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【特集:新・読書論】
〈読書の風景〉電子書籍の現在と未来/松井 康子

2020/05/11

  • 松井 康子 (まつい やすこ)

    株式会社パピレス代表取締役社長・塾員

最近、電車に乗っていて気付くのは、紙の新聞を読んでいる方をほとんど見かけなくなったこと。以前は混んでいる朝の通勤時間帯でも、大きな新聞紙を器用に折りたたみながら、記事を読んでいる方を見かけましたが、今や過去の光景になりつつあります。そのかわり、多くの方が食い入るように見ているのがスマートフォンの画面。ちらっと覗いてみると、SNSだけでなく、電子版の新聞記事、ニュース情報サイトや動画など実にさまざま。

紙の雑誌を読んでいる方も少なくなっています。以前は多く見かけた、電車の中でコミック雑誌を広げている光景もなくなりつつあります。最近は電子コミックを読んでいる方も増えています。

私が、日本で最初に電子書籍のオンライン販売を開始したパピレス(名前の由来はペーパレス=紙がなくなる)に入社したのは1995年で、会社創業の年でした。その頃は、ようやく日本にインターネットが上陸し、PCでWindows95 が発売されたばかり。ネットワーク環境も容量の問題から文字配信だけ。

まずは、小説を電子化して、パソコン通信で配信することから開始し、それを電子書籍と呼びました。紙の本を電子化して配信する許諾(自動公衆送信権)を出版社からいただくのですが、当時は「PCで本は読めませんよ」と言われて、なかなか理解を得られませんでした。

ただ、電子書籍には、「場所をとらない」「いつでもどこでも読めて便利」というメリットがあります。そのうち、ネットワーク環境が向上して、容量が拡大し、画像や動画が配信できるようになり、端末も携帯電話のように持ち歩きのできるモバイル型に発展。特に、スマートフォンの普及が大きく、またタブレットや電子書籍の専門端末も登場してくると、次第に一般に知られるようになりました。

ただ、現在の電子書籍の市場は、その8割がコミックであり、雑誌や新聞の電子化は進んでいるものの、小説や実用書等の文字作品はまだ少ない状況です。コミックも、紙媒体のものをそのまま電子化したケースが多く、スマートフォンの画面で見ると、微妙にサイズが合わず、吹き出しの文字も読みづらいと感じます。文字作品についても、電子書籍をメインに読む方はまだ少ないようです。

そこで、もっと読みやすい形で提供しようと思って開始したのが、次世代ブックの開発。次世代ブックとは、紙の書籍をそのままの形で電子化するのではなく、スマートフォンやタブレット等の端末で見やすく、デジタル機器ならではの機能を活かした新しい形の本です。

コミックは、端末画面に合わせて縦でスクロールして読める「タテコミ」(タテで読むコミックという意味)を開発し、それまで白黒だったものをカラーに変えました。さらに、コミックに動きと音声を付けたものも開発し、「アニコミ」(アニメーションとコミック双方の特徴を融合)と呼んでいます。

また、小説では、絵(イラスト)をメインに、絵と文字といっしょに表示する「絵ノベル」を開発。文字作品をあまり読まない若い世代にも人気があります。実用書も、分冊して読みたいところだけを読めるマイクロコンテンツの形で提供。音声読み上げ機能も付加しています。

この音声機能は、目の不自由な方だけでなく、小さな文字が読みづらくなった年配の方にも好評で、文字を黙読するだけの読書スタイルから、音声で聴くスタイルも増えていくのではないでしょうか。

こういった新しい次世代ブックが、未来の電子書籍を作っていくのではないかと考えています。今後、作品数が増えていき、文字作品も含めて電子書籍を利用する方が増えてくることを期待しています。

さらに、電子書籍には大きなメリットがあります。それは、紙と比較するとグローバル展開がしやすいことです。紙の書籍は、制作コストと流通の問題から、世界中で販売するには莫大な費用がかかりますので、ベストセラー作品など、一部の作品に限定されてしまいます。その点、電子書籍は1冊制作するだけで、インターネットを通して世界中に販売することが可能です。

特に、日本のコミックは海外での評価は高いのですが、アニメと比べて、コミック自体の知名度はまだ低いのが現状です。2007年より電子書籍のレンタルサイト「Renta!」を運営していますが、このサイトには英語版と中国語版があり、それぞれ、日本の電子コミックを英語と中国語に翻訳して、英語圏と中国語圏に販売しています。

海外では入手しにくい日本のコミックがすぐに読めることで、海外のユーザから好評で、著者からも海外に販路を広げられることを喜んでいただいております。

私は、日本は世界でも類を見ない本好きの国で、作品のクオリティも高いのに、世界に発信する機会が少ないのを残念に思っていました。電子書籍が、そうした壁を超える1つのきっかけになり、将来、世界中にたくさんの読者が生まれることを期待しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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