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【特集:「トランプ後」のアメリカ】
中国とバイデン新政権との新しい「競・合関係」

2021/02/05

自信と時間

「競・合関係」という言葉にポジティブな意味合いを込めつつも、本音ではバイデン新政権下でも米中関係が厳しくなると中国は認識している。それでもこのベストシナリオに向けて、中国政府は新政権誕生の前から先手を打って「積極的な」シグナルを発し、バイデン政権の協力姿勢を引き出そうとした。こうした政府の行動を突き動かしたのは中国の高まる自信と、力を蓄えるための時間稼ぎの必要性であった。

2020年11月に開かれた中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で出された政府の活動報告において、2035年までに1人当たりの国内総生産(GDP)を中等先進国並みにするという数値目標が打ち出された。1980年代において当時の最高指導者である鄧小平は、2050年までに近代化を基本的に実現させるという目標を設定していたが、習近平政権は鄧小平が定めた目標を15年前倒しして実現しようとしている。

今後の国際秩序については、米中の2極体制に向かいつつあるとの認識が中国で主流となりつつある。著名な国際関係学者である閻学通によれば、10年後にはいかなる国のGDPも米中の2分の1か4分の1に満たず、米中2つの超大国が競い合う世界がくると予想している*7

こうしたG2論と軌を一にして、中国を取り巻く国際環境が厳しくなり、米中対立が先鋭化しているが、これは中国の国力上昇による結果であり、遅かれ早かれ中国が経験しなければならない道筋であると中国では広く理解されている。この論点をいち早く提唱したのは、中国社会科学院の世界経済と政治研究所の所長を務める張宇燕である。張宇燕は習近平の主催した専門家座談会に国際関係の分野から出席した唯一の専門家であり、彼の発言が政権の公式見解を反映していることは言うまでもない。

とはいえ、今の中国は科学技術などの分野でアメリカに「首を絞められている」現状に直面している。こうした苦境を脱するために、中国政府は今後の政策の方向性として3つのキーワードを提示した。つまり、アメリアから制裁を受けている35項目を中心とした半導体などの先端技術のキャッチアップ、中国が長じている技術の強化を通じた産業サプライチェーンの安定と競争力強化を図る政策である*8。そして昨年12月に開かれた中央経済工作会議で、「科学技術の自力・自強」方針が定められ、「挙国体制」で「自力・自強」の科学技術力を高めていくことが重要な国家戦略となった。今後の世界の科学技術の発展の方向性を示す人工知能、量子科学技術、IC、生命健康、脳科学、ゲノム育種、航空宇宙、深地深海などの領域に力を入れることが最重要の課題とされた*9

要するに、米中の緊張関係が高まるなか、中国は先端技術の分野においてアメリカの影響を受けないサプライチェーンを作り、またイノベーションを通じて科学技術強国を目指している。こうした取り組みを通じて、100年に1度の国際秩序の変革期でG2の世界秩序を作り出す。これが中国の国家戦略の青写真である。しかしながら、中国がアメリカと肩を並べるまでの間、力を蓄える時間が必要であり、そのためにアメリカとの「競・合」関係が必要となる。

前途多難の米中「競・合関係」

新華社は2020年12月6日、「『アメリカを崇拝し』『アメリカに跪く』軟骨病(弱腰)を正さなければならない」*10と題する記事を掲載した。同記事において、アメリカに妥協する「中国人の節操と気概のかけらもない」言論を痛烈に批判した。この記事が掲載された時期は、ちょうど中国政府がアメリカに対して協力の呼びかけを行っているタイミングと重なっている。このことは、バイデン政権下の米中関係は競争に力点を置かざるを得ないと認識しているが、中国自身も妥協する可能性が低いことを示唆している。

アメリカに対する中国のこうした強硬な姿勢は習近平政権の政策方針に裏付けられている。「習近平外交思想」はいま中国全土で学習と理解が求められているが、「闘争を通じた協力」がその重要な特徴の1つとして重要視されており、「中国の核心的利益を害するいかなる言動に対して徹底的に戦わなければならない」*11としている。2019年9月、習近平国家主席が中国共産党中央党校を訪れた際に行った発言において、「闘争」という言葉を58回も使ったという*12。こうした国内政治の雰囲気を背景に、国際舞台において「戦狼外交」と揶揄される意気揚々として戦う意欲旺盛な中国外交官が多く現れた。そしてバイデン政権登場後もこうした傾向はおそらく続き、中国政府も重要な問題で妥協することはないであろう。

他方、既述のように、アメリカに向けた中国政府のメッセージのなかで、中国政府は2国関係の安定化を図るための方策として、新政権との間でいち早く協力できる領域を定め、協力メカニズムを立ち上げることを提案し、新型コロナ感染症対策、経済貿易関係の安定化、気候変動、人的交流、さらに大量破壊兵器、イランや北朝鮮の核問題、反テロ、災害救助の分野での協力する余地があるとしている。

習近平国家主席は2020年9月に開催された国連総会において、2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量を減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量を実質的にゼロにするカーボンニュートラルを表明した。習近平体制に入ってから、中国は国内における環境問題を重視し、また気候変動問題でグローバルリーダーシップを示そうと積極的な取り組みを見せている。バイデン政権が中国との協力に応じれば、この分野における米中協調は大きな成果を生み出す可能性を秘めている。

他方、バイデン政権はトランプ政権が中国からの輸入品に課した25%の制裁関税をすぐには撤廃しない方針をすでに明確にしており、また米中両国で繰り広げられているテクノロジー競争のなかでトランプ政権が設けた人的交流に関する高いハードルを下げることも難しいだろうと予想される。これまで米中関係を安定化させる役割を果たしてきた貿易と人的交流の分野でも、2国間の緊張が続くことになろう。

WHOによる新型コロナ調査団の武漢入りは可能か、またどこまで中国政府の影響を排除して調査を行えるかが大きく注目されるなか、感染症のデータ共有など米中両国がクリアしなければならない課題はあまりにも多い。

2021年に入って早々、イランが遠心分離機に濃縮度を引き上げるためにガスを注入したことが明らかとなった。イランの核問題はバイデン新政権発足後に着手すべき最重要の外交課題として急浮上している。2016年に習近平国家主席はイランを訪問し、両国は全面的戦略パートナーシップを結んだ。その後両国の間で、インフラ、金融、情報通信、軍事などの分野の協力を促進する協定の交渉が進められている。中国は100件近くのインフラプロジェクト、港湾開発、自由貿易区の設立のために、イランに対して今後25年の間、総額4000億ドルの投資を行うという*13。中国とイランが急接近するなか、バイデン新政権がどこまで習近平政権から譲歩を引き出せるのかは、未知数である。

このように、バイデン新政権下の米中関係は「戦うこと」を基調としており、協力可能とされる領域も前途多難な兆候を示している。両国の関係は「決裂しない程度に戦う」ことになるが、その駆け引きは激しいものとなりそうだ。

〈注〉

*1 Fu Ying, “Cooperative Competition is Possible between China and the U.S.”, The New York Times, Nov. 24, 2020.“Veteran Chinese Diplomat Fu Ying: Compete but also Cooperate”, https://www.chinadaily.com.cn/a/202011/25/WS5fbdf0a5a31024ad0ba96600.html

*2 「王毅:中美関係来到新的十字路」

*3 「新華社特約評論員:聚焦合作 中美才能走向更美好的未来」

*4 「傅瑩:面対美方挑衅、中方応考慮『主動出牌』」

*5 同上。

*6 「中美領導人首爾会談『闘爾不破』」

*7 「閻学通:未来十年国際政治的格局変化」

*8 「切実提高産業鏈穏定性和競争力」『経済日報』2020年8月19日。

*9 「強化国家戦略科技力量」『人民日報』2021年1月2日。

*10「辛認平:『崇美』『跪美』的軟骨病得治」

*11「習近平外交思想的鮮明特徴」

*12「『闘争』!習近平這篇講話大有深意」

*13 “Defying U.S., China and Iran near Trade and Military Partnership”

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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