三田評論ONLINE

【特集:共に支え合うキャンパスへ】
隅田英子:競争から協生へ ――グローバル社会で認められる学塾を目指して

2023/03/07

  • 隅田 英子(すみた ひでこ)

    慶應義塾グローバル本部事務長兼協生環境推進室課長

義塾で国際連携に関わっているが、大学間の国際連携は如実にその時代の潮流の影響を受ける。バブル期には、欧米のトップ大学が義塾に来訪し交流したいと言ってきたが、日本経済が低迷し始めると、一斉に中国の大学との交流を深めて行った。現在、安全保障上の問題が顕在化する中、振子の針が戻るように欧米大学の日本への関心が高まっている。

義塾は、いくつかの大学国際連携ネットワークに加盟しているが、そこでの議論は、日本国内より少し先んじた話題や議論となっていることが多く、今後、社会がどうなっていくかの予兆を感じとる場でもある。以前は、各大学は、自大学の教育や特に研究活動の「強さ」をショーケースとして発表することが多く、世界のトップ大学ではこんなこともやっているのかと驚き、また、そういう情報をなんとか塾内に届けなければと思うことが多かった。ところが、いつしかそういった競争の論調からDiversity, Equity & Inclusion(DEI)を意識する発言が増え、それに連動してネットワークでの活動も変化している。

一例をあげよう。環太平洋の研究重点大学のネットワークのAPRU(Association of Pacific Rim Universities )に義塾は加盟しているが、そこでは、毎年、学長レベルの会議を筆頭に、色々なレベルでの会議やイベントが開催される。そこで、女性教員・研究者の処遇において何らかの手を打たないと、という声があがった。日本の大学でも、学長等の役員、そして研究者でも教授などの上級レベルとなればなるほど女性の数が少ないというのは、義塾に限らず多くの大学での課題であるが、筆者の目には、ハーバード、ケンブリッジ、オックスフォード大など、欧米のトップ大学では、既に、女性の学長がリーダーとして、輩出されており、ジェンダー不平等の問題は、もうかなり解決されているのであろうと思いこんでいた。

APRUメンバー校の、北米西海岸、豪州やニュージーランド、香港の著名大学のメンバーから、そういった問題提起の声があがったことに正直違和感を持ったが、よく話を聞くと、子育てなどでキャリアを中断するリスクが高い女性研究者は、到底、男性研究者と平等な土壌にはなく、その結果、昇進その他で不利益を受けており、女性研究者自身で意識を持ってキャリアパスを作っていく必要性があるという。それを受けて、APRUに、Asia Pacific Women in Leadership(APWiL)というプロジェクトが発足し、その試みとして、メンバー大学間からそれぞれメンターとメンティーを推薦し、事務局がマッチングを行い、1年間、オンラインでメンタリングを実施するプログラムが提供されることになった。このプログラムに初年度から義塾は参加し、義塾からメンターとして参加した協生環境担当の奥田常任理事の声がけで、今年度2022年度からは、慶應の中でも慶應の女性教員のための、メンタリングプログラムを試行することになった。女性教員同士がつながりネットワーク化して、互いのキャリア形成を支援するという全く新しい発想の取り組みである。

国際教育でも海外の大学から学ぶことは多い。学生交換留学を義塾は熱心に実施している。その経験者が卒業後、世界に羽ばたき活躍している姿を海外の三田会などで知ることがある。事務局の一員として学生交換の運営サポートをした経験を持つ身としては、嬉しいことであるが、学生交換も、伝統的には、少数の優秀な学生を選抜し海外のパートナー大学に派遣する。つまり、競争を経ての派遣という発想であった。それはそれで意義があるが、海外の大学からは、交換留学で、特別対応が必要な学生、例えば、定期試験の際に、通常より長い時間を必要とするため個別の試験時間を認めている学生を交換留学生として受入れてもらえるか、というような問合せがかなり前から寄せられていた。併せて、そういう対応に関して、派遣元大学のガイドラインなどが送られてくることがある。国によっては法令で対応が義務付けられている様子も伺われることもある。

国連が推進するSDGsを意識する声は世界の大学でも高まっており、大学の社会的役割とその存在意義を問う声や議論が世界の大学内部でも活発である。これまで大学にアクセスできなかった、分断された層に対しても目をむけ、大学が自らこれまでかかわってこなかったコミュニティーや地域に出て行き、修学の機会を提供していることも多い。まさに競争から協生へという流れである。こういった潮流を察知し、的確な対応ができてこそ世界で尊敬される学塾と言えるようになるのだと痛感している。

〈注〉

*  米ではこの対応をacademicaccommodationと呼んでいる。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事