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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
中国とバイデン新政権との新しい「競・合関係」

2021/02/05

  • 青山 瑠妙(あおやま るみ)

    早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授[現代中国外交]・塾員

バイデン新政権下の米中関係:「競・合関係」

2021年1月に、ジョー・バイデンが米大統領に就任するが、新政権の発足により米中関係に大きな変化は訪れるのか。今後の世界情勢を左右するこの問題に対して、今世界中から注目が集まっており、議論が交わされている。

こうしたなか、バイデン新政権下の米中関係に関して中国政府の「公式見解」が示された。バイデン政権への移行プロセスが始動するという発表が出された数日後に、ニューヨークタイムズ紙に中国全国人民代表大会外事委員会副主任委員である傅瑩氏の論考が掲載された。「たとえ米中両国の競争が避けられないとしても、両国政府は協力してうまく管理する必要がある。両国はお互いの懸念に対処しながらも、『競・合(coopetition)(協力と競争)』の関係を築くことが可能である*1」という。さらに同論考において、傅瑩氏がアメリカの対中政策を批判しつつ、戦略的対話を行うメカニズムを構築し、潜在的な危機を友好的に管理していくことを呼びかけ、感染症対策、気候変動などグローバルな問題に手を携えて協力していくことを提案した。

傅瑩氏はこれまで中国政府の対外発信における広告塔的な存在であり、また外務副大臣を務めた経験もある。このような立場の政府高官による論考、またそれが掲載されたタイミングなどを考慮して、傅瑩氏の寄稿は中国政府からバイデン新政権へのメッセージと一般に受け止められている。

実際のところ、ニューヨークタイムズ紙にこの論考が掲載されて以降、新華社など政府系メディアをはじめ中国の国内メディアが傅瑩論考の解説論評を挙って掲載するようになった。さらに年明け早々、王毅外相も国内の政府系メディアに対するインタビューのなかで、「米中関係は岐路に差し掛かっている」と語り、両国の対話と協力を再開する必要性を強調した*2

バイデン新政権に向けた中国政府の一連のメッセージのなかで、米中両国が協力可能な領域に関しても具体的に示された。米中両国の協力の必要性とその枠組みについて最も具体的かつ論理的に整理しているのが2020年12月23日の新華社の社説である。同社説では米中両国には「対話」、「協力」と「対立の管理」という3つの課題があるとし、新型コロナ感染症対策、経済貿易関係の安定化、気候変動、人的交流が米中両国の協調可能な領域として挙げられた。また同社説のなかで、大量破壊兵器、イランや北朝鮮の核問題、反テロ、災害救助の分野でも両国は協力の余地があるとした*3

むろん、中国が提唱するアメリカとの対話路線には、条件が付けられている。前述した傅瑩氏の寄稿、王毅外相の発言または新華社の社説で共通して強調されているのは、「アメリカが中国の政治制度と中国共産党を尊重することが米中協力のボトムラインである」ことである。

「戦うが決裂しない」

トランプ政権下で、米中両国の関係は悪化の一途をたどり、かつての米ソ冷戦を彷彿させる米中新冷戦に突入したかのように見える。政治、外交、安全保障分野のみならず、経済、テクノロジー、イデオロギーの領域でも激しく応酬しあうほど2国間の緊張が高まりつつあるなか、中国政府は新しい「競・合関係」の構築を提案したのである。

「競・合関係」という言葉に関しては、英語の「coopetition」にしても、中国語の「競合」にしても、どこかポジティブなイメージを帯びている。それがゆえに中国政府が提案したこの新しい「競・合関係」を報じた際に、多くのメディアは「それは中国からアメリカへの秋波である」といった趣旨の見出しを付けて論じていた。

しかしながら、中国国内の報道を注意深く観察すると、新しい「競・合関係」を解釈する論評は決して楽観的なものではない。中国では米中の新しい「競争と協力の関係」は、「重大な結果に至らない競争*4」(傍線は筆者による)であると理解されている。傅瑩自身も昨年のアメリカ大統領選の期間中に、米中両国の「競・合関係」を「ベターな行き先*5」と表現していた。傅瑩によれば、アメリカ側に協力の願望が乏しく、中国としてできることは協力するようアメリカを「説得」するしかないという。

このように、バイデン新政権に対して中国政府が提言した新しい「競・合関係」は実際のところ、中国が描いたベストシナリオに過ぎない。言い換えれば、バイデン新政権下の米中関係について、中国は決して楽観的な見通しを持っておらず、ベストシナリオに持って行けたとしても競争のほうが主流となるだろうとみている。

「競・合関係」の提言の背後に見え隠れている中国の対米戦略は、中国自身の表現を借りれば、「戦うが決裂しない」との一言に総括できる。米中間のこれまでの関係構築の歴史から見て、今回の中国の対米戦略は目新しい取り組みではない。そもそも「戦うが決裂しない」あるいは「決裂しない程度に戦う」といった表現が中国で頻繁に使用され始めたのは、オバマ政権初期からである。オバマ政権は対外政策の軸足をアジア太平洋にシフトし、「アジア回帰」戦略のもとで中国に対する戦略的ヘッジ政策を積極的に推進した。こうしたなかアメリカの動きに対して、当時の胡錦濤政権は「戦うが決裂しない*6」との表現を用いて高まる国内のナショナリズムを背景に、政権の対外政策が弱腰ではないことをアピールしたのである。

トランプ政権が発足した当初も、中国は「戦うが決裂しない」戦略を継承し、動いた。そのため、2017年4月にアメリカフロリダ州パームビーチで2日間にわたり行われたトランプ大統領と習近平国家主席の会談後、中国国内の主流メディアは、「外交・安全保障、経済、ネット安全保障、社会・人的交流」の4つの対話メカニズムを活用することで合意したことを挙げ、対話チャンネルが明確化されたことを会談の成果として高く評価したのである。

トランプ政権下では決裂しないための協力枠組みは見事に機能せず、米中両国を取り巻く競争ムードは増す一方となった。それでも中国がここにきて10年ほど前の戦略を復活させたのは、バイデン氏がオバマ政権で8年間副大統領を務め、中国との間で多くの政策協議のメカニズムを立ち上げた実績を有しているからであろう。ただ胡錦濤時代と異なり、今回の中国の対米戦略は「競争」に力点を置き、米中両国は「決裂しない程度に戦う」ことになる。

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