【特集:慶應義塾の国際交流】
座談会:国際化をさらに進めるために何が必要か
2024/10/07
転機となった東日本大震災の経験
土屋 それでは、ライルズさん。あなたはイギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスとケンブリッジで勉強されたのですよね。海外で研究した際の最高の経験は何ですか。
ライルズ 今日はこれまで会ったことのない慶應義塾の新しい同僚に会えてうれしいです。
私はノースウェスタン大学の国際問題のアソシエート・プロボストで、地球の持続可能性に関する学長特別顧問も務めています。ロースクールの国際法の教授で、人類学の博士号も持っています。私は、国際法と国際機関に焦点を絞った学際的な学者です。
私は実は米国の外で育ちました。今では、米国で過ごした年数の方が長いのですが、長い間、逆でした。私は様々な場所に住んできましたが、学部生での留学経験は中国で過ごしたことだけです。それは本当に素晴らしく、私にとって人生を変える経験でした。
私が中国にいたのはとてもエキサイティングな時期でした。それは天安門事件の直前の「北京の春」と呼ばれた時期です。北京大学のキャンパスは学生のあらゆる種類の芸術作品で溢れていました。当時の学生にとって文学はとても重要なことでした。
私はフランスで育ったので、フランスの演劇を中国語に翻訳するのを手伝いました。それは素晴らしい経験でした。そして、私に世界情勢の理解への人文学の役割を気づかせてくれました。それまで人文学がどれほど重要であるかを本当には理解していませんでした。しかし、当時の中国人学生にとって、文学は同時代の政治を理解するための絶対的な源でした。それが私が学んだことの1つです。
しかし、私のキャリアの中で最も決定的な瞬間は、おそらく日本にいた時、東日本大震災を経験したことだと思います。当時、私は東京大学で研究をしていました。私にとってそれは人生を変える経験でした。窓の外を見ると、新宿のビルがほとんど触れ合うほど揺れているのが見えました。人々が津波にのまれていく映像、そして、福島第一原発の悲惨な事故を見るのは恐ろしいことでした。
研究者としての私は、その時点では重要な研究を行い、重要な場所で論文を発表するなど絶好調でしたが、一体それが何なのか、と自問しなければならない瞬間でした。つまり、なぜ私たちはこれをするのか、なぜこのような先進国でこのような事態が起こったのか、と。そして私たちには何ができたのか、そしてもっと重要なのは、次の大きな危機にどう備えることができるのか、と自問しました。
私はその時、自分の人生の方向性を変えたい、学者としてのレースで最高になることに重点を置くのではなく、研究者が次の危機に備えられるよう、分野を超えて世界中とつながるようにしよう、と決心しました。
そして、私たちは新型コロナウイルス感染症と呼ばれる次の危機を経験しました。私たちすべてが経験した次の大きな危機だと思います。私は、震災時に日本で経験したことを考えました。人口への影響、憂鬱、絶望感などについてです。しかし、その経験こそが、すべての仕事をともに行う理由なのです。
海外留学を妨げるものとは
土屋 皆さん有り難うございました。それぞれ興味深い経験をされており、それが現在のキャリアにつながっていることがよくわかりました。
次の質問に移りたいと思います。皆さんはそれぞれ大学で国際化、国際交流にどのような役割を果たしていますか。そしてその役割の中で、最も大きな課題は何でしょうか。
大串 私は国際センター所長として全塾の交換留学プログラムを担当しています。そこでの課題の1つに、受け入れと派遣のバランスがあります。交換留学生の受け入れについては、現在、慶應義塾大学という充実した修学環境で学びたいという500人以上の学生を受け入れています。こうした学生の皆さんを慶應は歓迎しています。
一方で海外に派遣する学生の数は、交換プログラム全体としては、270名ほどにとどまっています。国際センターとしては、より多くの学生に海外経験の機会を提供し、慶應の外へ出て世界を見てもらいたいと思っています。
ぜひ塾生の皆さんには、慶應での学びに加え、慶應の外へ出て、様々な文化に触れ、見聞を広めてもらいたいと思います。少なくとも400人、あるいは受け入れと同じ程度の500人近くの学生を派遣できればと思っています。
日本では経済が停滞しているため、費用の問題もあります。奨学金や助成金など、どのように学生への経済的支援をするか、私たちが提供できるその他の支援は何か、寄付や学生への経済的支援に関するリソースを探しています。
バンミーター 海外に行く学生が少ないということに関して、主な課題は4つくらいあると思います。経済的な面と言語の問題は明らかですが、学生の観点から見ると、他に2つの大きな課題があります。慶應義塾大学の学事日程が海外の大学と違うことと、そして就職活動の問題です。
大串 その通りです。
バンミーター 学生が海外に行くのに最適なのは3年生の時ですが、大学院に進学しない学生にとっては、就職活動にとって最も重要な年でもあります。これらの問題への取り組みは進んでいますか。
大串 私は新型コロナウイルス感染症が拡大する最中に国際センターの所長に就任しました。当初の国際センターの最大の急務は、できるだけコロナ以前の状況に戻すことでした。有り難いことに派遣も受け入れも、今はコロナ前の通常の状況に戻ってきていると思います。おっしゃる通り、塾生が留学する際の懸念点の1つに日本の学事暦が海外と違うことがあります。いつ準備していつから行けばいいのか、単位の交換が可能なのかなどが問題となります。
そしてご指摘の通り、日本の就職活動と留学の関係は非常に大きな問題で、おそらく他の国とは状況が大きく異なると思います。学生は2年生か3年生の時にインターンを始め、3年生の後半から4年生にかけて就職活動を本格化させます。就職活動のためにできるだけ早く、1年か2年生のうちに留学したいという学生も少なくありません。
しかし、大学としては、その時期に留学させることは難しい場合があります。学問分野の基礎科目の履修が少ない時には、受け入れの大学で希望する専攻や学部に所属できない可能性もあります。就職活動で有利になるかもしれないから、という理由だけでは難しい場合があります。
では、国際センターは、学生たちに海外での学問の追究を奨励するために、どのようなことをすればよいのでしょうか。インターンシップ付きの留学や、半学期ごとの学修機会など、プログラムを多様化するにはどうすればよいのか。慶應での交換留学がそもそもどのような位置づけなのかをもう一度考える必要があります。これは私たちが直面している課題の1つです。学生たちに留学を奨励するのと同時に、彼らの目標に合わせてシステムを調整する必要があると思います。
縦割り組織という課題
三木 私は、キャリアのために海外に出ることは問題ないと思います。学生にとってそれは重要なことですから。
問題はやはり、日本の就職活動が非常に独特だということです。学生は学位を取得する前に就職活動をします。ヨーロッパの学生を見ていると、基本的に学位を取得してから、半年から1年間就職活動をし、その後に働き始めます。
慶應理工の学生を見ると、大学院の修士課程1年目に半年間インターンシップをし、2年目の初めまで就職活動を行います。そしてその後は修士論文研究に取り組まなければなりません。私たち理工学部には非常にインテンシブなダブルディグリープログラムがあります。また、学期単位の交換留学や2、3カ月の短期の交換留学プログラムも多数あります。しかし、多くのプログラムを準備しているにもかかわらず、学生は就職活動のためにプログラムに挑戦するタイミング、時間的余裕がありません。
残念ながら、今の就職活動は産業界にとってローカルミニマム(部分最適)です。産業界は大学から多くの優秀な学生を一括で雇うことができます。そして学生がまだ学位を取得していなくとも、産業界は大学が卒業までに素晴らしい教育を提供してくれると信頼している(もしくは全く期待していない)のです。この就職活動文化は学生の留学の機会を奪っていますが、ローカルミニマムなので変えるのが大変難しい。
また、学生が留学に行かないのは、日本の産業界が他の国ほど学位を評価しないからでもあります。これもまた問題です。
大串 国際センターでは複数のプログラムを実施しています。慶應が直面している課題の1つは、大学の縦割り的な組織にあるかもしれません。各学部がそれぞれ独自に国際化を推進しています。もちろん、それは必ずしも悪いことではありませんが、大学全体で統一された国際化のビジョンを共有することが難しい場合があります。
例えば、国際センターは国際化やグローバル化に関するすべての事項を扱う部署と思われがちですが、国際センターの主な業務の範囲は全塾の学生交換プログラムの運営です。したがって、三木さんが理工学部の責任者として関与されているような、それぞれの学部が運営する交換プログラムに国際センターは関与していません。
国際センターは、慶應義塾の国際化の取り組みの真の中心(センター)とは必ずしも言えません。組織全体としての国際関係のより広い視点を考慮し、各部門が持っている情報や戦略を共有できれば、他の部門の先生方にも「これはいいアイデアですね、私たちにもできるかもしれない」とか「一緒にやってみましょう」といった気づきがあるかもしれません。私たちが直面している課題は、国際化やグローバリゼーションの観点から、縦割り的な制度、システムをどのように共有または解体できるかだと思います。
三木 まったく同感です。例えば、経済学部にはPEARLプログラムがあり、湘南藤沢キャンパスにはGIGAプログラムがあります。これらは学部生向けに英語で授業を提供する国際コースです。私はたまたまPEARLプログラムの学生たちを知っていますが、これらの学生を通じて素晴らしいプログラムだと実感しました。
私は理工学部に将来、国際コースを設けたいと思っています。いい名前を思いついたんです。Global Engineering Education at Keio 通称「GEEK」です(GEEK とはTech Geek やMovie Geekなど、ある分野に極めて詳しい人を意味します)。素晴らしいでしょう(笑)。大学のグローバル戦略を皆で考えたいです。
バンミーター 実はGIGAプログラムと名付けたのは私なんですよ。
2024年10月号
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