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【特集:新春対談】
新春対談:「慶應義塾の目的」へと向かうために

2024/01/09

宇宙で聴いた「若き血」

伊藤 向井さんもお気付きになったと思いますが、卒業式の記念館の檀上からは、1人1人の顔がよく見え、皆が本当に輝いているなと思ったのですが、向井さんの祝辞の時の表情は別格で、皆さんの全てのエネルギーが向井さんに吸い込まれているようでした。でも、その中で、祝辞の最後のところで向井さんがおっしゃったことで、急に会場中が爆発したようになった言葉がありました。

「宇宙で仕事場に向かう時、いつも慶應義塾の応援歌である『若き血』を聴き、仕事へのエネルギーを充電したものです。故郷は物理的にも精神的にも心のよりどころです。夢に向かって邁進する時、そして、人生の困難に遭遇にして途方に暮れた時、母校慶應義塾に入学した時の気持ちを、そして本日の卒業式の晴れやかな気持ちと自信を思い出してください。母校は私たちの心の原点、故郷の1つなのです」。

宇宙でお聴きになった「若き血」と、地上でお聴きになる「若き血」に何か違いはありましたでしょうか。

向井 地上だと、皆と一緒に「若き血」を歌っているという連帯感があるわけですが、宇宙だとやはり1人で「頑張るぞ」と自分を鼓舞するものです。

ものすごくすてきな応援歌です。宇宙では当時はカセットで毎日それを聴いて「行くぞ!」ってやっていました(笑)。

伊藤 「若き血」の「行くぞ!」というところ、特にお好きな歌詞はどの部分でしょうか。

向井 やはり「若き血に燃ゆる者」という、あの出だしのところ。もうそれを聴いただけで「よしッ、今日は燃えちゃうぞ」って(笑)。単純ですから。

伊藤 「見よ精鋭の集う処」で、宇宙船の中の「精鋭」を意識したわけではなくて、もう「若き血」のところで、「慶應スピリットで行くぞ」と。

向井 そうです。やはり慶應をバックにしている「私の精鋭」みたいな感じでした。タイトルの「若き血」も、いくら歳を取っても、「あのころ、血が熱くなるようなことがあったよな」と思い出すじゃないですか。だから、「若き血に燃ゆる者、はい、私です!」みたいな(笑)。もう初めのところで高揚していきました。

やはり戦いに出るには「若き血」の赤がいい(笑)。戦いに出て行くとか、新しい時代をつくっていくとか、何か困難に立ち向かう時はこの「若き血」がぴったりですね。

伊藤 「若き血」はすごい歌ですよね。慶應では塾長賞というのがあるのですが、それは光輝に満ちた人たちに渡されます。それが塾長賞の1つの要件で、その考え方が「光輝みてる我等」という、「若き血」の2行目の歌詞に出てくるわけですね。

驚くべき人間のクリエイティビティ

向井 宇宙で私が気に入って聴いたもう1つの曲が「ふるさと」なんです。

伊藤 「兎追いしかの山」ですね。

向井 あの歌詞の1番はふるさとのことで、2番は父母の話でしょう。自分が宇宙飛行に行く前に聴いてちょっと涙が出たのは、「こころざしをはたして いつの日にか帰らん」という3番です。

ふるさとというのはやはり遠くにあって思うものです。もしかしたら宇宙船が爆発して帰れないかもしれないなとも思う。遠くなればなるほど、「なんていいところから私は来たのだろう」と慈しみの心が出るじゃないですか。あの「ふるさと」は、宇宙時代になっても通用する歌だと思うんですよね。「山はあおき故郷 水は清き故郷」。本当にその通りで、あのブループラネットの山がいつまでも青く、水が清くいてほしいなと思いながら聴いていました。

また、私が驚いたのは人間のクリエイティビティのすごさです。宇宙飛行から学んだ最大のものは「ニュートンはすごいな」ということでした。地球から出たことがないのに「万有引力」を考え出した。ニュートンは目に見えるりんごを見ていたわけではなく、地球と小さなりんごが同等に引き合っているという、インビジブルなものを捉えてその定理を考えました。

天才と言われるニュートンは宇宙に行かなくても万有引力がわかってしまう。それはやはり人間のクリエイティビティのすごさだと思うのです。

そういうことが肌身で感じ取れた。私は宇宙に行って視野を広げなかったら、きっと教科書で読んだ「万有引力」の本当のすごさはわからなかったと思っています。

伊藤 私も物理学者ですが、質量がエネルギーであり、「万有引力」があることを先代が見出してきたのですから、これはすごいことですね。

最終的に「重力」はまだ理解できていません。「万有引力」という法則はありますが、いわゆる「大統一理論」という、重力をどうやって電磁力と合わせこむかということがまだできていない。だから、物理学者はその「大統一理論」を目指して、統一的な世界の物理学の体系をつくりたいのですが、重力というのはどういう力が働いているのか人間の直感ではすごく理解しにくいのですね。

皆で達成する自己実現の場をつくる

伊藤 2024年を迎えてということで私から申し上げると、今日のお話を伺い、向井さんは「慶應義塾の目的」を本当に体現されている方なのだと確信しました。

向井さんのような方が1人でも多く出て、自由に、でも皆のために一緒になってこの社会、そして地球の今後を担っていくような塾生が学んでいく場をつくっていこうと、今日の対談を通じてより責任を感じたところです。慶應義塾には、それに取り組む優秀で、信頼できる仲間がたくさん揃っています。

皆と1つの目的を持つことが慶應義塾の目的なのですが、皆が多様にバラバラの方向に進みながらも、お互いに助け合いながら、結果的にその目的を達するような方向に向かうようにしたい。

例えば、全く違う方向に行く2人がいるかもしれない。その2人だけだと引っ張り合ってしまい、どちらにも進まないのですが、そういう人たちがたくさんいるのであれば、集団として結果的に皆で正しい方向に進んでいくようにしたい。それが慶應義塾のやり方ですので、そのような慶應義塾をつくっていきたいと思っています。

向井さんには評議員のみならず、理事としても慶應義塾の様々な経営運営に参画していただいています。塾生のためにも、研究のためにも、今後とも引き続きいろいろとお知恵をいただきたいと思います。

向井 私は慶應義塾を卒業させていただいて、本当に有り難いと思っています。女子高の頃から独立自尊や福澤先生の「天は人の上に人を造らず」のお話などを聞いてきましたが、このこと自体がダイバーシティだと思うのですよね。

そして、上から目線でものを見ない。かといって下から「自分はできないから」と卑下しない。やはり自分自身が輝いていける環境があれば、それを有り難いと思って、その中で自己実現をしていく気風があります。慶應義塾の教育を受け、それを実践していける場をいただいたという気がしています。慶應義塾のそういった精神はこれからもずっと続いていくのでしょう。

今の塾生が他人事ではなく、歴史の1つのデータポイントを自分がつくっていると思えば、100年後の人が見た時、もしかしたら自分がキャンパスで何かやっている1カットが慶應義塾の歴史になるかもしれない。そんなふうに「母校の中で歴史をつくっているのは自分なのだ」というくらいのつもりでやっていくと、毎日楽しくポジティブに生きていけるのではないかなと思います。そういう塾生の皆さまが育っていくことを期待しております。

伊藤 有り難うございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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