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【特集・コロナ危機と大学】
新型コロナ対策──水をかき出すだけでなく、穴をふさぐ対策も必要/宮田 裕章

2020/08/06

  • 宮田 裕章(みやた ひろあき)

    慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授 

7月に入り東京都の新型コロナウイルスの新規感染者数が連日100名を超えています。緊急事態宣言前の状況と異なり、2次感染を抑えるために、濃厚接触者にPCR検査を行っていることが背景の1つにあります。こうした検査戦略は有用だと思います。一方で経路不明の陽性者が一定割合発生しつづけていることも、注意すべき徴候だと考えています。

このような状況では、2次感染を抑える〝水をかきだす対策〟だけでなく、感染のリスクを管理する〝穴をふさぐ対策〟も重要です。この点については、緊急事態宣言後から、行政をはじめとする方々にお伝えしてきました。現状も水面下で改善が検討されていると考えていますが、論点を共有したいと思います。

2020年3月の段階では、有効な対策が同定されていない中、感染拡大を一旦抑えるために、多くの国々がロックダウンや、国全体での活動制限という対策を行いました。一方でその後の様々なデータの積み重ねにより、マスク着用や社会的距離の確保の有効性が科学的にも確認されました。こうした対策を組み込んだリスク管理により、感染拡大を抑えている地域や事例は参考にすべきでしょう。

ドイツにおいては5月13日、ドイツの経済研究所とヘルムホルツ感染研究センターが連携して、実効再生産数(Rt)と新型コロナによる経済損失の関係について分析を行いました。その結果Rt=0.75 になるように制限を緩和すれば、最も経済損失が少ないという見解を示しました。(https://www.ifo.de/publikationen/2020/aufsatz-zeitschrift/die-auswirkungen-der-coronakrise-auf-diedeutsche-wirtschaft

こうしたシミュレーションを背景とする対策により、ドイツは現時点まで小康状態を保っている地域です。ドイツの戦略は、検査や医療の体制が異なる日本がそのまま導入できるものではありませんが、ウイルス共存戦略という点では、参考にすべき部分があります。

一方でノルウェーにおいてもロックダウン下において、社会実験が行われていました。日本でもクラスター感染が報告されているスポーツジムにおいて、適切な感染対策を行った上での利用であれば、感染が拡がらないことを示しました。(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.24.20138768v2

ただし、ここで重要なのは「適切な感染対策を行った上で」ということです。これまでの日本の行動制限は、“Stay Home” というシンプルなメッセージであったため、自粛というあいまいな呼びかけでも効果を出すことができました。一方で働き方、過ごし方に応じてリスク管理を行う対策は、経済への犠牲を少なくできる一方、単純な呼びかけだけで効果を上げることもまた困難です。

実際に欧州でも多くの地域が苦戦しています。地域の感染拡大が制御困難と判断された場合にはロックダウンや一斉休業という措置も取られています。バルセロナでは、社会的距離に関係なく、屋内外の公共の場でマスク着用を義務化し、違反者に罰金を設定するような措置を定めるに至りました。(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/07/post-93915.php

こうした各国の取り組みを踏まえると、実行性の観点から改善すべき点が、日本にもあります。その中で7月13日から始まる埼玉県の取り組みは、重要な踏み込みだと思います。これは新型コロナのリスク管理のガイドラインに基づいて営業するバー・クラブ等の接待を伴う飲食店を認証し、守らない店舗には特措法24条9項に基づく休業要請を行うものです。(https://news.livedoor.com/article/

リスク管理を有効な取り組みとする上では、⒜アップデートされる科学的根拠に基づいたガイドラインを丁寧に更新する、⒝店舗側がガイドラインに基づいて営業していることを報告し、実態を把握する、⒞十分な対策を行っているかどうかをモニタリングする、⒟それらの対策のインパクトを評価する、というデータに基づいた継続的な改善が重要になります。

⒜は多くの行政が行っていますが、科学的根拠に基づいた継続的なアップデートが必要です。この1週間でも密閉空間においては社会的距離の確保だけでは感染対策が十分でないことが科学的に示されました。密閉が避けられない飲食店に対するガイドラインが海外で変化していることに注意が必要でしょう。東京の店舗をみていても、この点の対策は甘いように感じます。

⒝については自主的な取り組みの認証、という性善説に基づいた対応が行われています。しかしガイドラインに基づいたリスク管理が、地域でどの程度行われているかを確認することはできません。IT活用に課題を抱える小規模店舗も包摂した上で、地域全体のガイドライン登録率を可視化するようなシビックテック(Civic Tech)の登場が望まれます。

訪問する前から、食べログやぐるなびなどのウェブサイトで確認できれば、ユーザー側が店舗を選ぶ時の基準にもなります。また観光地については、感染対策を十分に行っている地域として示すことで、ブランド化できるかもしれません。

⒞については埼玉県がまさに一歩踏み出したところです。一方でクラスターが発生しているのは店舗だけではありません。ビル衛生管理法(この法律が適切かどうかは分かりませんが……)などと組み合わせて、オフィスのモニタリングを行うことも必要だと思います。

またライブハウスやイベントなど密集や密閉が起こりうるような活動は、クラスター発生時の影響は大きなものです。3月11日に行われたサッカーのリバプールvsアトレティコ・マドリードの試合が、英国に感染を拡げたという分析は大きなインパクトのあるものでした。自主基準による努力だけでなく、実態把握と改善を伴う対策を行うことで、こうした悲劇を防がねばなりません。(https://www.afpbb.com/articles/-/3284692

⒟については、対策の効果を継続的に把握することが重要です。例として、地域ごとにガイドラインを遵守している店舗の割合を算出し、感染者や陽性率の指標と組み合わせて評価することができます。こうした検証を継続的に行うことにより、地域の対策が有効に行われているかどうかを評価することができます。また今後ウイルスの変異や、気温の変化、地域における感染割合の上昇により、同じ対策が有効でなくなる可能性もあります。様々な状況変化を捉え、迅速に対応する上でもモニタリングが重要です。

以上は現時点(7月中旬)でのリスク管理戦略の一例です。今後の状況の変化により一部は有効な対策ではなくなる可能性もありますが、データにより実態を把握し、継続的に効果を検証することは重要だと思います。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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