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【特集:慶應義塾の国際交流】
石井 涼子:一貫教育校の国際交流
一貫教育校派遣留学制度──世界にまたがる人間交際

2024/10/07

  • 石井 涼子(いしい りょうこ)

    慶應義塾一貫教育支援センター主務

一貫教育校派遣留学制度の発足

一貫教育校派遣留学制度は、篤志家のご意向をうけ、2012年に当時の長谷山彰常任理事のもと、一貫教育校の生徒を海外の名門ボーディングスクールに1年間派遣するプロジェクトとして発足しました。

派遣先の伝手を探す作業からはじまり、社中のお力もお借りして、米国と英国の12の候補校を訪問しました。どの学校も1年間の留学を受け入れる仕組みはなかったものの、交渉の結果、2014年に米国のTaft School、Deerfield Academy、そして、英国Shrewsbury Schoolへの派遣が決まりました。AFS日本協会など外部団体による高校生の1年間の留学は以前からありましたが、学校主体の派遣留学は国内に事例が少なく、慶應義塾が奨学金を給付し、さらに派遣終了後は原則として留年することなく進級できる制度を設置したことは、日本の高校段階の留学促進に大きなインパクトを与えたのではないかと思います。制度発足にあたり、各新聞社にプレスリリースを送り、数社にニュースとして取り上げていただきました。

英米名門校への派遣

派遣先の学校は、米国Ten Schools、英国The Nineと呼ばれ、世界中から生徒が集まり、卒業生の多くがアイビー・リーグやオックスフォード大学、ケンブリッジ大学に進みます。はたして、慶應の生徒が現地で互角にやっていかれるのか。未踏の挑戦でしたが、1年目から期待を大きく上回る手応えがありました。

渡航直後は、授業の進め方の違いに苦労しても、2カ月もすると授業中に発言をする機会が増えるようで、派遣生からは笑顔の写真が送られてきました。どの学校の授業も、生徒10名程度に教員1名の少人数で、ディスカッション形式で行われ、長文のレポートが課されるなど、複眼的にモノを考える思考力が必要でした。

日本の教育は詰め込み型と批判されることが多いですが、「日本で培った知識のベースがあるからこそ、留学先の授業ではディスカッションの質の濃さ薄さがわかり、相手の意見を理解し、尊重して、自らの考えを発表できた」とのこと。帰国後に提出された何ページにも及ぶ留学報告書から、慶應義塾の一貫教育は海外でも通じる教育基盤を形作っているという確信を得ました。

ボーディングスクールは入試担当者の横のつながりが強いようで、初年度に得た慶應義塾の派遣生の評価が広まり、2015年には高3コースに米国Phillips Academy Andoverを派遣留学先に追加、2019年には中2コースを、2020年に小5コースを設置しました。現在、年間約8名を派遣しています。

留学による生徒の飛躍

留学中、特に中学生、高校生は、人生の大きなターニングポイントに遭遇することも少なくないようです。英国Shrewsbury Schoolでは1人1台、化学の実験器具が与えられますが、思う存分実験ができる環境に魅了され、薬学部に進学した生徒がいました。弁護士の塾員と出会い、国際弁護士になることを決めた生徒もいました。アートに目覚め、そこから建築の道に進んだ生徒も。

毎年7月に実施する留学報告会では、留学前の少し不安げな表情から打って変わり、まるで国際社会で活躍するビジネスパーソンのような堂々とした発表が行われ、ある保護者の報告書には「(息子は)私を超えました」と記載がありました。私も同感です。10代の留学は、たった1年でこんなに飛躍するのかと、毎年感嘆し、このプロジェクトに関わることができる喜びを感じています。

留学先への波及効果

この制度は、留学に行った生徒個人の飛躍につながるだけではなく、「波及効果をもたらす」ということが狙いでした。当初は、留学から戻った生徒が得た知見を担任の先生や周りの生徒に話し、校内の活性化につながればという範囲でしか見ていませんでした。しかし、驚いたことに、波及効果は留学先にも広がっていました。彼らは「1年しかいない留学生」ではなく、「1年しかいなかったとは思えない留学生」として、留学先のコミュニティに寄与していました。

留学先でジャパン・ソサエティを作ったり、水泳やアイスホッケーの試合に貢献したり、数学オリンピックでチームを優勝に導いたり、あの立派な英国のWinchester大聖堂でピアノを弾いたり。Winchester Collegeのモットー(Manners makyth man)と福澤先生の言葉を比較調査し発表をした生徒もいました。たった1年の留学だからこそ貪欲に挑戦し、彼らが邁進する姿が、周りを惹きつけるのかもしれません。日本に帰国した後も、留学先の先生方や友人たちが、彼らを訪ねて日本に遊びにきており、慶應の生徒との関係を大切にしてくださっていると感じます。

派遣校との交流

いくつかの学校は、日本で卒業生・現役生とその家族が集うイベントを実施しています。Winchester Collegeは今年はじめて東京でイベントを開催し、慶應の生徒がWinchester での留学体験を紹介しました。また、今年4月に行われたPhillips Academy Andoverのイベントは一貫教育支援センターも参加し、私も慶應との交流についてスピーチをする機会をいただきました。米国のFay SchoolやEaglebrookに留学をした生徒は、日本に戻ってきてから、現地の生徒の日本ツアーを手伝ったりもしています。

慶應の代表として、派遣留学生1人ひとりが、留学先にいかに足跡を残してこられるか。日本には、慶應という学校があるんだ、慶應って面白そうだな、と少しでも印象を残してきてくれたらと願っています。そして、いつか派遣留学先の学校から慶應義塾大学や大学院に進学した生徒がいるらしい、と風の便りを聞くことができれば、と。

世界へ広がる「人間交際」

2014年度に始まった本制度は、2024年度に10期生を送り出しました。高校で派遣留学を体験した卒業生が毎年夏に自主的に集まり、お互いに近況報告をしています。地域の総合医療に取り組む医師、建築の道に進み海外の大学院に進学をした研究者、第一線で働く弁護士や会計士、パイロットとして航空会社に就職したり、脳波技術を用いたスタートアップ企業を設立した卒業生も。高校卒業後に再び留学することも多いようです。

その行き先も、英国、米国だけでなく、カナダ、イタリア、フランス、北欧と多岐に渡っています。今後も慶應義塾と留学先の友人や恩師とのつながりを大切にし、彼ららしい、いわばハイブリッドな関係を構築して、世界を舞台に活躍していくことを大いに期待しています。

一貫教育校派遣留学制度は、福澤先生の言う正に「人間交際」そのものです。

2023年9月 一貫教育校派遣留学制度10 周年を記念した定例会

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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