【特集:海のサステナビリティー/小特集:幼稚舎創立150周年】
平井 和也:すべての人の海洋リテラシーを育む
2024/06/05
海洋教育の教材開発と実践
海研では2005年をスタートに、MAREを全国のいろいろな場所で実施した。ローレンス科学教育館で海の研究者と教育者がタッグを組んで、しっかりと練って開発されたMAREは、教材としての質が相当高いと感じていたが、その感覚通り子どもたちからの反応はすこぶる良かった。先生がたからの評価も高かった。
そこで海研では、MAREに組み込まれた科学教育教材開発の手法と教育理論を用いて、より日本の地域性に沿った海の学習に使える教材の開発を始めた。最初に着手したのはサンゴ礁について学ぶ教材で、ローレンス科学教育館に倣って研究者と教育者とでタッグを組み、6つの教材からなる「サンゴ礁学習プログラム」を開発した。
その中の1つに「サンゴのテリトリーウォーズ」がある。サンゴたちが環境ストレスとどう関係して成長したり衰退したりするか、最終的にサンゴ礁がどういう状態になるかを、カードゲームを通して実感するプログラムである。これを沖縄に修学旅行に来る前に学校で実施してもらおうと働きかけ、さすがに全学校には無理であったが、今でも継続して実施している私立の高校もある。
海研では、さらに、暖流の黒潮と寒流の親潮に影響される日本の海の特徴を学べるオリジナル教材の開発にも着手した。その1つが磯焼けをテーマにした「燃えるロッキーショアを守れ!」で、海の変化によって海藻とウニの磯での生態系バランスが崩れていることを知り、その中で健全な漁業を行うにはどうすれば良いかというテーマでのシミュレーションプログラムである。実際の漁師たちにも体験してもらったが、実感値があると非常に盛り上がった。サンゴ礁の海・暖流の海・寒流の海を合わせて14のプログラムがあり、これらの総称をPoseidon(Program of study encouragement,inquiry, diversity and ocean)とした。
軸足を東北での活動に
MAREの実践で何度も訪れていた宮城県南三陸町が2011年の東日本大震災によって大きな被害を受け、その復興活動に携わるために筆者は2013年から活動の場を同地に移している。復興事業の1つとして環境省が取り組んだ国立公園のプロジェクトに海研として関わったことから、南三陸・海のビジターセンターと石巻・川のビジターセンターの運営を担うことに至った。現在はこれを拠点として、海だけではなく様々な自然と親しむ事業(フィールドミュージアム事業)を実施している。
環境省のビジターセンターは、国立公園を訪れる方への自然情報発信や自然を大事にする意識啓発を図るための施設であるが、多くの人の来訪を促したいものでもあり、多分に観光に近い活動となる。昨今はワイズユースと称され、国立公園の持続可能な利用の増加が見込まれてきているが、むやみやたらな誘客は逆に自然や地域にダメージを与える。また観光本来のその地域の力を感じて憩いや充足感を得る視点が薄れれば、昨今問題が認識されてきているオーバーツーリズムにもなりえるだろう。このバランスを図り、持続可能な地域の維持発展を図ることが重要で、エコツーリズムの仕組みがそこに有用である。自然や地域を楽しみながらその摂理を学び、大事にする意識を涵養して社会づくりにつなげる取り組みであり、沖縄時代に県エコツーリズム推進のNPO事務局を担ってきた経験を活かして、これを震災からの復興に組み込んできた。
しかしながら、“学ぶ” “理解する”といった堅い構えから入ったのでは来られる方も限られる。面白くなければ参加しないし、身にも残らない。ワクワク感、笑いが求められるが、表面的なレジャーで終われば、結局充足感にはつながらない。こういったことを踏まえて、活動するエリアを「遊びが学びに変わる場所──戸倉北上ネイチャーパーク」と表現して、そのコンセプトで森・海・川・里の様々な要素を活かす企画を催し、自然・地域と人との距離を近づける事業を進めている。
次世代に負の遺産を残さないために、海を見る
この活動の中に、沖縄時代から続ける水辺の清掃活動がある。海はビーチクリーン、川では砂州クリーンと呼び毎月1回実施しているのだが、この25年間そのゴミは減るどころか増える一方だと感じる。ここ数年で、やっと海洋プラスチックゴミ問題が社会課題としてフォーカスされてきたが、増え続けるゴミを目の前にすると遅きに失した感は否めない。
周知の通りのSDGs、その目標の14は“海の豊かさを守ろう”となっているが、それを達成するための具体的なターゲットまで気にされている人は少ないだろう。SDGsのゴール14のターゲット1は“2025年までに、陸上活動による海洋堆積物や富栄養化をはじめ、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に減少させる”となっているが、現場を見ているとあと2年でこれが達成できるとは思えないし、社会が本気でこのゴールを目指しているとも思えない。
海洋ゴミが一番わかりやすいが、海は人間活動の全てを最終的に受け取り飲み込んでくれている環境であり、だから海は人間が自然と調和した活動ができているかどうかのバロメーターになる。現在の海洋ゴミの状況は、調和しているとは言い難い。ほかにも温暖化の影響や、水産資源の枯渇も如実に現れてくる場所であり、海の状態を把握することは非常に重要な取り組み、人間活動の評価につながるものとなる。
現時点での人間に対する自然・地球からの評価は良いものとは考えづらく、これを次世代に残していくことは負の遺産とも言える。これを少しでも健全なものとしていくため、できているかどうかを知るために、より多くの方が海の変化を見て海を身近に感じられる社会を作ることが必要と認識している。
最後になるが、国連教育科学文化機関UNESCOでは、2017年12月の国連総会にて、海洋科学の推進によって持続可能な開発目標(SDG14「海の豊かさを守ろう」等)を達成するため、2021-2030年の10年間に集中的に取り組みを実施するとして、「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」を採択・宣言した。目指す社会的成果として、①きれいな海 ②健全で回復力のある海 ③持続的に収穫できる生産的な海 ④予測できる海 ⑤安全な海 ⑥万人が利用できる海 ⑦心揺さぶる魅力的な海が掲げられている。
海洋にフォーカスされたこの国際的な取り組みについても、万人が知るものとしていくことが望まれるし、筆者及び海研は、その啓発活動をこれからも続けていくことになるだろう。
〈参考文献〉
* 小熊幸子(2016)「日本における海洋リテラシーの普及に向けて」OPRI Perspectives No.16
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年6月号
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