三田評論ONLINE

【特集・コロナ危機と大学】
座談会1:コロナ危機が教育・研究・国際交流にもたらしているもの

2020/08/06

  • 國領 二郎(こくりょう じろう)

    慶應義塾常任理事【情報基盤(IT)担当】、総合政策学部教授

    1982年東京大学経済学部卒業。92年ハーバード大学経営学博士。日本電信電話公社勤務を経て、93年慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授、2003年環境情報学部教授、06年総合政策学部教授。09年同学部長、13年より慶應義塾常任理事。専門は経営情報システム。 

  • 鈴木 哲也(すずき てつや)

    慶應義塾大学研究連携推進本部長、理工学部機械工学科教授

    1985年東京工業大学工学部卒業、90年同理工学研究科博士課程修了。工学博士。ケースウェスタンリザーブ大学リサーチアソシエイトを経て2005年より慶應義塾大学理工学部教授。2013年慶應義塾先端科学技術研究センター(KLL)所長。専門は材料加工・組織制御工学。

  • 隅田 英子(すみた ひでこ)

    慶應義塾グローバル本部事務長

    塾員(1985文、97政・メ修)。2000年ノッティンガム大学(英国)経営学修士。88年より慶應義塾職員。国際センター、総合企画室、01年企画広報室(当時)課長、塾長室課長、07年より国際連携推進室(当時)事務長を経て、18年より現職。

  • 青山 藤詞郎(司会)(あおやま とうじろう)

    慶應義塾常任理事【教育、研究担当】、大学名誉教授

    塾員(1974工、79工博)。工学博士。1979年慶應義塾大学工学部助手、理工学部専任講師、同助教授を経て、95年同教授。2009年理工学部長・理工学研究科委員長、17年大学名誉教授、同年慶應義塾常任理事。専門は生産工学。

オンライン授業のIT環境整備

青山 皆さま、お忙しい中を有り難うございます。今日の座談会のテーマは「コロナ危機が教育・研究・国際交流にもたらしているもの」ですが、主に教育の面、研究の面、そして国際交流の面にどのような影響をもたらしているのか、話し合っていきたいと思っています。

まず教育についてです。新型コロナウイルス感染症が武漢で発生して、2月に入ってから日本にも影響が出てきましたが、最初に学事の面で影響が出たのは卒業式、大学院学位授与式の中止です。その後、入学式も延期になり、新学期の授業も通常通りの日程で行うことができなくなりました。

そして、授業開始は4月30日からということで遅れて春学期をスタートすることになりましたが、春学期の間は原則塾生がキャンパスに来ない状態で、学内施設を閉鎖(4月7日)し、ほぼ全面的にオンライン授業を行うことになりました。

ほとんどの先生方や職員にとって初めての経験で、最初のうちはどのようにオンライン授業を進めていくべきかで議論もあり、多少の混乱もありました。しかし、その後、私から見ると、オンライン授業の実施に皆さん一生懸命対応していただき、また、若いということもあって、塾生諸君も柔軟に対応していただいた。

お蔭で、それほど大きなトラブルは、今のところ発生していないのではないかと思います。細かな問題点はあるにせよ比較的順調に行われていると感じています。

教室で対面授業ができないとなると、当然オンライン授業のための環境を整備しなければいけません。通信環境について、IT担当常任理事の國領さんにはご尽力いただいておりますが、どのように環境整備がされてきているのかお話しいただけますでしょうか。

國領 武漢の閉鎖や韓国の状況を見ながら、ひょっとするとキャンパス閉鎖という事態もあり得るかもしれないと意識し始めたのが2月の頭ぐらいでした。単に授業だけではなくて、職場も閉めざるを得なくなり、サポートする職員もキャンパスに来られなくなる状況を想定しないといけないかもしれないと思いました。

最初は私の頭の中だけで考えていましたが、全学のシステム部門であるITC(インフォメーションテクノロジーセンター)の職員の人たちに「準備を始めたほうがいい」と言ったのが2月14日です。その時点ではキャンパスが全面閉鎖になることにリアリティはありませんでしたが、IT環境の整備は「やれ」と言われて、明日パッとできるものでもありません。先読みをして最悪のパターンを考えなければいけません。

大学は不特定多数の人が出入りする場所ですので、授業がまったくできなくなることも想定しようということで、いろいろ洗い出して検討しましたが、必要な部品はあるなと思いました。ウェブ会議システムはすでに存在しており、全学生にアカウントを配っていました。それから教育支援システムや授業支援システムなどについても、一応動いていました。

大事なのは、ITグループはあまり出しゃばってはいけないということです。つまり、どういう教育をしたいのかは優れて各学部のものです。今回は教育担当常任理事のリーダーシップの下に、オンデマンド型のものを中心としてオンライン授業を行うという方針で統一が取れて動いてきました。しかしオンデマンドでやりたいのか、リアルタイムでやりたいのかについては、IT部門は現場のいろいろなニーズに応えないといけないと考えながらやってきました。あまり組み合わせが多いと困りますが。

また、今回初めて授業支援システムを使った教員もたくさんいましたのでリテラシーをどうやって上げていくかというところも大事でした。

しかし、その点は本当に慶應はすごいところだなと思います。ある程度法人側で環境を用意し、基本的なマニュアル類を用意して中心的な人物にその情報を伝達すると、あっという間にあちこちで自主勉強会が始まり、学生たちも社中協力で主体的に参加しながら助け合う環境をつくってくれる。そのような自助、共助の能力がものすごく高いのです。

そういう意味でちょうど1カ月、授業開始を遅らせていただいたのですが、これは良いタイミングだったのではないかと思います。青山さんはじめ学事日程を考えられた方のお蔭でスキルアップをする時間が与えられました。

もちろんシステム側も不十分な点があり、例えばあるものは使いにくいので別のものがいいと、すごいプレッシャーをいただきました。お金の問題もあったのですが、急いで希望システムのアカウントを取得し、大慌てで増強しながら対応してきました。

薄氷を踏む思いの部分もありましたし、いまだにあります。実は授業だけでなく、履修登録では教員がどの人が履修者なのかを確認できること、授業でない時に学生に必要事項が伝達できることがとても重要なことなのです。他大学のシステム的なトラブル事例を見ても、授業支援システムに障害が発生することが大きなリスク要因でした。

私の学生のうち2人は結局、日本に来られないまま、韓国でずっと授業を受けています。そのように地方や海外に散らばってしまった学生に必要な事項を伝達しながら教育コンテンツをデリバリーし続けるために授業支援システムは必須です。

ところが他のものはほとんどバックアップがあったのに、学生とコミュニケーションをする授業支援システムだけが一系統しかなくて、それが落ちるのではないかとヒヤヒヤしました。授業支援のバックアップシステムは秋から導入します。

オンラインでできること、できないこと

青山 分かりました。「初めての経験の割には」と言ってはいけませんが、慶應のオンライン教育は大きなトラブルが起こらずに始まったということです。

その1つのポイントは、國領さんも言われましたが、オンデマンド中心のオンライン教育を推奨したということですね。当然一部でリアルタイムの授業も行われていますが、基本はオンデマンドということが、システムがダウンしないで動いてきた1つの理由かと思っています。

確かに塾生は、ITテクノロジーを使ったオンライン授業に比較的適応しているようです。逆に教員のほうが使い慣れていなくて、塾生から教えられた人もたくさんいるようです。

そこも「半学半教」かと思います。日吉の自然科学系の先生からは、オンラインで実験講義をやってみると、結構良かったという意見もいただいています。さまざまな経験も蓄積され、この先に生かしていけるのではないかと思っています。

一方、オンライン授業には塾生の通信環境に対する懸念がありました。通信環境を整えられない塾生に対して、どういう支援ができるか。自分で機器を購入したり、レンタルする人もいるし、パケット通信の契約を増やす人もいるでしょう。そこで、これは助成金の形で支援するという対応をいち早く取りました。

通信環境に対する支援の次は、経済的な支援です。経済的に困っている塾生に対しては慶應義塾の基金、それに新型コロナ感染症対策に特別に設けた支援金(慶應義塾大学修学支援奨学金)の募集をし、選考を行って最高40万円の学生に対する経済支援を用意しています。

また、キャンパスが、今に至っても(6月25日現在)ほとんど閉鎖状態にあります。塾生は学生部で証明書をもらいたい、就職資料室に行きたい、図書館で本を借りたい、といった特別な理由がある場合以外は、自由に中に入ることはできない状態です。

そういった状況の中、体育会や公認団体サークルの活動をどうするかが課題になります。これについては段階的に届け出をすることによって、一定のガイドラインの下、ウイルス感染の予防対策をしっかり取った上でキャンパス内施設の使用を認めようということになっています。

このようにこれまでの対面授業が、突然ほとんどオンラインに切り替わりました。オンラインで良かったという場合もありますが、やはり対面でなければならないというものもあると思います。2カ月弱が経ち、鈴木さんはどのような印象をお持ちでしょうか。

鈴木 私は機械工学科で約120名の学生に講義をしていますが、オンライン授業には最初は非常に抵抗がありました。おっしゃったように、まずやり方も分からないし、プロセスをこなすだけで精一杯でした。パワーポイントに音声を吹き込み、学生にレポート課題を出してやり取りする。これらはやっと慣れてきましたが、やはり学生が目の前にいて、いろいろなことを教えるほうが非常に自然な感じがします。

オンラインにして予め授業準備をすると、自分の頭の中ではずいぶん整理がつくのですが、「学生が本当に見てくれるのだろうか」と思ってしまう。ダウンロード率というものが慶應義塾のポータルサイトである「keio.jp」にあり、学生がどれだけ見てくれたかがわかります。研究室の学生に聞くと、最初はきちんと見てくれていても、次第に溜めていく傾向にあり、最後のほうは見なくなることもあるようで、少し不安もあります。それからテストができないので、どうしても課題提出になってしまいます。

ただオンラインにはオンラインの良さもあるので、これからポストコロナと言われる時が来ても、すべてを対面で今まで通りやるということはなくなると思います。良いところを残して、できないところをITの力で補っていくことになるのかな、と思いながら授業をやっています。

國領 鈴木さんが言われた通りだと思います。オンライン授業は完全ではないのですが、かなり習熟度が高まってきています。世の中のベンダーさんが出しているいろいろなツールも、この3カ月でものすごく進化している。やはり需要があるからですね。

一方で実際にものを囲んでつくるような作業は、やはりリアルに一緒にやりたいというのが、正直なところかと思います。今回IT環境への負荷に気を遣っていただき、オンデマンド型を中心にしていただきましたが、リアルタイム型のオンライン教育だと、かなり濃密に双方向でコミュニケーションが取れるものです。教育内容によって最適の環境を工夫して提供し、それをいかに組み合わせて最高の結果を出していけるか。これがわれわれがこれから考えていくことではないでしょうか。

私はこの新しい環境については楽観視しています。その理由は慶應義塾の教員も塾生も、そのレベルが高いことに尽きる気がします。そのレベルの高さに救われて創意工夫をしてくださり、いい授業環境ができてくるのではないかと思います。もちろん工学等で、実験器材がなければ、何もできないというものはあると思いますが。

一方で体育会、三田会、サークルなどの活動が、深刻に影響を受けていることは間違いないところです。その部分についてもITでできるところは、極力拾い上げていきたいと思っています。

青山 隅田さんはグローバル本部のお立場から何かありますか。

隅田 私は、交換留学にかかわっていますが、交換留学の醍醐味は、留学先で受ける授業だけではなく、海外に渡航し住む機会、経験が重要です。大学の学部の4年間で交換留学に行けるタイミングは非常に限られていて、学生は注意深く何年も前から準備して「この年に行こう」と思っています。

それがこの春学期以後の留学から予定が立たず、秋学期についてもなかなか今後の見通しがわからない状況です。学生が描いていた留学の予定が思い通りに進まない様子を見て、支援する職員として、とても残念に思っています。

ここにきて交換留学に関しても物理的に行けなくともオンラインでやってしまおう、という動きが海外を中心にだんだん出てきています。このことについては後ほどお話ししたいと思っています。

青山 留学など国外の大学に行って勉強するということについては、かなり影響が大きくなってきていますね。

一方で理系の学部での教育には実験・実習科目がある。例えば薬学部などでは薬剤師の資格認定を得るために、実験・実習の講義を受ける必要がある。様々な資格制度については、コロナ禍に対応していないので従前通り教育を施さなければいけない。薬学部は6月から非常に限定的ですが、十分な新型コロナウイルス感染予防対策をした上で、オンキャンパスで実験・実習を行っています。

特に慶應義塾のように医療系3学部を有している総合大学は、一概にこうだと方針を定めることはなかなかできません。キャンパス、学部によって一定の柔軟性を持ち、かつ新型コロナウイルス感染予防対策を取った上で進めていく状況になっています。

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