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【特集:新春対談】
新春対談:「慶應義塾の目的」へと向かうために

2024/01/09

共通の目的を達成するためのDE&I

伊藤 そういう意味では、「共通の目的を達成するためのDE&I」ということが、キーワードになると思いました。向井さんが祝辞の中で、「様々な意見を持つ人たちが団結できるのは共通の目的を達成させたいという思いを持つからです」と言及されました。そして、次のように続けられています。

「個々の利益ではなく、チームやグループの目的遂行のために多様化した人たちがまとまると、多様化している困難に立ち向かえる強靱なチームになります。そして、お互いの違いから学び、お互いが共有することを慈しむことで、地球のどこに住んでいようと人は皆同じであることが共感できる。また、議論に行き詰まった時に、自分が帰属するグループを1つの大きなものに置き換え、ズームアウトして、いつもの立ち位置より大所高所の観点から問題を捉えると、より客観的な解決を探していくことができます」。

実は今の塾生たちも、多くが向井さんと同じ考えを持っているのだと思っています。何か1つの共通の目的を持ち、そこで皆と一緒に取り組みたい。その中に多様性が必要だということです。DE&Iと聞くと年配の世代は、「義務で、やらなければいけないこと」と捉える人もいますが、塾生たちにとってDE&Iというのはもう切実な希望だと思うんですね。

向井 Z世代では当たり前になっていますよね。

伊藤 そうなんです。そういう意味では比較的世代による分断もあるような気がします。今の塾生たちにとってはDE&Iというのは当たり前で、他人からやらなければいけないと言われるものではないわけです。

向井 今のZ世代というのは、自分らしく生きていくという意味で、肩の力が抜けているのではないかと思います。だから、もしかすると年配の方は、「力、抜きすぎじゃない?」と思うのかもしれません。でも今、ウクライナもガザの問題も、世界がすごく分断されていて、国連などが機能していない状況になっている。結局、国のエゴでやっているからです。もう1つ大きなスーパー国連みたいなものをつくり、職員も無国籍の人で、地球のことを考えるような組織をつくらない限り、機能しないのではないかとさえ思います。

今の若い人も、自分の所属というものを、もっと広い意味で考えないと、この多様化する世界の中、やっていけないと思っているのではないでしょうか。われわれの年代よりも若い年代のほうが、いわゆるボーダーだとか、年齢、国籍といったものを外して考えられる人たちが多いのではないかと思っているんです。

伊藤 特に少し上の世代で「オールジャパンで」という言葉を使われる方がいますが、そういった考え方はだんだんなくなっていきますよね。

地球を守るために何をしていくか

伊藤 その中で、現在、慶應義塾の大学や一貫教育校、病院で、DE&Iとして取り組むべきことは何だとお考えでしょうか。

向井 慶應は、そういう点は塾長はじめ皆さんとても先進的だから、DE&Iというのは言うは易しくやるのは難しいということさえわかっていれば、あとはやり方なのだと思います。

「人類共通の目的」ということで私が考えていたのは、個人の1つの顔、個々の1つのデータポイントというのは全部、光らせて最大効果を出す、つまり少ないリソースで最大成果を出していくということです。1+1は数学的にはやはり2になってしまう。でも、2と3を足した時には5だけど、掛けたら6になるわけです。そういう形で個々を光らせたら、力は3倍にも4倍にもなる。そういうやり方がわかれば、チームで目的を持ってやることの意義がわかり、結局、手を組んだほうが自分の得になるんですよね。

伊藤 どうしても人間社会は好き嫌いで事が進んでいったり、ちょっとした目先の利益や既得権を守りたくて進まない時もありますが、結局は皆で力を合わせることが皆のためになるということですね。

向井 そうだと思います。ウクライナの戦争にしても、これが長い目で見た時に、得になるのかどうなのか私にはよくわからないのです。ああいった破壊的な行為よりも、皆で何か共有する、分かち合う、自分で独占しないということが大切なのではないか。共有するということについては、シェアハウスとか、カーシェアリングなど、若い人のほうが普段の生活に取り入れているのではないかと期待しているんです。

伊藤 明らかにそうだと思いますね。

向井 だから、若い人たちがスーパー国連をつくってくれると、国籍もパスポートも要らない世界に近づいてくる。そうしないと地球って思っているほど大きくないし、温暖化もものすごい速度で進んできている。危機的な状況になってしまうことを心配しています。

伊藤 結果的におそらく国境とか国家安全保障という考え方が邪魔になっているのですよね。安全ということはそれぞれの国で大切ですが、つまるところ地球が大切です。そこに国境があると、様々な利権が絡み、周りの国に対して強権的になる。その単位が国や民族で、それが極端な方向まで行くと、地球の資源が限られている中で厳しくなるのは明らかですよね。

向井 ロングタームで見れば、結局、自分がだめになりますからね。なかなか難しいと思うのですが、ヒューマニタリアン的な話を含めて、やはり人の尊厳はリスペクトすることが大切です。

また、これからの時代はテクノロジーを使えるようになることが大事ですが、今の生成AIなどは、その情報が正しいとは限らないわけです。すると、本人が正しく判断できるような能力、何でも狂信的に信じないという判断能力が大事になりますね。

伊藤 そうですね。鵜呑みにせずに、人間がAIの上に行く学びを続けなければいけないということですね。

「慶應義塾の目的」と独立自尊

伊藤 今のような話は、向井さんは祝辞の後半でされていました。

「気候変動に誘発される自然災害の増加や新型コロナウイルスのパンデミック感染、そして分断・孤立、格差社会における都市構造や人間社会の脆弱化など、現代の社会課題は単一ではなく複合的です。人類全体で協力して解決すべき課題が多々あります。環境を探査し、問題点に気づき、その解決策を他分野の人たちと協力して社会実装をさせていくために、総合的な人間力やリーダーシップが必要な時代に私たちは生きているのです。そして、それぞれの人の命が輝き、尊厳ある社会を構築していくうえで一番大切なことは、人類愛、ヒューマニティと思います。自分を大切に思うなら隣人を大切にする。幸せな人たちに囲まれた自分も幸せな立場にあるのですから。明日を思い今を生きることで、建設的で活力ある持続可能な社会を構築していこうではありませんか」。

このように卒業生に語られる向井さんを、私は本当に尊敬の眼差しで拝見していました。同時に、「慶應義塾の目的」の末尾の、「居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言うのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」をそこに重ねて話を伺っていました。

今日、私たちは具体的に何に取り組むべきなのか。「慶應義塾の目的」を上手に現代版に言い換えていただいたような言葉だと思いました。「慶應義塾の目的」に私が重ねたことをどうお感じになりますか。

向井 非常に深く洞察されたと思います。私は簡単に言ってしまっただけですが、やはりそういう思いはありました。慶應の卒業生たちはそういうところは脈々と受け継いで来ているのではないでしょうか。

伊藤 そうですね。ただ、先ほど私が引用した向井さんの言葉の最後の部分と、「慶應義塾の目的」にもある、人類を愛する、隣人を大切にするという考えは結構キリスト教的なことでもあるのです。今度、私は上智大学の聖イグナチオ教会から講演を頼まれているのですが、上智には「他者のために、他者とともに」という標語があり、われわれには「独立自尊」がある。

独立自尊は、自分の夢を追って、皆で力を合わせて前向きに進んでいこうというところがある。でもキリスト教は「無償の愛」とか「無償の奉仕」とか、隣人を助けましょうと言っている。このバランスが非常に求められるということですね。

向井 そうですね。だけど、自分が強くなければ人を助けられないじゃないですか。水の中から人を引き上げようと思っても、筋力がなかったら沈んでしまう。そういう意味では、慶應の「独立自尊」で、やはり個々の人を光らせ、個々を鍛える。そういう人が自分のことだけではなく、その周りを助けるという順番ではないでしょうか。

伊藤 それが「独立自尊」なんですよね。自分を大切にして、他人を大切にする。

向井 上から目線で助けるというのではなく、そうすることによって、自分の生きている範囲が広がっていく。別に見返りを考えているわけではなく、そのことがひいては、自分の生きている場所が幸せな人に囲まれ、自分の幸せにつながる。自分だけが幸せで隣の人が嘆いたりしていたら、やはり一緒に騒げないですよね。

おいしいものを1人で全部食べるよりも、隣の人とそれを食べたほうがおいしいねって言える。物理的なものだけではなく、一緒に語り合えるほうがいい。それこそ「人はパンのみにあらず」です。私はあまり考えずに地で行ってしまっているというだけですが。

伊藤 でも、とてもいろいろな考えを引き出してくださるスピーチでした。

向井 こんなに細かく分析していただき、本当に感謝感激です。

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