支えになり、社会人としての強さにつながるということでしょうか。

 今は働き方が大きく変わってきていて、スキルや専門性を持つことがこれまで以上に大事になっているし、若い方はそのような志向がとても強くなっています。リクルートマネジメントソリューションズの意識調査を見ると、20代、30代は自分の自律的・主体的キャリア形成についてすごく考えています。機会があれば転職も考えたいという人も増え、世の中が変わってきている感じがします。

伊藤 終身雇用制度が当たり前の時代は、逆にプロフェショナリズムを発揮しようとしても、会社の方針に合わせざるを得なくて、異動でどの部署にいくかわからないので力が発揮できないこともありましたが、それが変わってきたということですね。

 ええ。それは女性にとってもすごくいいことです。労働の流動性が高まると、よい社員を確保しておきたいという考えも企業側に強まるので、賃金引上げのみならず、よい職場環境や成長の機会を提供するようになっていく。その好循環が働くと思うのですね。

人手不足も深刻になってきていますので、これから社会に出る方たちは以前に比べて、より企業を厳しく選べる時代にだんだんなってきていると思います。

伊藤 また、若い人たちは夫と妻、また様々なパートナーがお互いを助け合うようになってきています。女性が自立して働き、それを夫が助けて転勤も妻に合わせてついて行くなど、いろいろな形が出てきています。

 私の知っている会社でも、妻のアメリカ勤務の時に夫が仕事をいったん辞めてきた、という形が増えています。以前とは隔世の感がありますね。

伊藤 それで皆さん、幸せが実感できればいいわけです。でも、われわれにとっては隔世の感でも、若い人たちは、まだまだと感じるところはあるでしょうね。

 そう感じている人はたぶん多いと思います。特に今活躍している女性はパイオニア的役割を担っている方も少なくなく、いろいろな苦労があり、このまま仕事と家庭を上手く両立してやっていけるだろうか、という不安をもっている方はまだ多いと思います。

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