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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
座談会:「分断」の先に何が見えるか

2021/02/05

トランプ時代の教訓とは

渡辺 最後にもう少し広く、トランプ時代から何を学んだか、ということをお聞きしたいと思います。

私から言うと、トランプ支持者というのは、従来の概念では摑みきれないところもあり共感するのは大変ですが、いわゆるリベラルあるいはエスタブリッシュメント、エリートと言われている人たちが、潜在的に持っている、「上から目線」のバイアスに気づかなければいけないという思いはあります。

大学に入ると、大学に進学できずに苦しい思いをしている人が、どういう価値観で、何を頼りに生きているのかは、直接知る機会がないことが多い。つまり、「なんで、地球は平たいなんてまともに信じている人がいるんだ。ばかに違いない」と毛嫌いし、拒絶感を持ってしまうことがある。

こういった身近な盲点から少しずつ変えていく必要があるのではないか。私にとっては、そのことに気づかせてくれたのがトランプ時代の4年間でした。

この4年間から学び取るべき教訓は何だったと、お感じになられているでしょうか。

中山 今、渡辺さんが指摘されたことに賛同しつつ、あえて言うのですが、私は、むしろトランプから過剰学習してはいけないと思うんですね。確かにトランプサポーターの一部に「声なき人々」とか、出口なし感を味わっている人がいるのは事実です。

しかし、その多くは、別に声なき人々でも何でもないわけです。むしろ単に自分たちのステータスが転落していくことに対しての恐怖感があって、今は別に苦しい生活を送っているわけではない。こういった人たちがトランプ現象のコアを構成していることを忘れてはならない。話題になったJ・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』などを読むと、「声なき人々」の存在を過剰学習して、妙な形でトランプ現象を肯定してしまう転倒が生じる可能性がある。

なので、トランプ現象に対する「理解的な態度」は、ある程度のところで止めておかないといけないと思っていて、むしろトランプの危険性はトランプの危険性として認識しなければいけない、というのが第1点ですね。

もう1つは、トランプ現象はまだ終わっていない。池内恵さんや吉崎達彦さんが、「ウィズ・トランプ」と言っていますが、トランプが敗退してもトランプ劇場はまだまだ続きますし、それゆえに分断がこれからも続く。

今回の選挙では結局、約7400万人を超える人がトランプに票を投じ(史上第2位の得票数)、その中のおよそ70~80%が今回の選挙結果は不正の結果だと信じている。過去4年間の大統領としての数々の発言や行動、コロナ危機、人種をめぐる騒乱等々がありながらも、驚くべき数の人が過去4年をポジティブに評価し、次の4年間もトランプに託したいと思った。

トランプ現象は、アメリカにおける危険な兆候を造影剤のように映し出した。その中には「危険思想」と呼べるようなものもあります。もちろん日本にも変な運動はありますし、どの国にもフリンジの運動はあります。分かっていたことですが、こういう運動が生まれやすい風土がとりわけアメリカにはあるんだ、ということに改めて気づかされた4年でした。

大統領の持つ影響力とは

渡辺 過剰学習しすぎないほうがいいと。待鳥さんはいかがでしょうか。

待鳥 このトランプの4年間で、大統領に何ができるかについて、あらためて教えられたと思うんですね。

先ほどのディシプリンとも関係するんですが、トランプの登場まではそれぞれの地位にふさわしい言葉遣いや言い方があると、皆思っていたわけです。しかし、それはトップリーダーとしての大統領が、指導者として何を言うかによって、思ったより簡単に揺らぐのだと痛感させられました。

大統領ができることは制度的には少ないんですが、大統領の持つ最大の影響力は、発言や行動によって社会のムードを変えることなんですね。

オバマはその典型でした。オバマ時代の8年間で何が変わったのかと言われたら、例えば性的少数派の人たちが、社会の中で自分たちは当たり前の存在なんだ、とはっきり言えるようになった。そういうところで、オバマの果たした役割はものすごく大きかった。逆にそれに反発した人が、トランプ支持者になった面もあったと思います。

トランプは逆の方向で、それと同じ変化をアメリカの社会にもたらしたんだな、とあらためて感じますね。だから、中山さんがおっしゃったバイデンの癒やし効果みたいなものはあるのかもしれないですね。

彼が大統領として、ワシントンD.C.の政界でできることは少ないかもしれないけれど、しかし彼の言葉遣いや語り方が、アメリカ社会にもたらす影響はあるかもしれない。ご本人よりも副大統領がたくさんしゃべる状況になるとまた別ですが。

渡辺 なるほど。金成さん、いかがでしょうか。

金成 朝日新聞で働く私としては、リベラルの苦境はずっと感じていまして、なぜこのリベラル言説が、今、先進国で共通して評判が悪いのかということは、自分のこととして考えなければいけないと思っています。

私がアパラチアの飲み屋やラストベルトなどの取材でよく聞いた、印象に残る言葉が「フライオーバー」というものでした。自分たちは頭上を通過される側なんだ、という表現です。それがあるから私のような、下手くそな英語でしゃべる日本人の記者が車でやってきたことを歓迎してくれるところがあった。

このグローバル化が加速した社会で、過剰に得をした人と、割を食った人がやはりいて、後者の側への配慮といったものが、どこか欠けていたのかなという気はするので、もう少しそちら側の話を書かなければいけないと思っています。

イギリスのジャーナリストのデービッド・グッドハートさんはanywheres(どこででも生きていける人)とsomewheres(どこかに根ざして生きている人)という使い分けをされますが、私が取材してきたのは、地元に根ざしたアイデンティティを持つsomewheres の人々がほとんどでした。そんなに簡単に引っ越しできない。

トランプ支持者の多くは「卒業した高校、どこなの?」と聞くと、「ああ、すぐそこよ」という感じで、半径10キロぐらいの圏内で生活をしている。現代社会でanywheres があまりに優勢になったので、そうではない人々の日々の暮らしぶりや、彼らの認識を、きちんとメディアで載せていくことの重要性をこの4、5年から学んでおります。

渡辺 岡山さん、いかがでしょうか。

岡山 今回公刊した本は、要するにアメリカの政党とは何なのかについてなのですが、そこでも述べた「柔構造」を持つアメリカの政党が、融通無碍にどうとでも変われる存在だということを、あらためて思い知らされました。

例えば、われわれは今日ここまで、トランプの煽った社会的な分断と政党間の分極化が、きれいに対応しているとして議論してきましたよね。ただ考えてみると、トランプが出てきた時に、われわれは彼をどう捉えていたでしょうか。白人労働者を民主党から奪い、また共和党候補らしからぬ保護貿易や、国内インフラの整備といった主張を唱え、というふうに、既存の分断や分極化状況を攪乱しうる存在と見ていたはずではなかったでしょうか。

ところが蓋を開けてみると、この4年間にトランプは自分の主張を曲げず、むしろ共和党にそれを受け入れさせつつ政党間の分極化を推し進めた。今度の共和党全国党大会の様子について、共和党は「トランプ党」のようだという報道も見られました。

トランプが共和党をのみ込んだのか、その逆なのかは分かりませんが、たった4年で対立の構図がここまで変わってしまう。待鳥さんがおっしゃったように、もう長いこと2大政党それぞれが産業になっていて、分極化の構造が固まっているにもかかわらず、です。そういうアメリカの政党は一体何なんだろうと、あらためて考えさせられました。

渡辺 アメリカを観察していて面白いのは、常にサプライズがあるということですね。

私も研究者として、まさかオバマが当選するとは思わなかったし、トランプが当選するとも思わなかった。やはりアメリカを見ていると驚きが常にあって、そこがやっていて楽しい……、いや、必ずしも楽しくはないかな(笑)。

今日は有り難うございました。

(2020年12月3日オンラインにて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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