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【特集:慶應義塾の国際交流】
中嶋 雅巳:一貫教育校の国際交流
一貫教育校が非英語圏の学校と交流する意義

2024/10/07

  • 中嶋 雅巳(なかじま まさみ)

    慶應義塾志木高等学校・外国語科教諭

はじめに

2023年4月、私は17年勤務した普通部から志木高へ異動した。外国語科という教科特性もあり、普通部ではフィンランド、志木高ではフィンランドと台湾の2つの国際交流に関わる機会を得た*1。これらの国々は英語を母語としないため、生徒たちは互いに外国語である英語でコミュニケーションをとる。英語教員として、また中高の両方で国際交流に関わったひとりとして、非英語圏の学校との交流の意義を考えてみたい。

生徒の英語観・英語コミュニケーション観

普通部も志木高も海外経験のある生徒は増えているように思うが、旅行程度か海外未経験という生徒が圧倒的に多い。彼らは学校の教室で英語を学び、英米をはじめとする母語話者のように話せることがグローバル時代に必要だと考えている。しかし母語話者の基準を絶対視しすぎることには弊害もある。実際、母語話者を前にすると過度に緊張し、相手の母国語に合わせているにもかかわらず、伝わらなければ自分の英語力不足だと決めつけてしまう生徒もいる。結果、英語学習へのモチベーションを失ったり、英語を介したコミュニケーションに臆病になったりすることもある。

こうした懸念の払拭に非英語圏の人たちとの交流が果たす役割は大きい。もし交流相手が英語圏の学校であれば、相手の母語に合わせ我々が英語を使うということになるのが一般的である。しかし、フィンランドや台湾など、非英語圏の人が相手の場合、双方にとって英語は外国語だから対等な立場でやり取りができる。また、非母語話者同士のやり取りでは英語が完璧でないことが前提でもあるため、ミスを恐れず意思疎通を図ろうとする態度も芽生える。これはどのように英語を使っていけばよいのかを中高生が考える上で、極めて価値があると思う。

交流を通じて生徒が気づくこと

フィンランドとの交流に参加した普通部生は、色々な気づきを得ている。英語が流暢なフィンランドの人も発音や文法ミスが少なくないこと。英語教員以外の教職員も、街で会う一般の人も、フィンランド語を知らない自分たちに対しては使用言語を英語に切り替え懸命に説明をしてくれること。自分の発展途上の英語でも伝わること、だから積極的に発信してよいのだということetc.。英語を使ってコミュニケーションをとることに前向きになる生徒がたくさんいた。この手応えはその後につながった。交流後に積極的に授業で発話するようになった生徒もいるし、英語圏以外の国に興味や関心を持つようになった生徒もいる。中には高校生や大学生になって非英語圏へ留学をしている生徒も複数出ている。交流後にフィンランド語を学び、大学生になってかつてのホストファミリーを再訪した生徒もいる。

志木高での台湾との交流も多くの示唆を与えてくれる。2024年7月に台湾の生徒を受け入れた際、志木高生も台湾の生徒も、英語でのやり取りが困難な場面では部分的に漢字を書いて示したり、日本語を英文に織り交ぜたりと、臨機応変に対応していた。漢字という共通点が自分の英語力の不足を補い、「良い英語」を話さなければならないという緊張をほぐす。彼らが見せた、英語のみならず、双方が持つ様々な言語の知識や社会文化的背景を上手に援用し、相互理解を目指す姿勢は、グローバルな社会で多様な背景を持つ人々と接する際には欠かせないものである。

英語が世界共通語であることの意味

英語が世界共通語や国際語と呼ばれて久しいが、その理由は、母語の異なる人々がコミュニケーションを図る際に、最も頻繁に選択される言語だからである。世界中で英語が共有されているため、そこには各話者の母語の影響や言語的特徴が混ざり合い、多様な英語が存在する。この現実を念頭に置くと、母語話者の英語を学習の指標としつつも、それを絶対視せず、様々な英語の変種や英語使用者の存在を前提とし、柔軟かつ寛容な姿勢で相手に応じてコミュニケーションを試みる態度が重要になる。時には使用言語を英語以外に部分的にスイッチしたり、英語でも簡単で単純な言い方に言い換えたりすることも、特に相手が英語の母語話者でない時には欠かせないスキルになるだろう。

非英語圏との交流は、従来の母語話者基準の英語観やコミュニケーション観を参加生徒が見直すきっかけとなる。普通部や志木高のフィンランドや台湾との交流の大きな意義の1つはここにあると感じる。世界共通語である英語を教える日本人教員として、完璧でなくとも自信を持って世界の人たちとやり取りすべきであることを伝え、自らもその姿を示すことで、グローバルな世界で近い将来活躍するであろう生徒たちの一助になりたいと考えている。

*1 普通部と志木高は訪問と受け入れからなる相互交流による国際交流プログラムを複数行っている。普通部はフィンランド・トゥルク市のLuostarivuoren Koulu(ルオスタリヴオリ中学校)、オーストラリアのパース近郊のKolbe Catholic College(コルベカソリックカレッジ)の2校と、志木高はオーストラリア・クイーンズランド州のToowoomba Grammar School(トゥーンバグラマースクール)、台湾・台北市のTaipei Wego Private Senior High School(私立薇閣高級中學)、フィンランド・トゥルク市のLuostarivuoren Lyseon Lukio(ルオスタリヴオリ・ルシオン高校)の3校と交流を行っている。詳細は各校のHPを参照していただきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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