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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
共和党はどこにいくのか――ロムニーとトランプが示すこれからの岐路

2021/02/05

  • 井上 弘貴(いのうえ ひろたか)

    神戸大学大学院国際文化学研究科准教授

BLMに共鳴した共和党上院議員

2020年5月にミネソタ州ミネアポリスで白人警官に殺されたジョージ・フロイドの死によって、ふたたび全米的な盛り上がりをみせたブラック・ライヴズ・マター(BLM)の運動の渦中、6月7日の日曜日に首都ワシントンD.C.でおこなわれたデモ行進の中に、共和党のある上院議員の姿があった。長年にわたって上院議員を務めたオリン・ハッチの引退にともない2018年の中間選挙に出馬して当選したユタ州選出のミット・ロムニーだった。ロムニーは福音主義者たちからなるデモ集団のひとりとして抗議のマーチに参加し、黒人の命は大事(ブラック・ライヴズ・マター)であることを理解してほしいとメディアのインタビューに答えた。ロムニーは同年2月のウクライナ疑惑をめぐるトランプの弾劾裁判で、共和党の上院議員として唯一、弾劾に賛成票を投じていた。全米での抗議の盛り上がりに対して、みずからを「法と秩序の大統領」と称してきたトランプ大統領は、マーチに参加したロムニーを翌日ツイッターでこき下ろした。

弾劾裁判後にユタ州でおこなわれた地元メディアによる世論調査によれば、トランプに反旗を翻すロムニーの地元での評判は悪くない。ロムニーは「非常に支持する」と「概ね支持する」とあわせて56パーセントの支持を集めており、同じく共和党のもうひとりのユタ州選出の上院議員であるマイク・リーの支持率46パーセントを上回った。ロムニーの支持率についてとくに興味深いのは、男性よりも女性の支持が高い点である。ロムニーを支持する男性は47パーセントであるのに対して、世論調査に回答した68パーセントの女性がロムニーを支持した。トランプの支持率の場合、この男女の割合は逆転する。

全米平均と比較して、エスニック・マイノリティの増加がゆるやかなユタ州ではあるものの、そのユタ州でも2010年に19パーセントだったマイノリティ人口は、2060年には35パーセントにまで上昇すると推計されている(ちなみにわたしの勤務校はユタ州のローガンにあるユタ州立大学と交換留学の協定を結んでいるが、ここ数年、アジア系やヒスパニックの学生がやって来ることが多くなった)。アメリカ全体では、2060年にマイノリティ人口は56パーセントに達し、白人人口は少数派になる。

アメリカでは今後、人口動態の点で白人は少数派になり、確実に多様性が増していく。この流れはとめられない。そうした中でロムニーの行動は、これからの共和党のあり方を孤独にも模索するものだったと言える。それにたいして法と秩序を強調し、ホワイトハウス近くの教会で聖書を掲げたトランプの一連の態度は、みずからの中核的支持層である白人有権者の不安と怒りを代弁しようとするものだった。ブラック・ライヴズ・マターの運動をめぐるロムニーとトランプの対照的なあり方は、共和党が現在置かれている岐路を象徴的に表現するものだった。

偉大な新しき党への転換を求めて

そもそもジョージ・W・ブッシュ政権の時期から、共和党の変革を求める議論が同党の周辺から出されてきた。「ニューヨークタイムズ」紙のコラムニストであるロス・ダウザットと、のちに伝統ある保守の論壇誌である『ナショナルレビュー』の編集者を務め、現在では保守系シンクタンクのマンハッタン研究所の所長を務めるライハン・サラームが、2008年に共著のかたちで出版した『偉大な新しき党(グランド・ニューパーティ)』はその代表例である。共和党のことをアメリカではGOP、すなわち「偉大な伝統ある党(グランド・オールドパーティ)」としばしば呼ぶ。その伝統ある党を新しい党へと転換する必要があるとダウザットとサラームは訴えた。

この本の副題である「どのようにして共和党の政治家たちは労働者階級を勝ちとり、アメリカン・ドリームを守ることができるか」があらわしているように、ダウザットとサラームは共和党が労働者階級の利益を受けとめることのできる政党へと変わっていくべきだと訴えた。かれらが言う労働者階級とは、大卒でなく専門職でない人々のことである。ただしかれらは白人に限定せず、汎エスニックなものとして労働者階級を捉えなおすべきことを強調した。サラーム自身、バングラデシュ移民の2世であり、共和党が左派に学んで幅広くマイノリティに支持の幅を広げていく必要を強調したところにかれらの特色がある。

ダウザットとサラームがそれでもリベラルと異なるのは、ひとつにはかれらが家族、とくに2人親の家族を共和党が重視すべき経済と文化の基礎としてみなす点だった。かれらの本は、ニューディール以来のアメリカ政治史の解釈をつうじて共和党変革論を組み立てるところに特徴があるが、かれらにとって民主党のフランクリン・ローズヴェルトのニューディール政策は、男性労働者に家族の扶養を可能にする賃金を保障しようと努めた点で、保守的な達成としてみなされるべきものだった。

かれらのみるところ、戦後アメリカ社会の転換点は、30年間にわたり上昇してきたアメリカの労働者の時間当たり賃金がはじめて減少に転じた1973年だった。この時期に生じたのは、製造業の衰退にくわえて、能力主義(メリトクラシー)を身にまとった大卒の新しいエリートたちの台頭であり、これ以降、アメリカはふたつの相いれない文化へと分極化を始めていった。他方、新しいマジョリティを創出しようとしたニクソンの試みは道半ばに終わり、労働者階級の不安定はそのままにされ、レーガン政権が明らかにしたことも、国内政策の焦点を減税に絞ったところで労働者の困難は解決されないということだった。ジョージ・W・ブッシュは当初、ニクソンがうまくいかなかったところから出発して、それを乗り越えようとした。しかし共和党内の政争で抜きんでることを急ぐあまり、ブッシュもまた既存の減税重視のスローガンに舞い戻ってしまった。

こうしたこれまでの共和党の紆余曲折にたいして、ダウザットとサラームが来るべき共和党に求めたのは、2人親家族を支える税控除の拡充、能力主義による階層固定化を防ぐ教育の施策、賃金上昇の抑制となる移民の大量流入を規制する包括的移民制度改革だった。アイデンティティの政治を求める左派ポピュリズムと経済成長を追求する新自由主義(ネオリベラリズム)にかわる、人種とエスニシティの分け隔てなく労働者階級の経済的安定を重視する政策をおこなう政党に共和党は自己変革せよというのがかれらの提言だった。

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