【特集:「トランプ後」のアメリカ】
カマラ・ハリスが現す多様なアメリカ像──黒人、女性、移民
2021/02/05
インド系・ジャマイカ系移民
ハリスが映しだす姿にはもう1つ「移民」がある。勝利演説で移民である母親を讃えたハリスは、ジャマイカ系の父親については触れていない。7歳のときに両親が離婚し、母親がシングルマザーとして娘たちを育て上げたことを考えればやむを得ないだろうか。もっとも、フロリダでの遊説活動ではジャマイカとの繋がりを強調している。ハリスが移民の両親を持つ点は、移民を巡るアメリカ社会の自己認識について考える糸口となる。
2020年の大統領選挙を決定的にしたバイデンのジョージア州勝利は、エイブラムスの働きばかりでなく、彼女も指摘するように、人口構成も優位に働いた。現在のジョージア州の白人人口(ヒスパニックは含まず)は全体の52%に過ぎない。黒人31%、アジア系4%、ヒスパニック10%という数字からは、これまでの南部とは異なるイメージが浮かびあがるのではないか。また、ジョージアの人口のほぼ1割が外国生まれであり、出身国の上位はメキシコ、インド、ジャマイカとなる。
黒人社会内の多様性について指摘すべきだろう。ピュー・リサーチによれば、1980年には全米で80万人程度であった外国生まれの黒人人口は、2016年には420万人近くまで増えている。アメリカ黒人の1割が移民ということになる。その中で一番割合が高かった出身国はジャマイカだった。詩人で劇作家のクローディア・ランキン、ヤングアダルト小説で人気のニコラ・ユーンはいずれもジャマイカ出身で、文化面に目を転じても多様な世界が広がる。ナイジェリア出身のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、ガーナ系のヤア・ジャシなどのベストセラー作家が示すように、近年はアフリカからの移民も多い。BLM運動のトメティはアリゾナ州出身だが、両親はナイジェリアからの移民である。
ハリスが生まれた翌年の1956年に制定された移民法によって、それまでの国別の移民割当が撤廃された。そのため、1970年代から急激に増えた移民の多くは、ラテンアメリカやアジア出身だった。移民が人口に占める割合も1970年の5%から2000年には10%を超え、2018年には14%近い。移民の存在感が増すアメリカにおいて、ハリスが副大統領に選ばれたことは、来るべくして来たと言えるかもしれない。
真のアメリカ
ハリスを副大統領に選んだバイデンの閣僚選びも注目された。多様性を重視すると宣言したとおり、ネイティヴ・アメリカン、キューバ系、プエルトリコ出身やメキシコ系移民を両親に持つ、などさまざまである。しかし、多様な人びとを入閣させることは今に始まったことではなく、むしろトランプ政権で止まってしまった流れをあらためて元に戻そうとする動きと言える。例えば1993年のクリントン政権は、15人の閣僚のうち5人が女性、4人が黒人、2人がラティーノでスタートした。2001年のブッシュ政権も同様に多様で、初の黒人国務長官ばかりでなく、アジア系も2人入閣している。2009年のオバマは、白人男性を8名にとどめ、女性7名、「マイノリティ」が9名という布陣だった。つまり、アメリカ社会を象徴する政権の顔は、トランプ政権までは、政党にかかわらず多様であった。そして、それは必ずしも人口構成に比例していたわけではなく、意識的に多様だったのである。
そのような流れに対する反発も強い。1990年代からすでに、クリントン大統領のリベラルな政策に対して危機感を抱く白人保守は少なくなかった。例えば、旧保守主義で知られるコメンテイターで大統領選に何度も出馬したパット・ブキャナンは露骨に反移民を唱え、増え続ける移民が西洋の文化(=アメリカ)を滅ぼすと糾弾し、著書『病むアメリカ、滅びゆく西洋』(Death of the West: How Dying Populations and Immigrant Invasions Imperil Our Country and Civilization)はベストセラーとなった。しかし、クリントン後のジョージ・W・ブッシュ政権は移民を擁護する「思いやりのある保守主義」を掲げ、当時1000万人にまで膨れ上がっていた不法移民を合法化することを模索したのだった。法案は議会を通過せず、問題は先送りとなり、移民流入に対する危機感とそこから生じる排他的な姿勢と運動は受け継がれていくことになる。
例えば、トランプ支持で知られる保守のローラ・イングラムは2018年にフォックス・テレビで、「私たちの知るそして愛するアメリカはもはや存在しない。大規模な人口構成の変化はアメリカ国民に押しつけられたもので、それは私たちが誰ひとりとして選択したわけでもなく、私たちのほとんどは歓迎もしていない」とコメントし、大きな変化を目の当たりにして、その不安を不満に転換する。イングラムはブキャナンから影響を受けたと言われ、移民によって「本来のアメリカ」が失われたと信じ、移民の流入を頑に拒み、とくに不法移民を締め出すことを強く求める。ハリスはこのような主張に対抗してきた。例えば、入国を試みる親子が国境において引き離されていた2018年には、「人権に反する犯罪」と糾弾しトランプ政権を強く非難している。
2019年にトランプ大統領は「この国が気に入らないなら出て行け!」とツイートした。2018年の中間選挙で連邦下院議員に当選したスクワッドと呼ばれる非白人の女性議員4人に対してだった。ラシダ・トレイブの両親はパレスチナからの移民であるものの、実際には外国生まれはソマリア出身のイルハン・オマルのみだった。イングラムやトランプの差別的で排他的なコメントからは、われわれは希望する国に作り変えられる、という意識を見て取ることができる。Make America Great Again も、ティーパーティ運動のTake Back Our Country も同じ発想で、変化を認めようとしない。しかし明白なのは、ハリスが映し出すように、すでに人口構成もそれに伴う文化も変貌を遂げ、後戻りはできないということだ。
アメリカの人口の約4分の1が外国生まれか移民を親に持つという現在のアメリカでは、移民に対する考え方も変わってきている。2020年にギャラップ社が行った世論調査(Mohamed Younis, “Americans Want More, Not Less,Immigration for First Time,” Gallup July 1, 2020)では、34%がアメリカ合衆国への移民が増加することを望み、28%が減少を望むという回答結果になった。1965年から毎年行われてきたこの調査で、「増加」が「減少」を上回るのは初めてとなる。移民が増えることを望まない声は1995年時の65%から比べるとずいぶん下がった。同じ調査では、76%が移民は国にとって「良い」と回答し、19%が「悪い」と回答している。移民に対する肯定的な受けとめがあることも見えてくる。2001年には62%が良い、31%が悪いと答えていた。これらの数字は、「国へ帰れ」という差別的な発言が広く受け入れられるものではないことを示す。むしろ、そういった考え方が少数派に転じているから排他的な行動に出ていると考えられないか。南部貧困法律センターによれば、2019年には940ものヘイト・グループが存在し、とくに反移民を掲げる組織は過激さを増している。
ハリスが象徴する変化として異人種・異民族間の結婚が増え続けていることがもう1つ挙げられよう。異人種間婚は合法であると連邦最高裁で認められた19667年には僅か3%であったが、2015年には、その年の新婚カップルの17%となった。そして、既婚者の1割が人種や民族を超えたパートナーを持っているという。ハリスの両親も、白人(ユダヤ系)と結婚し、ハリスもまたしかり。バイデンがトランプ以前のアメリカを想起させるのに対して、ハリスはまさに今のアメリカを具現する。
ハリスの自己認識は揺るぎない。あるインタビューで人種、民族、アイデンティティについての葛藤についてたずねられると、そういった迷いはないと回答し、自らを「アメリカ人」と説明する。黒人として育ち、インドの祖父母を訪ねることもあった。それらは矛盾しない。またマイノリティの立場からアメリカの法が必ずしもすべての人びとに同様に適応されるのではないという現実も理解しつつ、地方検事そしてカリフォルニア州の司法長官も務めた。ハリスの自信は、さまざまな帰属を選ぶことができる、そういった自由さから来ているのかもしれない。勝利演説では、「幼い女の子たち」に何にでもなれることをメッセージとして送った。これは移民であったハリスの母が好んで娘たちに聞かせた「誰にもあなたが誰であるか言わせないこと。あなたが彼らに自分が誰であるか言いなさい」ということばを反映しているのではないか。新しい副大統領に期待したい。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2021年2月号
【特集:「トランプ後」のアメリカ】
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