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【特集:新・読書論】
〈読書の風景〉❝読書会❞という読書のかたち/瀧井 朝世

2020/05/11

  • 瀧井 朝世(たきい あさよ)

    ライター・塾員

「贅沢な読書会」という試み

横浜・みなとみらいの「BUKATSUDO」というシェアスペースで「贅沢な読書会」を始めたのは2016年3月から。さまざまな書店イベントなどを企画する木村綾子さんからの依頼で、司会を受け持つことになった。

読書会といっても進行方法はさまざまだが、「贅沢な読書会」の特徴は、前篇後篇各2時間の2回1セットであること、後篇には課題図書の著者自身がゲストに登場すること。参加人数の上限は20名で、前篇ではみなで感想を語り合い、後篇でその時に出た話題などをもとに、著者に質問をしていく形式だ。作家に関しては木村さんと相談し、課題図書に関しては最新刊もしくは著者の希望で選んでいる。いわゆる純文学からエンターテインメントまで、作品のジャンルはさまざまだ。

実はそれまで、トークイベントの司会の経験はあるものの、1度も読書会に参加したことがなかった。そのため最初は不安もあった。誰も発言しなかったら? 逆に1人で自分語りとか始めちゃう人がいたら? 

緊張して臨んだ前篇で気づいたのは、私よりも多くの参加者のほうがよっぽど緊張している、ということ(なかにはリラックスしている人もいるが)。その瞬間、肝に銘じたのは「フレンドリーであれ」。自分の役割は、参加者全員の気持ちをほぐすことなのだ。ただ、社会人が多いせいか初回でまず驚いたのは、みな話が上手い、ということ。「感想がまとまらない」と言う人も結構いるが、「いやいや、あなた鋭いところ突いてますよ」「私よりよっぽど感想の言語化が上手!」と言いたくなる。もちろん、本当に話ベタな人がいたとしたら、それをフォローするのは私の役割だ。

回数を重ねるごとに具体的な進行は固まっていった。前篇は私が作成した簡単なレジュメの配布→1人ずつ簡単な自己紹介→私からの著者や作品についての説明→1人ずつ感想や意見を述べつつ、みなで意見交換→最後にアンケートに著者に訊きたいことなどを記入。後篇→アンケートをもとに、著者に質問を投げかけながら進行。最近では著者から参加者への質問を出してもらい、後篇の最初に自己紹介がてら1人ずつ回答することにした。質問は「最後の晩餐に食べたいものは何か」など簡単なもので、参加者にとってよいウォーミングアップになっている。

時には著者に朗読してもらったり、資料や創作ノートを披露してもらうことも。長嶋有さんの『寝たあとに』が課題図書の回では、前篇で作中に出てくる「それはなんでしょう」ゲームをみなでやってみたところ、爆笑に次ぐ爆笑だった。

さまざまな生の感想

参加者の男女比や年齢層は回によってさまざま。ゲスト著者のファンが多いが、意外と「読書会に参加してみたかった」「読書の習慣をつけたいと思った」といい、著者の作品は初読だという人も。これまで、私自身は人と本の感想を語り合うことが少なかった。仲の良い編集者と語り合ったりはするが、それは小説が好きだという共通項を持った、気心の知れている人間同士の会話だった。

だが、読書会は違う。著者の愛読者のマニアックな読み方から、初読者の素朴すぎて「その視点はなかった」という感想まで飛び出してくる。純文学作品から謎解きの要素を拾い上げるミステリ好きがいれば、自分の体験と重なる部分に反応する人もいる。同じ登場人物に対して抱く好悪の感情が人によってまったく違う時もある。自分がいかに広く浅く読んでいるだけか、また、逆にいかに❝読みなれている読み方❞しかしていないかに気づかされるのだ。人の感想を聞くのがこんなに面白いものなのかと、読書会ではじめて知った。ゲスト作家たちも「貴重な体験だった」と言ってくれるのは、読者の生の声をじっくり聴けるからだろう。

明らかな誤読や曲解がないわけではない。ただ、司会者である自分はそれを否定はせず、参加者の意見を募るようにしている。意見が分かれたとしても、正誤や勝ち負けを競う場ではないのだから、無理に収拾しようとはしない。ただ、違和感のある解釈を主張する人に「どうしてそう思う?」と訊いても「なんとなく」としか返ってこず、「そうですか……」とうやむやになってしまう時もあった。帰りの電車で「もっとうまく進行できたはず」と反省しきりのこともしばしば。

それでも、新型コロナウイルスの感染で新規の読書会開催が延期されている今、はやくまたあの場にいたいと思う。課題図書についてさまざまな感想が聞けるという楽しみもあるが、感想を語り合ううちに、参加者1人1人の人柄や人生が見えてくるところがたまらない。1冊の本で繋がった人々が、異なる性格を持ち、異なる生活を送り、異なる感情を持ち、異なる感想を持っている。読書会はさまざまな人間のリアルな顔を見させてくれる場所でもあるのだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
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