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【特集・コロナ危機と大学】
慶應病院院内感染制御の記録/長谷川 直樹

2020/08/06

  • 長谷川 直樹(はせがわ なおき)

    慶應義塾大学医学部感染症学教室教授 

2019年12月に中国湖北省武漢で発生したSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)による新興感染症COVID-19は指定感染症と定められ、慶應義塾大学病院でも2月5日に病院長を本部長とする対策本部の設置が決定され、情報収集、対策立案を開始しました。当院は東京都の感染症診療協力医療機関として旧陰圧結核症床2床を用意し、体制を整えました。

2月には横浜港のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号からCOVID-19軽症例を当院で初めて受け入れました。さらに閉鎖していた診療スペースや救急外来を患者動線、ゾーニングを含め感染対策に配慮して整備し、呼吸器内科・救急科を中心とする重症度に応じた診療体制を敷き、肺炎患者を個室管理とし、保健管理センターにて教職員有熱者数、当部門にて入院患者有熱者数等をモニターしました。2月27日には臨床検査部門の尽力でPCR検査の院内実施体制が構築されました。

感染力のある無症候の感染者の存在を念頭に3月9日以降は学生や医療者の国外渡航を禁止し、同18日以降は海外からの全帰国者の信濃町キャンパスへの立ち入りを14日間禁止しました。しかし3月19日に無症状で、胸部CTでも肺炎が無いことを確認して当院に転院した患者が23日にPCR検査陽性となり、同室者3名を含む患者4名、医療従事者4名の感染が判明しました。他病棟を閉鎖してその病棟のスタッフで当該病棟の医療を継続しましたが、後の調査で前病院の複数の同室患者がCOVID-19を発症しており転院時に既に感染していたことが判明しました。

この最中、3月31日に初期臨床研修医複数名が同時熱発し、うち1名が他院のPCR検査陽性と判明しました。関係者への多大なるご迷惑を覚悟の上で病院長の英断により当院初期臨床研修医全員の翌日からの赴任を止め、さらに彼らとの接触の可能性を考慮し、当院医師全員の学外での業務を一旦停止しました。各部門・各自への連絡は深夜に及びましたが、結果的に当院を起点とする他施設への感染拡大を寸前で止めることができたこの対応は究極の感染対策となりました。その後、一部の研修医により非公式に開催された食事会を介する研修医間での集団感染であったことが判明しました。これら院内と院外で発生した2つのクラスターから、感染症の恐ろしさ、感染制御の難しさを実感しました。

外来、入院医療の大幅縮小となりましたが、SARS-CoV-2に対するワクチンや有効な薬剤は無いため、感染の連鎖を断つことを念頭に、感染しない、感染させない、感染を広げないよう徹底を図りました。

感染者の早期発見には院内PCR検査体制を最大限に活用し、予定入院者の全例、有症状者に積極的に実施し、国内でも施設内PCR実施件数は群を抜きました。感染制御に必須の個人防護具は備蓄も急速に消費され、他院同様、その不足は深刻でしたが、感染制御部の管理下に置き、適切な使用を指導し理解を得るとともに、ビニール袋を加工した手作りガウンの作成を進めました。眼からの感染が注目され、エアロゾル発生時には眼の保護を徹底しましたが、アイガードも不足する中、関連研究機関より3Dプリンターによるヘッドバンド付きフェイスシールドが提供され大変助かりました。当部門で研修した感染管理看護師を臨時配属していただき、個人防護服の正しい着脱法の訓練を推進しました。

ウイルスが唾液にも含まれるために飛沫の発生する会食や会話も感染リスクと考えられ、患者、医療者ともにマスク着用、いわゆる3つの密を避けsocial distancingの実践、などを通知しラウンドを行い徹底を図りました。しかし環境表面で長時間生存するウイルスへの対策としては、手洗い、手指衛生が基本であり、強化期間の設定、お互いの声がけ、診療部長からのビデオメッセージなどを作成しその徹底に取り組んでいます。退院後の病室のクリーニングには紫外線照射による消毒システムを導入しました。

また、常に感染リスクに晒されている医療者自身の自己体調管理も重要です。自己検温を基本とし、有熱時や体調不良時には自宅待機し相談することを徹底しました。さらにシステム部によりイントラネットで体温をオンライン入力するシステムの開発、第3者検温、高感度・迅速な体温感知器の外来への設置などを進めています。

今回COVID-19の院内、院外でのクラスターの発生により多くの方々に多大なるご迷惑、ご心配をおかけしましたが、多くの塾関係者、篤志家の方々より温かい激励のお言葉や、ご支援をいただき心より感謝と御礼を申し上げます。今後とも病院長以下、皆で協力して感染対策に取り組み、COVID-19診療と特定機能病院としての診療を両立させ当院の責務を果たして参ります。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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