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【特集・コロナ危機と大学】
座談会1:コロナ危機が教育・研究・国際交流にもたらしているもの

2020/08/06

研究活動への影響

青山 今度は研究について伺いたいと思います。教育と研究は人財育成のための車の両輪であると言えますが、研究のほうもキャンパスが閉鎖になり、研究活動がほとんど止まってしまいました。最近になって、段階的にキャンパスが開いて、研究活動も少しずつ元に戻りつつありますが、それもキャンパスによって状況は異なると思います。研究連携推進本部長の鈴木さんから、これまでの状況および現在の対応状況をご説明いただければと思います。

鈴木 キャンパスが閉鎖されたのが4月7日でした。それからしばらくして青山常任理事から研究再開の可能性を検討して欲しいと言われました。研究連携推進本部でどのように対応をしていくかということで、手探り状態でやってきました。私と副本部長2名、医学部の武林亨さんと文学部の山本淳一さん、それから学術研究支援部の伏見知行部長ら7人で、ウェブ会議を続けました。

武林副本部長は公衆衛生が専門でしたので、コロナ自体の知識や今後の状況予測を皆に説明していただきました。一番印象に残ったのは武林さんが「これから1年間まったく研究ができないことも覚悟しなければいけないのでは」と言われた時でした。また保健管理センター職員で感染症が専門の當仲香さんからは「このようにすれば、キャンパスに少しずつ入れるのではないか」とずいぶん助言をいただきました。

閉鎖中はキャンパス内に人がいないわけですから、そこに10名、20名が入っても安全だろうというところからスタートして、段階的に入れていくことや、どのような安全対策が必要かなどを徹底的に話しました。

また東大、東工大や早稲田などとも情報を共有し、もちろんキャンパス間、藤沢や信濃町と頻繁に連絡をとって状況を把握しました。医学部は逆にコロナだからこそ研究をやらなければいけないという先生もいました。一番感染リスクが高かった時期でも、医学部の20%程度は稼働していたと聞いています。

しかし、矢上キャンパスの稼働はゼロでした。青山さんも私も実験系ですが、鉄の塊がないと何もできないような人たちが、矢上には半分ぐらいいます。まずわれわれのグループでやったのは、全塾で、困っている人が誰かを知ることです。教員もそうですが、博士課程の学生は特に困っているわけです。3年生なのに「来るな」と言われて、「どうしても入れてほしい」とメールが来たりしました。

6月になり、少しずつ落ち着いてきたので、段階的にキャンパスに入れていくようにしていきました。矢上は入り口が1つなので管理が容易だと思いました。IDカードで入退室を管理したり、体温を測ったりしています。岡田英史理工学部長が大変苦心して、一部屋に何人までと細かく規定を作ったお蔭で、6月1日から事実上閉鎖を解除しています。

三田は、学部がたくさんあるので、まだいろいろ調整していると聞いています。新川崎、殿町、鶴岡などのタウンキャンパスも装置、設備がありますので、その場にいないと研究ができない。そこで責任者の青山さんの下に、私は現場サイドでいろいろなルールを作って、今動いているところです。

青山 キャンパスによって様子が違うのだと思います。各キャンパスで研究活動を再開するにあたり、どう取り回していけばいいのか、どういうガイドラインが必要か。そのあたりは研究連携推進本部のほうで何回もウェブ会議を開いていただいて、詰めていただいたわけです。

教育にも絡みますが、やはり大学院の修士課程、博士課程ですと、学位を取るための研究が止まってしまう。また例えば国際会議も中止になる。ジャーナルは投稿すればいいので動いてはいると思いますが、国内外の学会活動も止まっている。そういった状況で一定の研究成果の公表が要求される修士課程や博士課程の学生はつらいところがあると思います。矢上は修士課程の学生が多いですからね。

鈴木 現在、矢上では、人数をかなり制限して、修士の学生だけではなく、学部4年生もキャンパスに入れることになっていますが、4月、5月あたりはかなり悶々としていた感じがします。

私も副査をやりましたが、博士の審査もウェブで意外とうまくいき、あまり苦情も来ていません。もちろん国際会議には行けませんが、オリジナル論文などはもともとメールでジャーナルとやり取りをしていますので、丸2カ月つぶしたというだけで、軽い傷で済んでいると私は思っています。

事務システムの効率化へ向けて

青山 SFCの研究活動についてはどのような状況でしょうか。

國領 SFCにはいろいろなタイプの研究室があるので、タイプ別に影響の受け方が大きく違うことが特徴ではないかと思います。今の話と同じように、器材がキャンパスにしかないので何もできないというタイプの学生もいます。また、この数年間デザイン系でものづくりをしたい人が多くなっているので、そういう人たちがやりたいけど上手くいかないという悩みもあります。

一方で、SFCはソフトウェアにかかわる研究が多いので、システムにアクセスを確保できると、家でも結構できてしまう人も多い。

人文科学、社会科学系ではまた話が違ってきます。私の分野はほとんどのデータはオンライン上に存在しています。しかし、何ができないかというと、フィールド調査ができません。ですからキャンパスというよりは、キャンパスの外に出かけていって取材したり、データを取りにいくことができないことが大きな悩みです。

このように「全く問題ない」という研究室と、「大変な問題だ」という研究室とで、ずいぶん分かれたのがSFCだったように思います。

一方、研究契約ができないという問題があります。

鈴木 おっしゃる通りです。

國領 若手の人たちを特任助教で雇ったりしているので、彼らの生活に直結しており、契約ができないこと、また支払いの精算が滞ることは大問題です。私自身、4月に「これ以上は入金しないと先に進めない」とおっしゃる香港の会社とやり取りをしました。大学の経理が動かないので、個人的に銀行に行って立て替え払いをしようとすると、麻薬取引でもしようとしているのかと疑われる(笑)。3時間ぐらい銀行でうろうろするはめになりました。

この時にIT担当として、印鑑をなくして電子契約を進める作業をしないとだめだとつくづく思いました。青山さんは実感されていると思いますが、稟議システムの電子化は4月に稼働して間に合いました。起案してから決裁するまでの時間が、今まで平均17.2日かかっていたのが電子化したら5.9日に減りました。

これはケガの功名みたいなところがあって、今までなら慣れていただくのに3カ月ぐらい取っていたところを、在宅を強制されたので塾長・常任理事全員にいきなり「このiPadを家に持って帰り、家で決裁してください」としました。

今までなら矢上で起案したものを塾内便で三田に送り、「青山さんが出張なので、今日はだめです」と秘書さんたちが、うろうろしていたものを、今はシステムが自宅まで追いかけて、「決裁まだですよ」と催促する。このような状況をつくったことでスピードアップしました。

しかし研究系の契約や精算については間に合いませんでした。そこで今年度中に経費精算のシステムは、全部オンライン化しようと準備を進め、動かしたいと思っています。

契約が6月にずれ込んだので雇えなかった助教の人たちが、矢上だけで相当数いるのではないでしょうか。これは残念なことだと思います。このあたりのことを、いかに慶應義塾を21世紀に連れてくるかが非常に大きなポイントだと思っています。

青山 コロナ禍が1つの大きなきっかけとなって、事務システムが加速したということですね。稟議システムは確かにすごくて、絶えず追いかけてくるんです。放っておくとメールの受信ボックスが、稟議の依頼メールでいっぱいになってしまうので脅迫感もあります(笑)。

今、助教の話が出ましたが、有期契約助教は基本的に3年間で、その間に研究成果を上げるという方々が沢山いらっしゃる。コロナ禍で研究ができなくなる方がおられると、これは非常につらいところです。これが長引くと、この問題についても配慮しなくてはいけないかなと思います。

コロナ禍での国際交流

青山 次に国際交流、国際連携について見ていきたいと思います。教育も研究も国内のみならず国外の大学も同じようにコロナウイルスの影響を受けています。そのあたりの状況と、慶應が今、どのように考えているかを、隅田さんからお話しいただければと思います。

隅田 全学の学生交換に加え近年、学位を取得する留学生や交換留学生だけでなく、より多くの多様な留学生を義塾として受け入れようという方針の下、例年、1月末から2月の一般の授業が終わる時期に、国際センターでは短期プログラムで留学生を数週間受け入れています。一方、春休みや夏休み期間中には、塾生を数週間欧米や最近ではシンガポール等の海外の大学に派遣する短期派遣プログラムも実施しています。その春休み期間中のプログラムに参加中の学生たちがもろにコロナの世界的流行の時期に引っかかってしまい、結構大変な思いをしました。

一番心配したのは、フランスのパリ政治学院というグランゼコールのプログラムでした。それに参加していた学生は、フランスのマクロン大統領が突然国家レベルでのロックダウンを宣言したので、その日からすべてが止まってしまいました。政治学院の担当者からこちらにメールで「フランスは大統領の命令でロックダウンになりました。皆、家に帰ってください。私たち、大学の教員も職員も今後キャンパスに行くことはできません。今日でこのプログラムは終了です」と言われ、その時は本当にヒヤヒヤしました。

学生に連絡を取ると、最初は「まだプログラムで授業しか受けていないし、パリ市内の観光もできていないから残りたい」と言っていましたが、週末、誰もパリの街に出ていない様子を見て、さすがに慶應の学生は非常事態であるとすぐに理解して、帰国しなければならないと分かったようです。そこで旅行代理店に調整してもらい、一番早く搭乗可能な便で、全員帰ってきてもらいました。その時に本当に世の中が、大変なことになっているんだと実感しました。

また、慶應は、武漢こそありませんでしたが、中国の著名な大学にも交換留学生を通年で送っています。感染が広がり、安全に現地での勉強が保障されなくなり、「すぐに帰国するように」と言われ、「せっかく現地の大学に落ち着いたところで、今はまだ帰りたくない」というやり取りもあり、状況が日々悪くなる中、つらい思いをして帰ってきた学生もいました。

さらに、韓国は3月が学年の始まりなので、その時韓国に行った学生は完全に感染拡大時期にぶつかってしまいました。オーストラリア、ニュージーランドは、早々に国を閉めてしまいましたし、2月、3月は国際センターの事務担当は本当にてんやわんやでした。

海外では厳しい法律でキャンパスを完全にロックダウンして、大学はいち早く「オンライン授業にします」と宣言しました。ところが日本は独特の学事暦もあり、慶應でオンライン授業が決まったのは結構遅かったので、われわれには海外の大学から「慶應はオンラインをやらないのか」と日々メールが来て、とてもプレッシャーを感じていました。

青山 感染が爆発的に広まり始めた頃の生々しい状況をお話しいただきました。これから秋学期に向けて、どうなっていくと見込まれていますか。

隅田 アメリカでものすごく感染者が増えたということで、北米の大学で慶應がお付き合いしているところは、ほとんどが秋学期まで学生を出すのも、受けるのもしないと決めたところが多いです。

一方、ここに来て経済活動が一部再開になり、ヨーロッパが観光なども受け入れ準備をするという状況になってきました。そこでヨーロッパの大学の中にはハイブリッド型、つまりオンラインでやるものと、少ない人数で一部の授業を対面でやる方向で秋から授業を行う形で学生交換を実施する、と表明してくるところが出てきました。

今の学生、特に学部生は、デジタルネイティブなので、意外に「オンラインで留学」というものも受け入れられる人もいるんですね。われわれの世代では、留学というと海外に行くことが前提のように感じますが、非常にドライに、海外の一流大学の授業を日本でオンラインで受けられるのであれば、「それもあり」と考える学生もいるようです。

海外から日本に来たいという学生も「オンラインでもしょうがない」というモードになってきています。オンラインだけでの留学、「バーチャル・エクスチェンジ」という言葉が国際交流担当者の中では、よく出てくる単語になってきました。

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