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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
カマラ・ハリスが現す多様なアメリカ像──黒人、女性、移民

2021/02/05

  • 奥田 暁代(おくだ あきよ)

    慶應義塾大学法学部教授

女性参政権運動家に敬意を表す白のパンツスーツ姿のカマラ・ハリスが颯爽と舞台に登場、民主主義の勝利を宣言し、そして次期大統領としてジョー・バイデンを紹介した瞬間、あるべきアメリカの姿に戻った、と実感した人も少なくないだろう。いかにトランプ政権がこれまでの「アメリカらしさ」を消し去ってしまったか。新政権発足とともにあらたなアメリカ像が期待される。バイデンは勝利演説で「初の女性」、「初の黒人女性」、「初の南アジア系女性」、「移民の両親を持つ初の女性」副大統領といくつもの「初」でハリスを表現した。トランプ以前を示唆するバイデンに対して、ハリスが映し出すアメリカは新しい。

2020年大統領選挙

接戦となった2020年大統領選挙は、アリゾナ、ペンシルベニア、ジョージアなどの激戦州を制したバイデンの勝利となった。非白人有権者の7割の支持を得ているものの、移民が多いとされるフロリダ州やテキサス州を獲得できなかったため、アジア系や中南米系の票が一部共和党に「流れた」と不安視する声もある。なるほど黒人女性をみれば、今回も9割近くと圧倒的に民主党支持である。黒人男性は8割ほどとそこまでではないものの、トランプ陣営が語った、少しでも黒人男性票を取り崩すことができれば有利になる、という考えも、今回のように僅差の選挙結果をみればあながち的外れではない。

そもそもアジア系有権者が投票を左右すると認識されるほど増加したのは21世紀以降である。ビル・クリントンが初当選した1992年においては、全体の1%に過ぎない。そして、そのアジア系の半数以上は共和党に投票していたのである。その後この割合は逆転し、オバマ当選時には6割以上が民主党に投票した。再選の際は7割を超えている。この傾向は有権者の4%を占めるまで人口が増加した2016年においても続き、今回の選挙でもさほど変わらず、バイデン支持が63%だった。それでも、民主党が危機感を抱いたのは、31%がトランプに投票したことであろう。トランプの「中国ウイルス」などの差別的な発言や、副大統領候補がインド系のハリスであったことに鑑みれば、この数字は受け入れがたいのかもしれない。一般的にアジア系は、民主党の掲げる国民皆保険、環境保護、銃規制、社会福祉といった政策に肯定的な傾向はあるとしても、一括りにするのは難しい。出身国もさまざまである。また、アジア系の連邦議会議員、州知事に目を転じれば、上院議員を50年近く務めたダニエル・イノウエのような重鎮をはじめ民主党員が多い事実の一方で、ボビー・ジンダル前ルイジアナ州知事(インド系)のように大統領選に出馬するほど影響力のある共和党の政治家もいる。

ヒスパニックにしても、同じように「トランプ支持者が増加した」と言われるものの、まず注目すべきは有権者の中で占める割合が格段に大きくなっていることであろう。オバマの再選時には有権者全体の1割を占めるようになり、彼らの7割超がオバマに投票している。有権者の11%となった2016年の大統領選挙では66%がクリントンで28%がトランプ、2020年はやはり66%がバイデンで32%がトランプだった。ヒスパニックについてはよく、出身国によっても支持政党の傾向が異なると言われる。例えばフロリダ州では中南米系の45%がトランプに投票したが、これは多くのキューバ系、ベネズエラ系の有権者が、民主党は社会主義をもたらすと煽ったトランプに影響され、その支持に回ったと考えられている。もちろん、宗教的理由や、家族の在り方についての保守的思想、あるいは経済に対する姿勢、などの要因もあろう。

民主党が危機感を持つのは、オバマ再選時のような圧倒的な強さをマイノリティの取り込みで見せられなかったからと考えられる。しかし、マイノリティにこだわる必要はあるだろうか。白人女性の共和党支持が予測に反して減少せず(前回同様に5割を少し超える)、下院議員選挙では多くの共和党女性が議席を獲得したことも注目されている。「マイノリティ」だから民主党支持という大雑把な理解はもはやできない。さらに言えば、このような議論は白人対非白人の「人種間対立」が存在するという前提でなされるが、そういった枠組みに落とし込もうとすることこそ、現在のアメリカの様相を理解する妨げとなるのではないか。

初の黒人女性

公職に就くまでのハリスは、自身がインド系であることについてあまり語らなかったという。2019年に出版された「自伝」(The Truths We Hold: An American Journey. Penguin Random House, 2019)によれば、母シャマラ・ハリスは躊躇うことなく2人の娘を黒人として育てた。カマラと妹マヤの生まれた1960年代のアメリカ社会では、白人か黒人のいずれかを選ぶことが求められていた。外国生まれが全米の5%以下で人口の8割以上を白人が占めていた時代である。シャマラ・ハリスは公民権運動にも関わり、幼い娘を連れて抗議運動に参加することもあった。黒人コミュニティ内で育ったハリスは黒人教会にも通っていた。

カマラ・ハリスが伝統的黒人大学のハワード出身であることもしばしば言及される。『僕の大統領は黒人だった』(慶應義塾大学出版会、2020年)の著者、タナハシ・コーツが「メッカ」つまりアフリカ系アメリカ人コミュニティの中心と呼ぶハワード大学は、現在でも学生のおよそ9割を黒人が占める。ここでハリスは黒人女性にとって代表的な友愛組織アルファ・カッパ・アルファ(黒人のソロリティとしてはいちばん古い)にも所属した。こういったネットワークの存在も黒人の支持獲得に繋がったと指摘される。

バイデンの勝利は黒人女性の働きが大きいとされる。2012年にフロリダ州で黒人少年が射殺された事件で、殺人罪で起訴された自警団員が無罪となると、全米各地で抗議デモが起き、その際に「#BlackLivesMatter」というハッシュタグをつけ、BLM運動を先導した3人のコミュニティ・オーガナイザーはいずれも女性である。アリシア・ガーザ、パトリース・カラーズ、オパル・トメティの3人は、運動が「これまでの様々な運動に立脚している」点を強調し、ハリスもまた勝利演説で、公民権運動家で2020年に病死したジョン・ルイスに言及している。BLM運動が盛り上がりを見せた2020年だからこそ、そして投票の呼びかけを着実に行ったからこそ──有権者登録運動も長く続く黒人の運動である──民主党の勝利につながったと言える。ハリスが示したのは、黒人コミュニティの地道な闘争の歴史だった。

共和党の牙城とされる南部にありながら民主党が勝利したジョージア州では、マイノリティ票を集めた立役者としてステイシー・エイブラムスの名が頻繁に挙げられる。2018年の選挙で黒人女性として初の州知事当選を目指し、僅差で負けはしたものの、多数の票を獲得した選挙運動が注目を浴びたエイブラムスが今回の大統領選挙ではジョージア州を民主党勝利に導き、また上院の「決選投票」においても2つの議席を獲得し、民主党勝利を確実にしたのである。エイブラムスはとくに、黒人女性がアメリカ社会でないがしろにされてきたこと、彼女たちの声を集約し彼女たちに力を与えることを強く訴えた。ハリスもまた、「初の黒人女性」であることを意識しながら、これまでの運動の延長線上に自身の役割があることを示唆する。

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