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【特集:共に支え合うキャンパスへ】
座談会:「誰ひとり取り残されない」協生を考える

2023/03/07

大学から社会に向けて

奥田 大学と社会との関係で言えば、どういう発信をすべきか考えなければなりません。慶應義塾としてはどのようなやり方で、ダイバーシティの取り組み、あるいはコミュニティづくりについて発信していくのがよいでしょうか。

岩橋 学生がやっていることへのエンパワーメント、エンカレッジはすごく大事です。そして、いろいろな実践をしている人たちの経験を、どうやったら共有できるかはすごく大事です。例えば学生なのにこんなこともできちゃう、といったグッドプラクティスみたいなものをメディアでも取り上げがちですが、実はそこにいる人たちにとって、生きるヒントになるのは、食堂で「ちょっと教えて、何であんたはそんなに上手くいってるの」というような、ちょっとしたコミュニケーションなのではないかと思います。

公衆衛生の領域だと「ポジティブデビアンス」(ポジティブな逸脱)と言ったりしますが、飛び抜けた業績でもない、本人にとっては別に普通なのに何でこんなに上手くいっているのだろうという人たちの声を上手く拾う。そういうものを見つけるきっかけとしてのコミュニティ、カフェができるといいのではないかと思っています。

ダイバーシティについては、他の大学のほうが進んでいる事例はたくさんあると思います。一方で、他の大学の教職員の人たちからは、慶應が動くことにすごく期待しているという話をいろいろなところで聞きます。

ある大学の学生に聞いた話では、ダイバーシティに関しての居場所があることが、その大学を選ぶ大きな理由の1つになったということでした。そういう話が出てきていることはすごく希望が持てるのではないかと思います。

私は当時、時代が違って結構三田できつい思いもしたけど、若い学生にはもっと楽しい空間がここでできて、そういう声が慶應でもたくさん聞けるようになったらいいと思っています。

奥田 受験生が大学を選ぶ時に、慶應義塾では自分を受け入れてくれる、自分の居場所があると思って受験してもらえることが理想ですね。

慶應義塾の理念に立ち戻る

清水 慶應が他大学より取り組みが遅れていると言われていますが、理工学部のワーキンググループの中で議論した時、慶應にいる人たちは、もともとお互いを尊重するような空気の中で生きていて、決して差別をしないし困っている人がいたら助ける雰囲気があるから、制度をわざわざつくらなくても上手く回っていたのではという話になりました。

もう1つ、ワーキンググループで気付いたことは、慶應義塾の理念、福澤先生の言葉を読み返してみると、ダイバーシティ、インクルージョン、エクイティに関係ある言葉ばかりが言われている。そこの部分が世の中にきちんと伝わっていないのではないか。

「天は人の上に人を造らず」の部分だけではなくて「人間交際」もそうですし、「多事争論」とかいろいろな言葉があって、現代版DEIを、福澤先生の言葉を再解釈する観点で考えてみたら、皆が納得するようなものが生まれてくるのではないかという意見が出ています。

今、ワーキンググループでは、SDGsになぞらえてKeiDGsという名前を付けて行動目標にまで落とし込むようなものができたら、塾内外に広めやすいのではないかと考えています。慶應はこういうことをやっていると、内部の人にも、卒業生の方々にもわかりやすく伝えられるのではないかと。

社会に向けての発信というとやはり関心を引き付けることが大事で、少し大げさな宣伝も必要だと思います。その時に福澤先生の言葉を借りるのは、慶應としてはありなのではないかという議論もしています。

田中 私も福澤先生の言葉、フィロソフィーはすごく大事なことと思っています。ダイバーシティ&インクルージョンと言うと、みんな違ってみんないい、だから何でもいいみたいに取られてしまうこともあるのですが、特に組織においては最低限の共通の規範を大事にした上でのものだと思います。

慶應義塾だったら、独立自尊など学校のフィロソフィーに共感して同じ学び舎で学んでいる学生だと思うので、慶應義塾で学ぶとはどういうことかを再確認するということです。

大学にいる間に違いを学ぶこともすごく大事です。パッと見たところ共通点があるわけではない学生が集まれる場所や機会も大事だと思います。一見困難に見えても結局、学びの場として慶應義塾を選んだという共通点がある。その点で何かしらでつながっていけるということが希望としてあります。そして、外に対しても慶應義塾のフィロソフィーをアピールしていくこともすごく大事なことだと思います。

奥田 ダイバーシティ&インクルージョンとは、異なる背景や価値観を持っていても、その違いが歓迎され、同じ仲間であるということ。ビロンギングという言葉もよく使われます。帰属という意味で、自分がそこに所属しているという意識のことです。そこが慶應義塾の場合はプラスアルファで何かあるのではないでしょうか。

清水さんが話した、私たちは何もやって来なかったわけではないというのはその通りだと思います。

杉田 おっしゃる通りで、僕が大学生の頃もすごくいいサポートがたくさんありました。その人たちの思いは、たぶん何も変わらない。僕は社会人になった時、自分できちんと稼ぎたいという思いがすごく強かったんです。お金を稼ぐことに関して障害なんて関係ないということを自分が示したいと。

障害があるけど勉強したいという人がいた時、慶應には支援室があるから大丈夫というのはとても重要なことだと思います。やはり外に発信していくのはとても大事です。

何がいいアイデアかと言われると、車いすを用意して、皆で三田キャンパスを漕いで動いてみるかとか、そんなアイデアになってしまう(笑)。それでも10年後に、あれをやった意味はこういうことだったのかと学生は気付くこともあるのかなと思います。

先導者として未来を描くには

奥田 慶應義塾には、全社会の先導者になるという理想があります。大学のキャンパスもまた、先導の場として未来の社会の縮図となるように塾員の皆さんの力も借りながら、さらなる協生環境推進に努めていきたいと思います。その縮図をつくるためにどのようなコミュニティ、どのような協生環境を目指すべきでしょうか。皆さんから最後に一言ずつお願いします。

田中 学生には希望を持って社会に出てもらいたいなと思っています。正直なところ最初からすべての人にとって完璧に満足のいく環境はないと思います。でも、例えば何か問題があってそれを変えたいとなった時に慶應義塾が、制度を含め実際に自分たちの力で変えられる場であるのだ、という安心感が、社会に出た時に何か問題が起きても、自分は声を上げていけるということにつながっていくと思います。

どうよくしていくかという話も大事ですが、前提として、1人ひとりの声に耳を傾け、変化していける慶應義塾であってほしいと思いました。

岩橋 いろいろな立場の人たちが集まるところでは、ただ集まるだけではズレとか立場の違いが見えれば見えるほど、いろいろな違いで傷ついたりすることがあると思います。どうやってその場の心理的安全性を守るか。ですからそういうところでファシリテーショ ンをしっかりするシステム、ファシリテートする人をつくる必要がある。そうでないと、逆にみんな違ってみんないいけど、誰にも役に立たないような形になってしまうと思うのです。

杉田 清水先生のおっしゃられた、慶應はもとからそういう文化だったというのは本当にそうだなと思います。ただ、受験生や外部に、それがどれぐらい広まっているかというと、また違います。外へ出て、あらためて慶應は居心地が良かったなと思う。だからこそ外でも頑張ろうと思えるのかもしれないのですが、そういう場所であり続けていてほしいですし、こういう活動は、もっと出していってよいのではないかと思います。

清水 今日お話を聞いて、教員がやるべきことはたくさんあると大きな宿題をいただいた気がします。学生に多様な経験をさせることがまだまだ足りていないと思いました。大学に入ったら、突然偉い教授が教壇の遠くのほうに立っていると思われているのかもしれない。学問だけではなく、様々な社会の問題、話題も話しやすい雰囲気をつくらないといけませんね。そうすると自然と居心地が良いキャンパスになっていくのかなと思います。

マイノリティになる経験をさせるようなセミナーなどもありかと思います。私は妊娠中お腹が大きくなって、初めてバスや電車に手すりがあるのが有り難いことだとわかったのですが、そういうことは自分が経験しないとわからない。そういう機会を少しずつ学生に与えるのは、大事だと思いました。

奥田 慶應での学びは正課と課外が両輪を成しているので、正課の中でも、多様性が経験できるような教育ができればと思います。

「変えられる場である」ことはまさに大事で、それを誰もが体験し、自分たちの力で変えることができるという自信を持って社会へ巣立っていくことが理想ではないでしょうか。

岩橋さんが、いろいろな人が集まってくるとファシリテーターが必要になると話されましたが、そういうファシリテーターの姿から学び、同じ役割を担うようになってもらいたい。今後はそういうリーダーが求められるのかもしれません。ただ先導するだけではなく、多様な意見をまとめることができる。それが、居場所としてのキャンパスとつながると思いますし、誰にとっても過ごしやすくなる。そんなところも大事にして発信していきたいと思います。

本日は有り難うございました。

(2023年1月28日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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