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【特集:共に支え合うキャンパスへ】
髙山緑:コロナ禍を経て、学生相談・学生支援を考える ――学生相談室の視点から

2023/03/06

  • 髙山 緑(たかやま みどり)

    慶應義塾大学理工学部教授、学生総合センター学生相談室長

新型コロナウイルス感染症の世界的なパンデミックから3年が経った。感染症の収束は見えないが、キャンパスライフを取り戻すために、慶應義塾大学では2022年度は多くの授業が対面に戻り、サークルなどの学生団体の活動も再開している。学生相談室もキャンパス閉鎖直後の一時期、三田・日吉キャンパスでの電話相談対応のみになったが、今では、4キャンパス全ての学生相談室が開室し、個別面談の多くは対面に戻りつつある。

世界的な感染症のパンデミックの体験は、学生相談室の機能や役割を見つめ直し、学生の心の健康や、学生生活への適応、心の成長や発達を支援するためにやるべきことをあらためて考える、大きな契機にもなった。

学生総合センター学生相談室

高等教育機関である大学は教育と研究の場であるとともに、学生が成長する場でもある。学生は仲間や教員、職員との交流を通じて、心を豊かに成長させ、1人ひとりの学生がその人らしい人格を形成していく。そのプロセスの中で、時には学修や研究に行き詰まりを感じることもあるし、仲間や教員との間に軋轢や葛藤を感じ対人関係に悩むこともある。自分らしさを見つけられずに、焦燥感と不安に襲われることもある。学生相談室は学生生活を過ごす中で、学生が直面する問題やストレスについて相談を受ける。カウンセラーは学生がそれらに向き合い、学生自身が乗り越えていくプロセスに寄り添う。そして専門的な支援や助言を通じて、学生の心の成長を支え、社会へ巣立つ学生の営みをサポートする活動をしている。

現在、学生相談室は三田・日吉・矢上・芝共立の4キャンパスに設置されており、臨床心理士や公認心理師の資格を持つカウセラーが常駐している。また、学部・研究科・研究所等に所属する大学教員も兼担カウンセラーとして、相談室の活動に関わっている。

学生相談室の利用者数は年により多少の変動はあるが、ここ数年(コロナによる閉室期間のあった2020年度は除く)、毎年1000名を超える利用者がいる。年間の面接延回数は2021年度には7000回を超え(コロナ前の約1.4倍)、今年度も12月時点で6000回に近づいている。利用者の約7割は学部生で、1年生から4年生まで偏りなく利用者がいる。大学院生の利用者も少しずつ増加傾向にあり、利用者の15%ほどにあたる。学生のことに関する相談であれば、教員・職員、学生の家族も利用できる。学生相談室の利用者の15%程度は、ゼミや研究室の教員、学生支援に携わる教員・職員、そして学生の家族である。

学生相談室の利用から見えてくる、求められる学生支援

コロナ下の2年目、3年目に学生相談室が受けた相談内容は多岐にわたるが、割合として多いのは学生相談室が「心理」相談と分類している相談である。友人や家族との対人関係、心理的不調、発達障害(自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)など)、性の多様性(性的指向・性自認・性表現)などで、全体の5割程度を占める。次いで、履修や原級・休学、ゼミ・研究室、学業・研究など「学業」に関する相談が全体の3割ほどある。そして専攻の決定、進路変更、適性、就職、大学院進学など「進路」に関する相談が1割程度ある。

対人関係と、不安や抑うつなどの心理的不調の相談が多いのは全国の他大学の学生相談でも、同様の傾向が報告されている。また、発達障害や性の多様性に関する相談が増えている点も全国の他大学と共通している。相談室が受ける相談内容は年々、多様化、複雑化している。そしてこの傾向はコロナ下でも一貫していた。

一方、学生相談室へ来室するきっかけとなる悩み事・相談内容(主訴)の背景には、本人が自覚しているか、否かにかかわらず、より本質的な課題・問題があることが多い。カウンセラーは相談の背景に、どのような本質的な問題・課題があるか、見立てをする。相談内容の約3割はストレス状況が背景にあり、約2割は自分らしさやアイデンティティの形成に関する青年期の発達課題と関係する。また心身の多様性、精神病理学的な問題が背景にある相談もそれぞれ1割ほどある。

学生の主訴の傾向を見ることは、今、学生がどんな問題に悩んでいるかを理解するのに役に立つ。

コロナ1年目、学生相談室には教員、職員、学生の家族から学生の心の不安定さやストレスを心配する声も寄せられた。学生相談室では5、6月に、「学生の感じているストレスや不安について―教職員の皆様へ」(2020年5月1日発行)、「オンライン授業についての困りごと―教職員の皆様へ」(同年6月10日発行)と題した資料を作成し、大学執行部、学部長・研究科委員長に共有した。これはWebサイトにも掲載し、今、学生が直面している不安やストレスをどう理解し、周囲が対応することができるか解説している。学生が抱えている問題を匿名性のある形で発信し、学内で共有することも学生相談室の役割であろう。

ストレスのヘルスケア

一方、カウンセラーの見立ては、大学の学生相談・学生支援が今後、何を考えていくべきか、いくつかの示唆を与えてくれる。第1に、学生自身がストレスのメカニズムを理解し、ストレスに対するセルフケアの方法を身につける機会を学内で創出することで、メンタルヘルスの悪化や不適応の予防をする可能性を高められるかもしれない。生活の中でストレッサー(ストレス状態を引き起こす要因)をゼロにすることはできない。しかし、ストレッサーに直面し、ストレス状態が引き起こされても、それに適切に対処して、しなやかな回復力、すなわちレジリエンスを身に付けられるようになると、学生はもっと軽やかに伸びやかに新しい挑戦ができるようになるだろう。 

学生相談室のWebサイトには、ストレスのセルフケアの資料を掲載している。関心のある方はぜひご覧いただきたい。

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